ブートキャンプの先生はうまく休憩している
授業が終わると、また、来島さんからメールが来ていた。
物陰に隠れている来島さんが、得体のしれない化け物と戦う、ランドセルを背負った女の子を写していた。そしてメールには『硯ちゃんが助けてくれてるの! 御鑑小学校の近くにある古い工場跡に来て』と書かれていた。
「弓塚、この場所は分かるか?」
「あ、そこなら分かるかも。硯ちゃんの学校の近くに小さな丘があってね、緑色の高い塀で囲まれた何かの工場の廃墟があるの」
写真を見た真結が、そう答えると、町田はすぐに連れて行ってくれと言った。
「小塚丘学園に行く途中にあるんだけど……えっと……ひろくん、どうしよう?」
「何か問題が?」
「ああ、ええと……里詩亜さん、お願いがあります。真結を背負って下さい」
「頬白殿を? 構わないが……何故?」
「ごめんなさい、真結は走るのが遅いの」
「ああ、そういう事か、よし、分かった」
里詩亜さんがその場にしゃがみ、その背中に真結がしがみつくと、すぐに里詩亜さんが立ち上がるが、そのまますぐにしゃがんでしまった。
(み、見てない。俺は何も見て無いぞ……)
女の子は皆、お洒落の為にスカートを短めにして履いていて、真結も例外なく膝上までしか丈がなかった。そんな短いスカートで背負われたら、下着が丸見えになるのは当たり前だった。俺は思いっきり見てしまったが、即座に後ろを向いて見てない事にした。
「お友達からジャージ、借りてくる!」
顔を赤らめながら、真結がほてほてと校舎の方へと走っていく。その姿を見た町田が、あれが頬白の精一杯の速さなんだな。と諦めていた。
「私の様に戦闘服を兼ねていると便利なんだが」
と里詩亜さんが言いながら、スカートをめくって黒いレオタードを見せていた。男にとってはそれだけでも十分Hなのだが、里詩亜さんは気にしてなく、スカートのボタンとホックを外して、脱いでしまった。
脱いでしまうと、確かに上下繋がったワンピースの水着の様な服で、みぞおちなどの要所は固い素材になっていた。ただ、後ろはちょっと食い込みが激しくて、やはり俺は目を反らしてしまった。
「ごめんね、借りてきた」
スカートの下にジャージを履いた真結が戻ってきたのを見て、里詩亜さんが迎えに行き、真結を背負うと、比べものにならない速さでこちらに戻ってきた。
「まま、まっすぐ行ってください」
背中で風圧に負けそうになりながら、真結がそう言い、里詩亜さんはもっとしっかり捕まって。と真結に言う。
「里詩亜さん、いい匂いがする。ひのきの匂い?」
「魔界のお香だ。魔力を少しだけ強くしてくれる」
「そう言えば、そんなのあったなぁ……あ、そこ、左です」
「ちょ、ちょっと……待って……」
自慢じゃないが、俺も町田も体育会系ではない。揃って文化系だ。人並みに走る速さはあるが、息が続く時間もしれているし、里詩亜さんに追いつける訳がなかった。
「分かった、曲がり角で待つから、出来るだけ早く来い」
既に最初に全力で走ってしまった為、俺も町田もスローランニング程度のゆっくりした速度でしか走れなかった。それでも真結の全力早足に比べればマシかもしれない。
前方を駆けていく里詩亜さんの後ろ姿を見て、体育の授業を思い出してしまった。
(体育会系の奴って、やっぱり早いなぁ……全然追いつけないよなぁ……)
毎回、ランニングの時はそんな事を思いながら、彼らの鍛えられた背中を見つつ、トボトボと走っていた。里詩亜さんは曲がり角に着く度に、そこで俺達と前方を交互に見ながら待ってくれていたが、それはつまり、俺達がそこにつくまで里詩亜さんは休む事が出来るが、追いかける俺達はノンストップで走らなければならないという事だった。
「ブートキャンプのビデオの先生ってさ、説明とかしながら実は休憩してるよね。みんなを励ましながら、最初だけあわせてるよね」
と真結が通販のテレビを見ながら言っていた事が脳裏によぎった。俺達は周りでノンストップで頑張っている生徒達で、そしてどんなに疲れても笑顔でやりきったぜ! と喜ばねばならないのだ。
(いや……今はそんな愚痴より、一刻も早く来島さんと硯ちゃんの所に行かないと……)
人間というのは不思議な生き物で、ある程度の時間、辛い運動をすると、突然苦しくなくなる様になる。アドレナリンが分泌されて、所謂、身体があったまってきたぜ状態になる訳だが、俺も町田もその状態に突入し、息をリズミカルに吐きながら、走り続ける事が出来た――5分程度の間。
その後は、いきなり全身が重くなり、その場に立ち止まって膝に手をあてて身体を支え、少しの間でもいいから休む事しかできなかった。
俺達二人の足が止まったのを見て、里詩亜さんが真結をその場に降ろし、彼女だけが先行して硯ちゃん達の所へ向かう。
降ろされた真結は俺達の方にやってきて、微かな光に包まれた掌を俺達の胸に当ててくれた。すると不思議な事に、脈打っていた心臓の鼓動が緩やかになり、とても楽になった。
「ありがとう……はぁ、はぁ……こんな事、出来るんだね」
「うん、ちょびっとだけどね、癒しの力があるの」
「ああ、ありがとう。なんとか、歩けそうだ」
「あの大きな建物だから、もうすぐだよ」
真結の指さした方向には、緑色の塗装がはげて錆が目立つ、四角い大きな建物が見えた。




