嵐のようなキス
「ああ、そうだ。あの時、里詩亜の炎を素早く消したのは大正解だった。あれが今宵のターニングポイントだった」
「もしあの時、炎を消さなければ、里詩亜は重傷を負うか、死んでいたかもしれない。そしてカジムは別の誰か、襟亜か硯か真結かを、一人ずつ焼き殺していた事だろう。それが、君が火を手で振り払って消した事で魔法使いだと勘違いし、滅却の魔法を君に唱えた」
「今宵のヒーローは君だ。弓塚君」
そう言うと、縫香さんは、酒を少量含んだ口を俺の唇に重ね、ほろ苦いお酒を口の中に流し込んできた。縫香さんの柔らかい唇を感じながら、俺は口うつしに流し込まれたお酒を飲み込んでしまった。
「ううっ!? こ、これは……」
「今のは御神酒だ。未成年でも許されるさ」
「ひ、ひろくんがまたキスされた……」
「なんだ真結、まだキスしてないのか? さっさと奪っちゃいなよ。でないと先にリザリィに奪われるぞ?」
「ごめんねぇ、もうリザリィは頂いちゃったの」
「マジで!? 真結、ちょっとお前、色々大切にしすぎじゃないか?」
「えー、だってだって、どうしたらキスできるかとか、わからないもん」
「弓塚君の方から無理矢理奪ったりはしないのかしら?」
「そ、そんな事、しませんよ」
「弓塚殿は義理堅いだけでなく貞操観念もしっかりしている。これで守って貰うのは二度目だな、これはお礼だ」
と里詩亜さんが言うと、いきなり俺の顔を掴んで、無理矢理唇を重ねてきた。
「あーーーっ!!」
真結が指さして驚愕の声をあげ、里詩亜さんは唇を放して真結の方を向いた。
「こんな感じで、お礼というのもありではないか?」
「なんでなんで!? なんでみんなはそんなに簡単にキスできちゃうの!?」
「頬白さん、普通は無理だと思う。私と町田もまだだから」
「そ、そうだよね? 普通は無理だよね?」
「何だかしこ、して欲しいならそう言えば……痛ててて!!」
ヒーローモードの町田が、格好つけようと来島さんの肩を抱いて唇を奪おうとしたが、ヒーローモードの来島さんは、その頬をつねりながら引き離していた。もし来島さんがオフ状態だったら、今のでキスできていたかもしれない。
「無理無理、町田君、空気読んでよね」
「くそ……ちょっと無理過ぎたか」
「さて、雑魚は日が昇れば帰るだろう。弓塚君と里詩亜は自宅隣に帰るとして、来島さんと町田君は泊まっていくかい?」
「その方がいいでしょうね。俺もかしこも目を付けられてしまいましたし」
「そうか、じゃ、真結の部屋を貸そう。真結は弓塚君の家に泊まってこい」
「んえっ!? どどど、どうして?」
「もう部屋がないんだよ。硯の部屋にはテラヴィスが泊まってるし、私の部屋は魔界と繋がってるし、襟亜の部屋は泊まる方が可哀想だし」
「あら。来島さんと町田君なら使ってくれてもよくてよ? ただ、部屋の中の物は、何一つ触ったり動かしたりして欲しくないけど」
「ほら、こんなだから。襟亜の部屋になんか、私だって入りたくない」
「この前リザリィは入ったぞ」
「ええ、おかげで色々荒らしてくれましたわよね? 忘れた訳ではありませんし、許した訳でもないんですのよ?」
「ごめんなさい、もうしません。せめて許して下さい」
「あの、私達、帰った方がいいかも……」
「ほら真結、さっさと行け。隣にお泊まりなんて、昔からよくしてるだろ」
「えっと、あ、うん、そうだね。また、ひろくんの家に泊めて貰いに行くね。いいかな?」
(えーと、つまり……そういう設定って事だよな、これは……)
もちろんそんな過去なんてないのだが、縫香さんがそう言った事と、来島さんと町田の事を考えると、話にのる方が良さそうだった。
「そうだね。今は里詩亜さんも来てるし、また泊まりにおいでよ」
「わかったわ! いますぐ準備するわね」
「リザリィの事じゃ無いよ?」
「なぁんでよー! 一人も二人も同じじゃない。むしろ二人の方がハーレムよ?」
「リザリィちゃんは自分の部屋でおやすみしてね。窓際に清めた水を垂らしておくからね」
「真結ちゃんひどい。部屋ごとお清めして悪魔が入れない様にするつもりね? ふつう、そこまでする?」
「お泊まりだから」
そう言った真結の目は笑っていたが、口元は笑っていない事にリザリィは気付き、すぐにわがままを撤回していた。それは襟亜さんと同じ地獄の笑みだった。
「そ、そうね、リザリィは自分の部屋で寝るわ。今日はちょっと疲れた気もするし……」
(真結が勝った……)
「はいはい、それじゃ、各々準備をしよう。結界はこのままで。里詩亜、弓塚君と真結の事を頼む」
「元より承知」
「ラビエル、土曜の打ち合わせをしたい。レヴィストが直々に部下を送り込んでくるぐらいだ。今週末は楽しくない事になりそうだ」
「そうじゃな。偵察の為に部下を捨て駒にする様な奴が相手じゃ。泊まる時は二手に分かれても、山に行く時は合流した方が良いと思うぞ」
などとまともな事をいいつつも、縫香さんとラビエルとリザリィはあきらかに酒宴モードに入っていた。
ここの所毎日酒を飲んでいるように思うし、何かというと酒を飲みたがるのだが、それは酒飲みなら当たり前なのだろうか。
別に縫香さん達に限った事ではなく、酒が好きな人は皆、なんとかして隙あらば酒を飲もうとするイメージがあった。
酒宴が始まったリビングを出た真結は、ぱたぱたと駆け足で二階にあがっていくと、数分で支度を調えてバッグを持って降りてきた。
「じゃ、いこっか」
「うん」
里詩亜さんを先頭に、頬白家の玄関を出ると、向かいの家の天井に大きな蜘蛛のような怪物が登っていて、途端に背筋が寒くなった。結界があるからこそ守られていたが、ラビエルさんが言った通り、家の周りは敵だらけの様だった。
「結界は弓塚家にも届いている。大丈夫だ」
里詩亜さんが俺達を落ち着かせる為にそう言ったが、気が気ではない。
自分の家の玄関まで慎重に歩くと、玄関の鍵を開けて扉を開けて、さっさと中に飛び込んだ。




