ダーリン、ちゅーしましょ!
リザリィの問いに対し、下あごから錆びたフックを突き出させた、巨大なサンショウウオの化け物は、しどろもどろに答えていた。
「て、テラヴィスを食えば、力が手に入る。人の姿になれると聞いた」
そう答えた怪物の、左足の部分から闇の槍が付き出し、膝から下をちぎって地面へと投げ捨てる。ごぉああ、と痛みの悲鳴をあげた怪物に対し、リザリィは悪魔の笑みを浮かべて質問を続けた。
「その噂話は誰から聞いたのかしら? 話を延ばすのなら、苦痛が長引くだけよ? 最後には、○○さんから言われましたって答えになるんだから」
「その答えを言うまでに、四肢と下半身をちぎられたい? 素直に言っちゃった方が、いいと思うんだけどー?」
「これは単なる拷問だ……敵より味方の方が非道い」
町田が見上げながらそう呟いた。
「い、言えない……口封じの魔法をされている……」
「魔法! 魔法ですって、ダーリン! あなたの出番よ!」
リザリィが俺の方を見下ろすと、俺の身体に黒い闇がくるくると巻き付き、そして優しく空中に持ち上げられると、リザリィの側まで連れてこられた。
「ひろくん、大丈夫!?」
「大丈夫よー、卵を掴むより優しく包んでるわよー」
その言葉通り、俺の身体は締め上げられる事もなく、ずりおちる事も無く、宙を浮かぶように持ち上げられていた。
「ダーリン、この子を撫でてあげて」
「魔法を……解くんだね……」
化け物は、いったい何をされるのかわかってなく、黙って様子を伺っていた。俺がその緑色の気色悪い肌に触るが、何かが起きた様子は無い。
「レヴィスト男爵から聞いたのかしらん?」
「ち、違う。魔界の君主だ! ロードオブ……」
そこまで言った時、化け物の身体は俺達の眼前で突然、姿を消した。しかしそれは次元を越える時のような、すぅ、と透過して消えたのではなく、粉々になって塵と化した様に見えた。
「存在そのものを吹き飛ばされたわねぇ。魂のかけらも残ってないわ」
怪物が消え、足場を失ったリザリィが俺を捕まえたままフックの上でバランスを取る。
「今、魔界の君主って、言ってなかった?」
「……ダーリン、ちゅーしましょ!」
「えっ? 何? あっ? ちょっ!!」
あろう事かリザリィは俺を空中に捕らえたまま、無理矢理唇を重ねてきた。でもそれは性的なキスではないみたいだった。
(ダーリン黙って。魔界の君主が今もリザリィ達を見てるわ。ダーリンは人間だから大丈夫だけど、リザリィ達は今の化け物みたいに存在そのものを吹き飛ばされちゃう。だから何も分からなかった事にしてちょうだい)
(わ、わかった……)
「今日は収穫無しね。これだけやったのに、結局黒幕が何者か分からなかったわ」
そう言いながら、リザリィと俺は地上へと降り立ち、皆が駆け寄ってくる。
「ひっ、ひろくんがリザリィちゃんに唇を奪われた!」
「今のは、ノーカウントでいいと思うよ……」
「リザリィちゃん、どういう事?」
「硯ちゃん、ちょっと力を貸してくれる? テレパスの魔法は使えるかしら?」
「えっ……あ、う、うん……みんな、手を繋いで。あ、お兄ちゃんは抜きで」
「はいはい、魔法の邪魔って事だね……」
皆が手を繋ぎ、リザリィが皆の脳内に、俺にしたのと同じ様に、メッセージを伝えた。
すると、ちょっと哀しげな顔になっていた真結も真剣な顔になり、小さく頷いた。
「とりあえず、今日はこれで解散だけど、かしこと町田君はこの後も家までつきあってね」
「分かった……」
魔界の君主。レヴィストではなく、魔界にいる君主が、今、俺達を見ているとリザリィは言う。安全な所に戻るまでは、その事について触れてはいけない。俺、町田、来島さんは人間だから危害を加えられないかもしれないが、それ以外の者、真結も硯ちゃんも里詩亜さんもテラヴィスも勿論リザリィも、存在を消される可能性があった。
「……ふふ……ふふふ……」
やばい事になったと思いながら、その工場跡から立ち去ろうとした時、来島さんが不敵な笑みを浮かべて、突然低く笑い出した。
「大丈夫か、かしこ?」
「なんだか面白い事になってきたみたいだな、町田君。想像を絶する未知の世界が私達を呼んでいるような気がしないか?」
「お、おい、どうした、かしこ」
「リザリィ? 私、あなたの望み通り、この話に乗せて貰うぞ。未だかつて、映像化もされた事のない人智を越えた世界、この目で見てみたくなった」
(まっ、まさか、これは……)
「かしこ、お前、まさか……」
「オリジナルはこの私。誰も見た事の無い世界への扉、開けるとしようか」
「かしこにも、ヒーロースイッチがあったのか……」
来島さんが目覚めたのは、悪魔と魔女さえ怯える魔界の君主の話がきっかけだった。その存在を口にしただけで、この世から消されてしまうという。地獄伯爵より、更に厄介な相手が絡んでいて、つまりそれが今まで皆が言っていた、何か大変な事、を起こしている張本人かもしれなかった。
「レヴィスト男爵? 所詮は役者の一人に過ぎないわよ。どれだけ頭がキレるといっても所詮は設定。脚本にかかれていない事は出来ないさ」
「なぁ町田……来島さん、どうしよう……なんか怖いんだけど」
「そうか? 俺は逆なんだけど」
「そうなの?」
「最近はいつも、諍い事や面倒事にうんざりして愚痴を吐いているばかりで、以前のように生き生きとしてなかった。いつも疲れててかしこらしくなかった。だから俺も気を使ってたんだよ……」
「それが見ろよ、あの目、あの顔。何かに取り憑かれた様に生き生きとしてるじゃないか。いいね、今のかしこ、惚れ直したよ」
「絶対、何かに取り憑かれてるよ! それは間違いない!」




