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歯車は動き出した


「そうですか。しかし、テラヴィスを手に入れても、あなた方に何かの利があるとは思えませんが?」


「テラヴィスちゃんは物じゃない。道具でもない。使う物でも使われる物でも無い」


「さすがに『元・運命の魔女』の言葉は重い。しかしテラヴィスは魔界の重罪人。捕らえられれば死罪は免れられない。天界で保護すればシャンダウ・ローがその力を手に入れる事になる。それを良く思わない天界の他の神も居る」


「損得の問題じゃない。彼女は自らの意志を持つ確たる存在だから。私は私の意志で彼女を守るの」


 真結がこれほどまでに強い言葉を吐くとは思ってもみなかった。だが相手はたじろぐ事なく、壁際で手を組みながら、ため息をついていた。


「我が主はシドニー様に警告を与えた筈です。なのにあなた方はそれを無視した。勿論これは我々にとっては立派な宣戦布告。しかし今のあなた方は手強い。戦えば我々も相当の被害を出す事になる」


「では、そちらが持っているアイスクロウの角をこちらに渡す、というのはどうだ? それでこちらは手を引こう」


 里詩亜さんがそう言うと、相手は目を見開いて一歩前に踏み出してきた。里詩亜さんも俺と真結の間を割って前に出ると、カジンという悪魔と視線を交わして対峙した。


「手を引く? 何から? テラヴィスに角を与え、解放した後、後は好きにしろという事ですかな? それではあなた方に利が大きすぎる。力を再び得たテラヴィスは必ずやレヴィスト様を襲うでしょう。まともにやりあって勝てる相手ではない」


「……自分達が勝てない様な強大な力。完全に制御出来るかどうかも分からない、手に余る代物。角を折る事でなんとか暴走を食い止める事は出来たが、それは先手を打ったからであって、テラヴィスが問題を起こしてからでは遅いと思ったから……」


 次は町田がポケットに両手を突っ込みながら、自分の推測を語り出した。あくまでそれは推測だが、相手がその文言を認めた時、推測は現実になる。


「問題は……魔界の君主だ。そいつが動き出したから、レヴィスト男爵も動かねばならなくなった。長年、魔界から匿っていたテラヴィスの角を折り、その力を手に入れる必要があった。理不尽なのは、何故テラヴィスを泳がせておいたか、という事だ」


「本当は、その魔界の君主に、テラヴィスを始末させたかったんじゃないのか? だが縫香さんが魔力の流れや痕跡を追う手腕を買われて、シャンダウ・ローからテラヴィスを保護する仕事を依頼された。自分の予想と計画から、全てが逸脱し始めている」


「この交渉は、最後にして、そちらとしては我慢の限界点の取引だ。ここでテラヴィスを手に入れられず、縫香さん達を止められないなら、予想していたうち、再悪のシナリオになる。と言った所か?」


 町田の畳みかける物言いに、カジンは目を閉じて耐えるばかりだった。全て町田の言うとおりなのだろう。それをはいと認める訳には行かず、違うと言った所で子供の言い訳にもならない。


「どうやら、話し合いは出来そうにないですな。私としては、ここで一人二人、道連れにしたい所ですが、危害は加えないと約束いたしました。私が約束を破れば、レヴィスト様が紳士的にお話をされても、その信用はありません。だから、私は約束をお守りいたしましょう。我が主の為に」


 カジンは一礼すると、そのまま透過して姿を消していった。おそらくは地獄へと戻り、主であるレヴィスト男爵に報告をしに戻ったのだろう。

 俺達は無事、何事も無く、その新築の家を出ると、学園の方へと戻り、帰路についた。

 真結はすぐにラビエルさんと硯ちゃんに無事である事を告げたが、町田が真結の肩に手をかけ、付け足すように言えと命じた。


「交渉は決裂した。相手は一度退いたが、すぐにでも全力でしかけてくる。応戦の準備をする様に伝えてくれ」


 真結がラビエルさんにそう伝えたのを見ると、町田は真結の肩から手を離し、二、三歩歩いた後に、俺達の方を振り返って言った。


「歯車は動き出した。もう止まる事は無い。俺も、ここからは本気を出さないと、今度ばかりは死ぬ事になりそうだ」


 背筋を伸ばし、ポケットに手を入れた町田が芝居がかった不敵な笑みを浮かべた。これで完全にヒーロースイッチが入った様だった。


「何だか……雰囲気が変わった様だが……」


 里詩亜さんが町田の顔を訝しげに見ながらそう言った。


「なりきりって奴です。今の町田は、自分の心の中のヒーローになりきっている。俺達はそれをヒーローモードと呼んでいて……クラスの友人達はそうなった時の町田を避けてます」


「どうして避ける?」


「町田は普段は無愛想ですが、良く気がついて他人の邪魔をしませんし、逆に助ける事も多々あります。だから皆から信頼されています」


「でも、ヒーローモードになると、町田自身の目的を最優先しちゃって、その為には他人を利用する事もお構いなしで命令口調になります。所謂、デキるけど嫌な奴になっちゃうんです」


「弓塚、さっさと頬白家に行こう。俺達にとって安全な場所はあそこしかない。かしこには連絡を入れた。リザリィと共に来るそうだ」


「……と、こんな感じです」


「なるほど……その指示が的確なら、文句は無いが……」


 二日前と同じく、頬白家には厳重な結界が張られ、そして今回は町田も来島さんも脳内ヒーロー状態での防衛戦になりそうだった。


「真結、強くなったね。格好良かったよ」


「ひろくんのおかげだよ、ひろくんと一緒に居たら、なんでも出来る気がする」


(それはお世辞なのか本心なのか……)


 一つには、里詩亜さんに対するライバル心がまだ残っているのかもしれず、その他には単純に気が大きくなっているだけかもしれない。

 だが、それでも真結は強くなった。最初に出会った時の、あの神社での気弱な愚痴をいう真結とはまるで別人の様に……。

 それはもうあの頃には戻れないという事でもあったが、俺自身も、そして町田も来島さんという存在を得て、戻る事など出来なくなっていた。


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