闇の令嬢ライザリ
角を曲がると、右手に3、4メートルはあるだろう分厚い鋼鉄の壁が10メートルほど続いていた。その先には壊れて半開きになった金網の門があり、そこから中に入る事が出来る。
この工場は鉄のパイプや柱を整形していた所らしく、材料となる太い鉄管や鋼材、それに作りかけのY字型の鉄管が放置され、風化して錆びていた。
「ま、町田……君……」
か細い声は、斜め前方にある、巨大な四角い構造物の中から聞こえた。三方に壁を建て、天井を塞いだだけの様な建物の中に入った時、俺と町田はその地獄絵図に唖然として立ち止まってしまった。
「やっときたのね……」
来島さんは建物のほぼ中央に、テラヴィスと並んで立っていた。テラヴィスの青白い防御壁が球状に展開されていて、来島さんも守ってくれていた。それはいい。
俺達が思わず眉を潜めたのは、彼女達の後ろに立ち並ぶ、八本ほどの鉄パイプの十字架で、その十字架のうち六本には、いつか真結を襲ったような人の姿をしていない化け物が血まみれになって貼り付けられていた。
「リザリィちゃん! その十字架って、すっごい悪趣味だからやめてよ!」
硯ちゃんがテラヴィス達から少し離れた所で、上を見ながらそう叫んでいた。
「そうかしら? 私に楯突いたゴミ共の最後としては上等じゃない? 墓標までたててあげてるのよ?」
リザリィの声は頭上から聞こえてきた。見上げると、天井に設置されたクレーンのフックに腰掛けていて、クレーンを遠隔操作して、空中をブラブラと移動していた。
「んもー! あと二匹! 地面の中! 右と前!」
そう叫びながら、硯ちゃんがこの地獄絵図をものともせず、テラヴィス達の前にかけよって、そこで地面に魔方陣を描く。描かれた魔方陣から火柱が立ち上ると、その火柱に、敵を倒すように命じていた。
「お兄ちゃん、そこどいて! 火傷しちゃうから!」
「おわわわ、こっちにくるぞ!」
火柱が俺と町田の方に向かって来たので、慌てて横へ避けようとしたら、里詩亜さんが俺と町田を脇に抱えて硯ちゃんの近くへと運んでくれた。
来島さんの側にまで来た町田が、すぐさま駆け寄って彼女に声をかける。
「かしこ、大丈夫か?」
「いやもう……怪我とかはないけど……悲鳴をあげるので疲れちゃって……この子が守ってくれるってわかったから、もう悲鳴を上げる必要もなくなったんだけど……」
「目の前で火の玉が爆発するわ雷が走るわ、得体のしれない怪物達が私達を狙って襲いかかってきて、目の前で内蔵をまき散らして叫び声を上げながら死ぬわで……」
「そういうの、映像で見るのはいいんだけど、生で見たい訳じゃないし……」
「そうだよね、作り物だと笑えるけど、本物は笑えないよね」
そう言いながら真結が近づいて、光の手を来島さんの胸にあてる。淡い光が来島さんの身体の中に浸透していくと、来島さんは、大きくため息をついていた。
「はぁ……ありがとう真結ちゃん。なんだか随分落ち着いたわ」
と一段落している俺達の背後で爆発音と破壊音が鳴り響く。見ると、カエルの化け物みたいな怪物が地面から這い出し、硯ちゃんの炎に焼かれながら、こちらへと突進してきていた。
「るるぐぅあ! あがぁ!」
聞いた事も無い独特の発音で悲鳴を上げつつ、俺達に襲いかかろうとする化け物を、里詩亜さんが一瞬で間合いを詰めて、その腹に短刀を切りつけ、その後、怪物の頭上に跳躍すると、眉間に止めの一刺しを深々と突き刺していた。
ところが怪物はそれで倒れず、体内から数十本の黒い尖った八角錐を噴出させ、その黒い槍にズタズタに切り刻まれた後、闇の紐の様な物に引きずられて、空いている十字架にくくりつけられていた。
目の前で血しぶきと内蔵が飛び散るのを直視できず、皆が顔を背けて目を閉じていた。しかしどういう訳か真結は顔を背けず、とても辛い顔をしながら、目の前で繰り広げられる残虐な光景から目を反らそうとしなかった。
「あと一匹ね。どこかしら? 出て来ないと、後悔する事になるわよー?」
「もー……リザリィちゃんはどうしても止めをささなきゃ気が済まないの? さっきのカエルはもう動けるほどじゃなかったのに、わざわざお兄ちゃん達の前まで引きずって、目の前でぐっちゃぐちゃにするなんて」
「だって、あのままだったらただの焼きガエルだし。つまんないでしょ?」
「はぁ……悪魔ってよくわかんないよ、もう」
「硯ちゃんはほんと、賢くて強くて、頼りになるわぁ。あと5年もしたら、美貌の魔法使いになりそうねぇ」
「真結、大丈夫か?」
「うん……辛いけど……硯ちゃんも頑張ってるし、真結も頑張る……」
真結は、心の中にある闇の部分を殆ど表に出さない。それだけ強い心をもっているのだが、それが幸せだとは思えない時がある。
彼女が運命の魔女として生きてきた間に、色々な事があったのだろう。縫香さんが数度死に、それを蘇生させた事があるとも言っていた。真結にとって死は、何か大きな意味を持っているみたいだった。
「来るよ、上! シフトしてくる!」
「あら、直接リザリィを狙うつもりなの? 野蛮ねぇ」
リザリィの眼前の空間からオオサンショウウオの様な頭部が付き出し、数本の触手を伸ばしてリザリィの身体に巻き付けると、カメレオンの舌の様にその触手を縮めてリザリィを食べてしまった。
「リ、リザリィ?」
あっという間の出来事だったが、リザリィが腰掛けていたフックが、怪物の口を貫いてひっかかり、まるで釣り針に引っかかった魚の様になっていた。ひっかかったフックが邪魔で怪物はどうする事も出来ず、異次元から出てきた身体がだらんと空中に垂れ下がる。
その後、怪物の口が開き、中からリザリィが出てくると怪物の頭の上に腰掛けて、眼下の怪物の目を睨んだ。
「分かるわよね? 生かしてあげた理由。誰なの? あんた達をけしかけてきたのは」




