大切なもの、大切なこと
朝まで酒宴は続いたらしいが、俺と真結と硯ちゃんは学校があるからと席を外し、ラビエルさんも主な用事は果たしたと言って帰っていった。残った縫香さん、襟亜さん、里詩亜さん、そしてテラヴィスとリザリィがどんな話をしていたのかは分からない。
次の朝、いつもの様に朝は訪れ、そして学校へ行く支度をし、何事も無く家を出て、里詩亜さん、真結と共に登校路についた。
「リザリィは?」
「30分前に家を出た。正直に言うが、隣に引っ越した意味は全く無い様に思う」
と里詩亜さんは呆れていた。
「酒宴の後、すぐに家に帰れるのはいいんじゃないですか?」
「それだけの為に、頬白殿と弓塚殿にあれだけの迷惑をかけているのか」
「悪魔のする事ですし、ある程度は我慢するしか……」
「里詩亜さん、すっごい料理上手なんだね。襟亜お姉ちゃんと同じぐらい料理が上手な人って初めて見た」
「あれは、襟亜に負けまいとしての事なんだ。学業では襟亜には全く敵わないし、体術では勝てても剣術では私の方が分が悪い。幸い、料理は嫌いではなかったから、なんとか襟亜に勝とうとして頑張っていたんだ」
「ライバルが居ると、上達って早いですよね」
「そうだな。先生にもそう言われた。他の勉強の時は逃げ出す私が、調理の勉強だけは真面目にやる。他の生徒がうんざりするような栄養価の暗記まで、満点に近かったのはシドニーに負けたくないからか? と感心された」
「栄養価とかまで覚えてるの? すごい! 真結は全然覚えられない」
「うん、覚えていたが、もう忘れた。実際に料理を作るのに、栄養価の暗記は必要無い。料理の本があればそれに載っている」
「そうだよね。なんとかなるよね」
「なるなる。安心していい」
家庭科の授業がない男子としては、全く入り込めない話題だった。
町田の家につき、町田が階段を降りて来ると、俺達に来島さんから来たメールを見せた。メールには、リザリィが私達も一緒に悪魔と戦えって。と書かれていた。
「詳しい話を聞きたい」
「そうだね、俺もしたい」
それ以上町田は何も言わず、いつもの様に本を読みながら歩いていた。その横で、真結は学校に着くまで、里詩亜さんに料理のコツを尋ねていた。
学校についてから昼休みになるまで、俺達はいつも通りに授業を受け、リザリィの件については一言も話さなかった。
そして昼休み。来島さんから新しいメールがあり、それには、リザリィが私に魔法を教えるとか言い出した。と書かれていた。
「リザリィが俺達を巻き込もうとしているのは分かる。その理由として、地獄男爵レヴィストの狡猾さに対抗したいから、俺達に協力して欲しいというのも分かる。だが、前線に立たなければならないものなのか?」
「テラヴィスを捕まえる事が出来たんだ。話をしてみたら、レヴィストに匿われていたが、不意打ちに遭い、力の源である角を折られて、人間界に逃げて来たって事だった」
「レヴィストから角を取り返したいが、頬白姉妹とリザリィでは無理だから、協力しろって事か」
「そうだね。勿論、リザリィが引きずり出したいのは町田だ。その為に来島さんを巻き込むつもりなんだ」
「悪いが俺は策略家でも参謀でもない。俺の興味はトリックと謎だ。地獄男爵には敵わないぞ」
「それでも、リザリィは巻き込むつもりなんだ。リザリィに常識が通じないのは分かるだろ?」
「まいったな……弓塚の言う事は分かるし、これからどうなるかも想像出来る。俺達は出来る限りの知恵を絞って、地獄男爵とやりあうだろう。だが、相手の方が一枚も二枚も上手なら、常に後手後手に回るのが関の山だ」
「そのテラヴィスが地獄男爵に不意をつかれたのも、完全に信頼しきるまで、相手が待っていたからだろう。そういう相手に優位に立つのは殆ど不可能だ」
「でも、俺達が言える言葉は『ならどうする?』しか無いんだよ。レヴィストはテラヴィスを欲しがっているだろうけど、素直に引き渡せば、レヴィストはテラヴィスの力を使って、もっと大変な事をするかもしれない」
「才のある者に力まで持たせたら、下克上をするのは道理だな。引く事も出来ない以上、進むしかない、と」
「町田殿、レヴィスト男爵は恐れているほど賢い男ではない。私達が彼より愚かなだけなんだ」
「そういう言い方は……いや、あんたの言う事は正しいよ、とても、ね」
町田がため息をついた時、新たなメールがあり、それには一枚の写真が添付されていた。
「……かしことテラヴィスは手錠で繋がれたみたいだ」
町田が見せてくれた写真には、来島さんの左手がテラヴィスの右手に鎖のような物で繋がれていて、来島さんがうんざりしている様子が写っていた。
「……リザリィも悪魔、か……道理なんて物は存在しない。俺とかしこは、はめられた……お願いされたところで断るしかないからな。リザリィのやり方は正しい」
「つまり、協力してくれるって事?」
「協力と言うよりは利用されるだけだ。俺とかしこが生き残る為には、出来るだけの事をするしかないし、その結果、地獄男爵に負けたなら、俺もかしこも、そして弓塚、お前もどうなるか分からないんだろ?」
「うん……」
「弓塚は真結と付き合うようになって変わったな。俺よりずっと強くなった。俺は、出来れば……可能なら……隙を見てかしこを連れて逃げ出したいと思ってる」
「強くなったんじゃないよ……選択の余地が無いだけなんだ」
「……そうか。余地はない、か。他人事じゃないな」
町田は今までに見たことが無いほど思い詰めた表情で天を仰ぎ、息を吐いた。
きっと来島さんの事が好きで大切なんだろう。だから来島さんを斬り捨てる考えなどなく、どうすれば二人でこの厄介事から逃れられるかを考えている……。
もしくは、来島さん一人だけでも逃がす事は出来ないか。町田がそんな風に考える奴だという事は、長年の付き合いで俺にも分かる。
今日の放課後は、胃の痛い話をする事になりそうだった。




