お泊まりしてもいい頃
「あら弘則、今日は早かったのね。お隣様に迷惑はかけなかった?」
多分、父さんにも母さんにも、怪物達の姿は見えないのだろう。そしておそらくは怪物達も手を出す事は無いだろうから、永遠に今の状況に気付く事は無い。
今まで俺も町田もそうだったし、この現代に地獄から来た怪物や魔界から来た魔女が居るなんて、誰も本当の事だなんて思っていないし、真実を知る事も無い。
「うん。今日は真結がこっちに泊まるって」
「あらこんばんは真結ちゃん、泊まりに来るなんて久しぶりね。前と同じで弘則と一緒の部屋でもいい?」
母さんの記憶もしっかりと改ざんされていて、真結は何度かこの家に泊まりに来ていた事になっていた。それはいいのだが……。
「はい。かまいません、お邪魔します」
(硯ちゃん……真結は俺の部屋で泊まった事にしていたのか……)
改めて知る自分のねつ造された過去に、乾いた笑いしか出なかった。硯ちゃんはきっと他意なんてなく、子供の視点から、そう考えたに違いない。でも、俺と真結が一つの部屋で寝泊まりするというのは、いくら幼なじみでも、そろそろ気遣いをしてもいい年頃だった。
「リザリィとしては、どう思っているんだ?」
月明かりに照らされた頬白家の二階の屋根の上に、里詩亜とリザリィが並んで座っていた。怪物達は去り、結界は解かれ、平凡な夜が訪れている。
「真結ちゃんとダーリンが仲良くなるのは、いい事よ。私は最初から、二人とも私の物にするつもりだから」
「そんな事を相談してきたって事は、里詩亜こそ、ダーリンに気があるんじゃなくて?」
「そ、そんな事は無い。弓塚殿は今まで見てきた男とは随分違うとは思うが」
「それ、真結ちゃんがダーリンを選んだのと同じ理由だと思うわよ。真面目で不器用で、奥手というより貞操観念が強いのね。まだ経験が無いからなんでしょうけどね」
「女を知ったら、変わるって事か?」
「変わる、というより普通になるだけよ。性欲に溺れる者も居れば、全く興味がない男も居るし、人並みに普通にHしたいってぐらいなら、相手の方が問題よね」
「相手、とは女側の事か」
「男って、Hを拒絶すると全否定された気になるけど、女にもHしたくない時はあるわけよ。性欲が強いほど拒絶される事があるわけだけど、性欲の強い男は精力があるから、運動や仕事もするけど、あまり拒絶してると浮気もするわけ」
「毎回拒絶されれば、嫌な気持ちにもなるのは分かるが……」
「真結ちゃんは相手が幸せならそれでいいってタイプだから、拒絶する事はないと思うけど、問題はダーリンが手を出さない事よね。でもHしたくないんじゃなくて、どちらも待ってるわけ」
「ああ、それは分かる。今日の件にしても、結局の所、弓塚殿はキスから逃げる事はしなかった」
「リザリィも里詩亜も縫香も、性的な意味でのキスじゃないから、あんまり関係無いけどね。縫香は今夜のうちに、キスだけでもしちゃえって思って、泊まらせたんでしょ」
「するかな?」
「気になるのかしら?」
「うーん……気になるな。色んな意味で」
「心配しなくても、なるようになるわよ。ほら」
「あ? ああ……」
リザリィが窓の方を指さすと、月に照らされた部屋で、真結と弘則がなんとも不器用な格好でキスしている姿があった。どちらが誘ったにせよ二人の仲はこれで一歩進んだことになる。
「なんだか、ほっとした」
「そう。何も無い事の方が気を使うし、性的な冗談は通じないし、真結ちゃんはピリピリするんだから、これで良かったわけ」
「これで明日から、頬白殿も弓塚殿も、仲睦まじくなるだろうな」
「まぁ無事にキス出来たんだし、リザリィは部屋に戻るわ。里詩亜はどうするの? まさか二人が子作りまで行くかどうか監視するわけ?」
「そんな事するわけない。私は貸してもらった部屋に戻る。今宵は敵が来る事も無いだろう。来た所で何も出来ないのはカジム・カジンが証明したからな」
「じゃ、おやすみ」
リザリィは屋根の上に立ち上がると、三階の自分の部屋の窓の所まで歩いて行き、窓から片足をひっかけて這い上る様にして部屋の中に入っていた。その程度の高さなら魔力を使って飛んでも良いだろうに、そういう気分では無かったらしい。
里詩亜は逆に魔法で姿を消すと、すぐにその場から去っていった。
この差は悪魔が空を飛ぶために使う魔法と、魔法使いが空を飛ぶ魔法は微妙に異なる為だった。
悪魔が主に使う純粋な飛行の魔法はそれなりの魔力か翼などの能力を使う。
それに対し里詩亜は高く跳躍し、重力に逆らってゆっくりと降下する飛び方で、魔法は跳躍と滑空の二つが必要となる。
大抵の近接戦闘の猛者は、この二つの魔力を帯びた装備を身につけている為、魔力を使わずとも空を舞う事が出来た。
ドン! ドン! という窓を誰かが叩く音で目が醒め、そちらを向いた。時計を見るとまだ6時。もうちょっと寝ていたい時間だった。
窓の外にはリザリィが張り付いていて、窓枠の下部に沿ってまかれたお清めの水をなんとかしろと言っていた。
つまりは今の状態ではリザリィは部屋の中に入って来れないという事で、俺は安心して二度目する事にした。真結はベッドの下に布団を借りて寝ていて、これだけドンドン窓を叩かれていても目覚める様子は無かった。
(……そうだ……昨日の夜……真結と……)




