買い物は付きそう方が大変
「あらやだもうこんな時間。縫香姉さん、ちょっと手伝って」
「えっ、私も行くのか!? えー……ゆっくりしたかったのにぃ」
「美味しいおつまみが欲しければ、手伝って? でなきゃコンビニの中途半端に高い定番のおつまみで我慢する?」
「仕方無い。さっさと行ってさっさと帰って来るか」
縫香さんは一度座ったソファから立ち上がると、気怠そうにリビングを出て行った。その縫香さんの横を通り、テラヴィスが魔法図鑑を広げている硯ちゃんの所へ行くと、ペラペラとページをめくって、別の項目を指さした。
「これと、こっちのこれと、あわせるといい」
「えっ、そんな事出来る?」
「私が融合させる。硯は二つの魔法を用意すればいい。同じ様に6つの融合魔法を作り、そこから虚無の結界を作る」
「す、すごい……さすがです」
「角があれば、自分で出来るんだけど。今はアイスクロウは休んでるから私が頑張る……」
「テラヴィスちゃんは……もう、逃げないの?」
「うん。逃げない。ここにいる人達は、皆、良い人……悪魔はちょっと困り者だけど、でも良い子……魔女も300年経つと、随分と変わるみたい」
「どうなのかなぁ? 300年前に株式投資は無かったね。それは確かだよ」
「魔界も人間界も随分と変わった。なのに地獄界は何も変わってない。私はレヴィストの城の地下を抜け出さない限りは自由だったけど……そこで生きた300年に価値は何も無かった気がする……」
「300年経ったから、真結達にあえたんだよ。運命ってそういう物だから」
元、運命の魔女の言葉は重かった。
力こそ失ったが、真結は最強の魔女として生きた記憶は背負い続けている。その頃より、今の方が気楽そうだが、それはやはり最強、という言葉が指す力が、それほど重いものだったからだろう。
真結の肩越しにテラヴィスと硯ちゃんの姿を見て要ると、この頬白家のリビングはもう定員オーバーだという実感があった。
元々は四姉妹が人間界の片隅で隠れて生きていく為の家で、その頃は十分に広い部屋だったが、今や倍以上の11人が集まろうとしている。
これだけの悪魔や魔女が集う事になったのも運命故だろうか。
「テラヴィスちゃん、準備出来たよ」
「じゃ、始める?」
硯ちゃんとテラヴィスが互いに向き合って座ると、まず硯ちゃんが呪文を唱えて左手と右手に違う色の輝きを灯し、それをテラヴィスが受け取って融合させると、真っ白な円盤の様な物が出来上がった。
それを6度繰り返し、6枚の白い円盤を作ると、テラヴィスは魔方陣を描いてそれらの白い円盤を頂点に並べた。
そして最後に、魔方陣を発動させると、円盤が粉々に砕けちる。
「な、なんだ? これ……」
魔方陣の中心から黒い光が爆発し、部屋の中をすり抜けると、庭の方で何かが爆発する音が聞こえた。見ると、空を飛ぶ目の様な生き物が地面の上に落ちていて、その姿がすぅ、と溶ける様に消えていくのが見えた。
「監視用の目……あれは地獄界のものではなく、魔界の物だぞ?」
里詩亜さんが眉を潜めながらテラヴィスにそう尋ねると、テラヴィスは小さく頷いた。
「皆が帰ってきたら、話を始める。もう魔界の君主の監視は無い」
テラヴィスの言葉を聞いて、里詩亜さんは少し緊張を解いた様に見えた。
おそらく里詩亜さんは、何かがいる事を察していたのだろうが、先ほどの目の怪物を見つける事は出来なかったのだろう。
「ようやく具体的な話が出来そうだな。私達を監視していたのは魔界の君主か。リザリィはあの時、監視されているから何も話すな、としか言わなかった」
「君主っていうぐらいですからVIPなんですよね……里詩亜さんに心当たりは?」
「魔界の君主と言っても、大勢居るからな……地獄界の魔物を裏で操っているとなると、魔界では君主の座を追われかねない大罪だろう。誰がそこまでしているのか……」
里詩亜さんが顎に手を当てて思案に暮れていると、出て行ったばかりの襟亜さんがもう戻ってきていた。十数分程度しか経っていない。
「ふー、なんとか11人分の買い物が出来たわ。11人分よ!? ちょっと料理する身にもなって欲しいわね!」
「私も手伝おうか?」
「ご心配なく、私一人で大丈夫よ」
一体荷物はどこにあるのか、襟亜さんは里詩亜さんの援助を断ると、台所の方へ行ってしまった。
「疲れた……もう、魔力が無い……私はもうダメだ……」
代わりに力の無い言葉を吐きながら、縫香さんがソファに埋もれていた。
もうマナ葉を吸う元気も無いらしく、仰向けの姿勢のまま片足がソファからずり落ちていた。
肝心な所こそ見えてはいないが、腰骨辺りから白い太股が丸見えになっていて、いつもながら艶めかしすぎる。
「大丈夫ですか? 縫香さん……」
「十数分で30往復はしたと思うぞ……スーパーの裏手にシフトして、買い物をして台所にシフトして買い物袋を置いて、また別の店に……せめてレジが混んでいたら休めたのだけどな……スーパーの中は禁煙だし……」
「これ以上は命に関わるから、ギブアップした……酒と煙草……酒で魔力を繋ぎ止めながらマナ葉と龍穴で補充するしかない……」
「マナが補給出来る仁丹をやろうか? 私が魔力の欲しい時に使う物だが」
「ああ、うん……」
里詩亜さんはポケットから子猫の柄の可愛い小物入れを取り出すと、その中から真っ赤な毒々しい丸薬を一つ取り出し、縫香さんに渡した。
「……うあ……なんだこの味……うぇぇ……」
受け取った縫香さんが口の中に放り込むと、泣きそうな顔になってしまっていた。
「ただの薬だからな。苦いし酸っぱいし、ここぞという時に食べると、なんだか腹が立ってきていいぞ」
「怒る元気も無い……ありがとう、少し楽になった。でも二つは要らない」
真結が魔力を失いかけた時もそうだったが、やはり魔女にとって魔力が無くなるという事は命に関わるらしい。
縫香さんが力なくソファに身を横たえるのを、里詩亜さんが心配そうに見ていた。
「これ、ほっといたら死なないか? 大丈夫なのか?」




