この世に似た顔は三人居る
頬白家に着き、硯ちゃんとテラヴィスとリザリィが結界を張ると、縫香さんがかのしま峠付近の事を説明した。
「魔力の反応はあったし、見張りもいた。龍穴に近づいていれば襲われたかもしれないが、さっさと戻ってきたから気取られてはいないと思う」
「こちらはカジンという悪魔から直々に宣戦布告を受けた。ひとまず相手は退いたが、先手を打ちたいなら、今夜、しかけてくるのが定石」
「町田君、謎は解けそうかい?」
と、来島さんが聞くと、町田は親指を立ててみせた。なんだか痒くなるような格好悪さなのだが、来島さんは腕を組んで、頷いていた。
「魔界の君主はレヴィストより強い。そして今のテラヴィスもレヴィストより強い。だからレヴィストはテラヴィスを泳がせて、魔界の君主に抹殺させようとしたが、俺達がそれを邪魔した」
「今、レヴィストにとって一番邪魔なのは私達って訳ね、日曜の事が気取られていないとしたら、まずは戦力を削りに来るでしょうね。こちらとしては好都合だな」
「もし今宵、レヴィストの手下が襲ってくるなら、それを撃退し、日曜への布石に出来る。レヴィストは土曜、日曜の二日かけて私達が迫ってくるのを、待ち伏せするしかない」
「これで魔界の君主がどう出るかで、もっと事態は明らかになるだろう。レヴィストを見殺しにするか、それとも助け船を出すか。或いはレヴィストの持つ白竜の角を奪おうとするかもしれない。今回、相手がどう出るかで、敵が何者か見切りがつけられると思う」
「町田君、それは本当か? 私なんて未だに全く見当がつかないぞ? いや、心当たりのある君主は10人かそこらはいるんだが、でも、そのどいつもが地位を捨ててまで人間界に手を出す様な奴ではないし……」
「大丈夫だ縫香さん。私は町田君を信じている。彼がそうだというなら、私もそうだと信じよう。その彼が今はまだだというのだから、私達は待つしかない」
来島さんがそう言うのを、縫香さんは困った様な顔で見た後、イヤミの代わりに手鏡を手元に召喚して、来島さんの顔を写していた。
「なんだかさぁ、その顔でそういう事、言われるとさ、そうかなぁとか思っちゃうんだよね。双子の片割れにそう言われているような説得力があってさ……どうして来島さんはそんなに私に似てるわけ?」
ここで来島さんが縫香さんのコピーだとばらすのは容易だった。
しかし、真結はそれをしないと言った。それを言ってしまう事で、来島さんは自分が作られた存在だと知る事になり、そして父も母も人生も、全てが偽りだったと知る事になる。
だから、真結は死ぬまでその秘密を持っていくと言っていた。
(だから、俺も、来島さんの秘密は墓まで持っていくよ……)
「自分と同じ顔を持つ人間が3人は居る、というのは遺伝学上で証明されている」
「そ、それ、本当!?」
「骨格を形成する遺伝子の組み合わせには限りがある。だから父や母に子供が似るのは当然で、そうでなくとも、非常に似た顔になる可能性は100億分の3以上と言われている。地球の人口はおよそ72億。だからもう一人いるかいないかという確率だ」
「出会っちゃったのか……私、魔界出身で地球の人間界とは別世界の魔女なんだけどね」
「私は、自分の顔は気に入っている。だから縫香さんの顔も好きだぞ」
「わ、私だって、そうなんだけどね……そう考えるとね、出てくる言葉は……」
「若いって良いわよね、っていつも姉さんは言ってますわよね」
「ああ、うん……若いって良いよな……私も来島さんぐらいの歳に戻りたい」
「胸の大きさは遺伝子レベルで負けたみたいだぞ」
「リザリィ、オマエコロス」
「ヒ、ヒィッ!? 落ち着けシドニー! お前、本当はすっごい強かったりしない!?」
「そう言えば、縫香姉さんが戦ってる所って見た事無いわね。一度は見てみたいと思っていたけど、今がその時かしら?」
「襟亜! 助けて! リザリィを守って! 火に油を注がないで!」
リザリィは慌てて俺の背中に隠れると、ガタガタ震えながら縫香さんを怖がっていた。
「リザリィ……俺も一度、地雷を踏みかけた事があったよ……ここの姉妹には、触れてはいけない話題があるんだ」
「わかった! 今、よく分かったわ! ダーリンだけよ、頼りになるのは」
「いや、頼りにされても、何も出来ないけど……」
「もー、お姉ちゃん達! くだらない事で争ってないで、きっちり方針建てて!」
「くだらない事!? 女にとっては大切な事だぞ! 硯もそのうち分かる!」
「今じゃなくていいなら、今は今の事に集中してよ」
「……はい」
「この家で一番強いのは硯なのか……」
「いや、真結もなかなか強いよ、滅多に怒らない分、真結の方が強力かも」
「襲ってくる奴が不憫でならんな。そこで二匹ほど昇天させたが、周りに十数匹は雑魚がいるぞ」
最後に庭のガラス戸から入って来たラビエルさんが、やれやれと言った顔で室内を見回した。
「どうします? うって出ます? それとも引き込みます?」
襟亜さんが笑顔でお茶を運びながらそう言い、その目の前を通り過ぎながら、ラビエルさんが真結に竹筒と小さな酒瓶を渡した。
「おーい、酒はこっちだぞー」
「馬鹿者、これは神酒じゃ、おぬしの分は台所にあるじゃろうが」
「えっ? そうなの?」
「はい、ちゃんと預かってますよ。あればあるほど呑んじゃうんだから、少しはセーブして下さいね」
襟亜さんが一升瓶を渡すと、縫香さんは栓を開け、中を覗きながら気の抜けた返事をしていた。
「はーい……これ、半分しか無いな……」




