私とあの子と彼女とあなた
「なんだかごちゃごちゃと……うちのリビング、そんなに広く無いんだけど?」
俺達が無事に頬白家へ辿り着くと、玄関で縫香さんが呆れてそう言った。
「まぁそう言うな。今日の話はとびきり大切だからな。硯ちゃんとリザリィが結界を完成させたら、早速本題に入ろう」
「……あんた、そんなしゃべり方だったっけ?」
(ああ、やっぱり……)
同じ顔、同じ口調の二人が、いきなり衝突していた。
着ている衣服で簡単に見分けは付くし、片方は口の端から紫煙を垂れ流している大人で、もう片方はまだ未成年。片方が原本で片方がコピーなのだが、この二人はお互いの関係に気付いていない。
「今、ちょっと、キャラに入り込んじゃってるんで、すいません」
町田がそう言うと、縫香さんは口をへの字に曲げ、眉を上げてふぅん、と言った顔をした。
「ああ……町田君のアレ……彼女にもそういうのがあったんだ? でも、なんだか私と被ってる気がするんだけど、もしかして私に憧れたりしてるわけ?」
「当然。超優秀なプレーンウォーカーで、先日もボーダーガードのリーダーを倒したんだろう? そんな力が私にもあれば、もう少し世の中を粛正できるのに」
「いや、粛正とか、そんな面倒な事は考えた事ないぞ……あるがままでいいじゃないか」
「縫香さんはそれでいい。私は私。これがあるがままの私」
「あ、そ。それならどうぞご自由に」
「いつもチャイナドレス一枚しかつけてないのも、自然体って事なのか?」
そう言いながら、来島さんは縫香さんのチャイナドレスの裾を持って、おもむろに持ち上げ、下半身の茂みを露わにさせた。
(みみ、見てない……! 何も見えなかった……!)
俺と町田は慌てて後ろを向き、視線を反らす。さすがの町田もこの状況では冷静ではいられないらしかった。
「あんたも下着脱いで過ごしてみたら? 解き放たれたって気分になるよ?」
「残念だが警察が来た時に、私は逃げられない。縫香さんの様な力があれば、私も素っ裸で歩いてみたい」
「それも憧れなの?」
「そう。憧れ」
「なんだか自分に好かれてもねぇ……嫌ってワケじゃないけど、微妙な感じ」
「レズも自由だけど、その裾は離して下さる? 年頃の青年が二人、後ろで股間を押さえてますわよ?」
廊下の奥からやってきた襟亜さんの笑みが、さすがにぎこちなくなっていた。貞操観念に関しては、かなりきっちりした物言いをするだけあって、この状態は見過ごせない様だった。
「股間は押さえてませんよ!」
「弓塚君はともかく、町田は女の裸体にはあまり興味は無いぞ」
「いや、あるけど……」
すかさず来島さんの言葉を否定した町田に、これからも友達でいられそうな共感を感じた。
男だったら女性の裸体に興味があるのは当然だろう。無くても悪い訳じゃないけど、あっても悪い訳じゃない。
「ダーリン、リザリィならいつでもスタンバイOKよ。お望みなら今夜は朝まで寝かさないわ」
「ひろくんはわりとスケベだけど、リザリィとはそんな事しないもん!」
何を根拠にそう言ったのか、或いは年頃の男心を知っての事なのか、真結がリザリィにそう反論していた。
「スケベですいません……」
「でも私達、キスはもうしたわよ」
「あれは回避不可能だったし、ノーカウントにしてください」
「あらやだ、唇は奪われちゃったのね? 思ったよりも早くお別れの時が来そうね」
襟亜さんがリビングへぞろぞろと入っていく客人達を数えながら、にっこり笑ってそう言った。
「誰とのお別れですか!? 全身縛られた上でキスされて、脳裏に直接話をされただけですよ! よく考えたらキスでなくても良かったよね?」
「だって相手が相手だしぃ。姿も現さずに巨大な敵一匹を存在ごと吹き飛ばしたのよ? あの時、あの怪物からあの言葉を聞いたのは、ダーリンと私だけだけど、きっと相手はその事までは気付いてないわ」
「硯もそう思う。もし、遠見の魔法を使って監視していたのなら、あの怪物が何を言ったかまでは分かってない筈。お兄ちゃんがあの時、口封じの魔法を無効化した事を知らなければ、まず間違いなく相手には伝わってないと思う」
結界を張り終えた硯ちゃんは、リビングの定位置の所に行くと、更に大きな図鑑レベルの魔法の書を持って来て、床の上に広げて置いた。
その魔法の書を見た縫香さんが、少し顔を斜に傾けながら、いつになく真面目な口ぶりで町田の方を見た。
「随分と物々しいな? 何があったんだ? 彼女のこの不遜な口ぶりも気になるが、町田君は情報屋として距離をとるつもりじゃなかったのか?」
「リザリィが私達を巻き込んだんだ。文句があるなら彼女に言って。おかげでこちらは自ら命をかけなくてはならなくなってしまった」
町田が答える前に来島さんが割り入ってきたのは、縫香さんが他人の話に割り込むのとよく似ていた。縫香さんはどうも調子が狂う、と言った感じでリザリィの方に話を振る。
「……それは、お酒で解決出来る事なのかい? リザリィ?」
「た、多分ね……それほど貴重なお酒でなくてもいいわよね? どっちかって言うと、リザリィのおかげで黒幕が何者なのか分かりそうな感じだしぃ」
「じゃ……地獄のマナパイプで手をうとうじゃないか。マナ葉もあればさらにいいね」
縫香さんが口の端を吊り上げて意地悪そうにそう言うと、リザリィが明らかに動揺して言葉を詰まらせる。
「げっ……リザリィの家はぁ、禁煙だしぃ、喫煙具とか無いしぃ……」
「そっか。それじゃ仕方無いね。昨日のリキュール? あと二本あるのよね?」
「分かったわよ! どっかからパイプを貰ってくるわよ! 兄上に貴重なお酒をもう一本頂戴なんて言えるわけないわ! 調子に乗ってるんじゃないかって睨まれたら、しばらく人間界にこれなくなっちゃう」
「じゃ、よろしく」
「この、悪魔めー!!」
悪魔に悪魔呼ばわりされた縫香さんは、ぺろっと舌を出して誤魔化しながら、ソファのいつもの席に着いた。
「えーと、今日は何人居るのかしら……テラヴィスちゃんはお肉が良いのよね? 他にリクエストとかあるかしら? 買い物に行かなくちゃ……」
(襟亜さんが主婦の鏡になっている……)
「買い物なら手伝おうか?」
「いいえ、里詩亜は結構よ。どうせ材料を買う時にこっちの方が良い、とか言いだして、面倒な事になるんだから」
「そうか。ではありもので何か作っておくか」
「お客さんで良いの! じっとしてて! 昨日みたいな混乱はお断りなの。ここは私の家で、あの台所は私の職場なの!」
「お前の本職は警察だろ。無許可で魔界から抜け出してきた奴を捕まえる仕事はしてるのか?」
「だからユゴラスだったり怪物だったりボーダーガードだったり、色々と斬ってるじゃない。それに加えて家事もしてるのよ?」
襟亜さんは里詩亜さんと言い合いをする時だけは笑顔を捨てて、むすっとしたちょっと可愛らしい女性っぽい顔をする。
俺はそういう顔もするんだ、と思いながら二人のやり取りを見ていた。
「分かったよ。早く買い物に行ってきな。店が閉まるぞ」
そして何故かいつも里詩亜さんは襟亜さんの言葉に理解を示して、自分から身を退くのだった。
この二人、単なる悪友以上の仲なのかもしれない。




