地獄からの使者
本題の後は毎度の如く、縫香さんとリザリィ、襟亜さんとラビエルさんは酒を飲み始め、テラヴィスは硯ちゃんの部屋で寝泊まりし、その他の者は自宅へ戻る事になった。
リザリィが頬白家の三階に来た今は、来島さんの家が一番遠い所になっていた。町田が送っていくと言ったものの、来島さんはさすがに遠いから駅前まででいいと遠慮していた。
「……何事も無いとは思うが、無事、家に着くまで来島さんの警護をしてくる」
と里詩亜さんが言い、襟亜さんから相変わらず心配性ね、と弄られていた。
明けて次の日は何事も無く、平凡な一日が過ぎたが、二日目はそうは行かなかった。
縫香さんは護衛役に襟亜さんを連れて、一足先にかのしま峠の近くへ龍脈の流れを追いに行った。
そして案の定、龍脈からは離れた孤立した所で魔力が拡散している場所を探し当て、日曜日に向かうべき目安を立てたのだが、二匹の怪物に襲われ、すぐに鹿島神社の方へと逃げ出した。
そこで応戦してしまっては、日曜日に敵が厳重な警戒をするかもしれないし、もしかしたら龍穴を塞がれてしまうかもしれなかった。
だからなるべく一般人が迷い込んだのを装いながら、鹿島神社まで歩いて戻ってきたらしい。
敵は神社まで追ってこなかったので、そのまま帰宅したのだが、その後が良くなかった。
その日、授業を終えて校門を出ると、少し離れた場所に黒塗りの外車が止まっていた。こんな田舎町に不釣り合いな車はとても目立っていて、下校中の生徒達は怖がって外車を避けて帰っていた。
その車から、一人の中年の男性が降りると、校門を出た俺達の方に歩み寄ってきた。上下とも黒いスーツを来た細身の男性で、やけに色白で頬が出た初老の男性だった。日本人とも外人とも言えない顔立ちをしていた。
(気をつけて、こいつ、悪魔だ)
俺と真結と町田さんのすぐ後ろに里詩亜さんが駆け寄り、黒服の男を睨む。
「私、レヴィスト男爵に使える者で、カジンと申します。少し、お話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「それは、誰に対しての問いだ?」
「頬白様、町田様、弓塚様です。里詩亜様は入っておりませんが、グラーツ卿の命で警護されておいでと伺っております。席を外しては貰えないでしょうな?」
「私が邪魔になる様な話なのか?」
「こちらにそのつもりはありませんが、話次第によっては」
「安全が保証されぬのなら、話に応ずるつもりはない。出直せ」
「……失礼しました。話をせずに帰れば私の立場がない。安全を保証しましょう」
「二言は許さん。何かあればライザリ嬢とロード・グラーツが動くと思え」
「畏まりました。では、あちらのお車にどうぞ」
「それも断る。オオサンショウウオが化けた乗り物になど乗れるか」
「安全は必ず保証いたします」
乗るか断るか悩んでいると、真結が一人でさっさと車の方へと歩いて行くので、俺達はついていくしかなかった。
カジンと名告った黒服の男は一礼して俺達に道を空け、自分は運転席の方へと歩いて行く。
車の側まで来た真結は、中に乗るのかと思いきや、先日貰った榊の枝で、車を一度ピシリ、と叩いた。すると車は誰も乗せずに急発進して走り去り、黒服と俺達はそこに残る事になってしまった。
「これは手厳しいですな。どうしても信用ならないというのなら、歩きながら話すしかありませんか」
「そうしてくれ。もし、そちらが仲間を呼べば、こちらも対処させて貰う」
「仲間など呼ぶつもりはございません。ご安心を。では、こちらへ」
黒服は俺達を先導すると、車が逃げていった方へ俺達を誘った。
真結は曲玉を取り出すと、それを握りしめ、何かの呪文を唱えてそのままポケットの中にしまった。おそらくラビエルさんに信号か何かを送ったのだろう。
生徒達の視線を背中に受けながら、俺達は向島高校を後にし、駅とは反対側、街の外れの方へと歩いていた。
この道の先はまだ整備途中でどこにも繋がってなく、まっすぐ進めば住宅街に入る事になる。
案の定、黒塗りの車は車止めの前で停止して俺達が来るのを待っていた。
しかし真結が懐から榊の枝を取り出すと、オオサンショウウオはその姿を現し、地面の中に吸い込まれる様に逃げて行ってしまった。
「あまり、怯えさせないで下さい。私が帰る手段がなくなってしまいます」
黒服は前を向いたまま不機嫌そうにそう言い、そのまま住宅街の中へと歩いて行く。
一体どこへ向かっているのかと皆が不安に思い、互いの顔を見合わせると、それを察した黒服が言った。
「あの家でございます。家に仕掛けはございません。ただの空き家です」
黒服が言ったのは新築の分譲住宅だった。どこから見ても作りたてのただの家で、怪物が化けている様な気配は無かった。
「この家はレヴィスト様がお買いになりました。人間界のルールに従って、ごくごく普通の手段で。もし皆様が車にお乗り頂ければ、この家まで乗せてくるつもりでした」
黒服は懐から鍵を出すと、玄関の扉を開けて、まず自分が先に入り他の者を出迎えた。
「土足のままで構いません。どうぞ、リビングへ」
新築の家にはまだ家具はおかれてなく、リビングと言ってもがらんとしたただの空間だった。
皆がそこに入ると、黒服は扉を閉め、何もしませんよと両手をあげてアピールしながら、部屋の奥側へと歩く。
「さて、お話なのですが、まず最初に、テラヴィス=アイスクロウの身柄をレヴィスト男爵に渡しては貰えませんか?」
「いやです」
そう答えたのは真結だった。顔から笑顔は消えていて、真剣な表情になっていた。
その横顔を見た時、女の子の真剣な顔って、綺麗だな。と思ってしまった。以前にもそう思った事があった。
襟亜さんもそうだし、硯ちゃんも里詩亜さんも、真剣な時の女性の横顔は、何故かとても綺麗に見える。




