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酒の席の話は9割どうでもいい事だが1割はとても大切な話だ


「よーし、宴会の始まりだ、かんぱーい! って、テラヴィスは飲まないのか?」


「この身体は13歳。酒は刺激が強い」


 椅子の上に大人しく座っているテラヴィスは、ウーロン茶の入ったコップに口をつけながら酒には興味なさげにそう答えていた。


「永遠の13歳にかんぱーい!」


「さぁ、飲むわよー! 自分で飲むために、探してきたんだからぁ!」


「いや、お主達、酒も良いが、テラヴィスに話を聞こうではないか。その為に昼間、頑張ったのではないか」


 常に冷静にまともな意見を述べるラビエルさんは、いつでもその言葉を無視されている様な気がした。

 しかし当人も気にしてはいないらしく、とりあえず言ってみた、的な所があった。


「はーい、お料理が出来たわよ。どんどん作ってるから食べて頂戴ね。お代は全部リザリィ持ちよー」


 襟亜さんが運んできたのは分厚い牛のステーキに大根おろしとぽん酢がかかったものだった。明らかに素材に金をかけましたという感じだが、そのお金を支払ったのはリザリィらしい。


「リザリィ、またたかられてるの!?」


「うん、まぁ、この程度の出費など、大した事では無い。リザリィの兄上は最高級の貴族なのだぞ? 金なんて湯水の様に使っても湧いてくるわよ」


 お金持ちのお嬢様ならではの気っ風の良さだった。


「それはそれで羨ましいなぁ……」


「ダーリンが養子になれば、人間界では大金持ちよ? 一生働かなくても食べたい物を食べて、飲みたいものを飲んでいいのよ?」


「その話自体は魅力的だけど、俺はやっぱり普通の人間だから、普通の人として生きていくよ」


 リザリィの誘いは魅力的な部分もあったが、俺にはもっと大切な事があった。

 世の中、金で買えない物は沢山ある。


「エライ! さすがは真結の見込んだ青年だな! 金ごときでは道を見失わない」


 縫香さんが右足首を左足の膝の上に乗せて、まんまオヤジの格好で太股を叩いた。

 もはや大切な所を隠すつもりは無いらしいが、見たい気持ちと見てはいけない気持ちで葛藤しつつ、視線は常に反らしていた。


「お前は酒で転がされておるがな」


「なんだよぅ、天使だったら何かありがたい言葉を言いなよ、皮肉ばっかりじゃん」


「もう荒れてきたのか。意識が無くなる前に、テラヴィスに……」


「肉!肉!肉! おいしーい!!!」


 やっぱりラビエルさんの言葉は誰にも聞いて貰えないらしく、やれやれと言った表情で自分の酒を飲んでいた。ラビエルさんはもっと大切にされてもいいと思う。


「まだまだ一杯あるのよ、一人でそのお皿を食べちゃったら、あとの美味しい料理が食べられなくなっちゃうわよ?」


「はやく、次の肉、次の肉!」


「待たせたな、肉料理と言えば丸焼きだろう」


「うおー、もうワシは我慢できんぞ、テラヴィス、ここはワシに任せるんじゃ!」


 今まで少女の声で肉をせがんでいたテラヴィスが、しわがれた声で叫び始めた。


「あ、頭は飾りだから、ちゃんとナイフとフォークで……あああ……」


 里詩亜さんの言葉など聞かずに、テラヴィスはその容姿とは裏腹に、鳥の丸焼きの頭部にかじりつくと、バリバリと骨ごと食べていた。


「もしかして、テラヴィスの本体って、竜なの?」


「どちらが本体という分け目はもう無い。ワシは生き延びる為に、我が心臓をこのテラヴィスという少女に与えたのだ」


「与えたの? テラヴィスが食べたんじゃないの?」


「テラヴィスはこの通り、生まれついての遺伝的な病気に犯されていてな。魔法の才能に恵まれていたにも関わらず、13歳にして死にかけていたのだ」


「一方、ワシは地獄界の悪魔達との長い戦いでひどく傷ついてな。捕まれば死ぬ所を必死で逃げるしかなかった。そして傷を癒す為に魔界に隠れていた所で、テラヴィスと出会ったのだ」


「ふーん、やっぱり事実って噂とは違うんだなぁ」


「そんなものよ。噂なんて、事実を知らない輩が大げさに話を盛って、自分に注目させたいだけよ」


 ようやくテラヴィスとアイスクロウの成り行きを聞けたというのに、縫香さんもリザリィも酒のつまみの話程度にしか聞いてなく、むしろ俺の方が彼女達の過去の話に興味を惹かれていた。


「我々はお互いの命を助ける為に、取引をしたのだ。ワシは心臓と魔力を与え、テラヴィスはその身体の中にワシを受け入れた。ワシとテラヴィスは一つの身体に二つの魂を宿す事になった」


「いつもの無口な方がテラヴィスで、爺さん口調がアイスクロウって訳ね」


「そうだ。身体も竜の姿になる事も出来るが、ドラゴンとしてはもはや老いぼれもよい所まできてしもうたから、テラヴィスのままでいる方が良いだろうな」


「それがどうして、心臓を食べたとかいう話になったんですか?」


「300年前の魔界は、今とは全く違う。今の魔界は法律で統治され、地獄界とも和解し、治法世界になっているが、その頃はまだ弱肉強食の混沌とした時代で、権力と派閥争いをしながら、地獄界とも戦っていた」


「なるほど、それで誰かに追われて、大義名分として、竜の心臓を食べた大罪人にしたてあげられた訳だ。そうなったら魔界には居られないから、地獄界に行った、と」


「そう。地獄界でも追いかけられたが、レヴィスト男爵が匿ってくれた。彼奴がどんな奴か知らぬワシは、レヴィスト男爵の城の地下に幽閉される事になったが、それほど悪い待遇でもなかったので、そのまま居着く事にした」


「そして300年が過ぎた時、レヴィストは本性を現した。いつものように呼び出しておいて、それでいて不意打ちだ。慌ててワシは竜の姿になって戦おうとしたが、さすがに老体ではあの若い男爵の相手をするのは手厳しい。まんまと角を折られてしまって、竜としての力を失い、また逃げだす事になってしもうた」


「レヴィストは賢い。皆がそういう。そして言う、何を考えているか分からない、と。その通りだ。どうしていきなりワシが殺されかけたのか、その理由も分からん。ワシは逃げるしかなかった。魔界にも地獄界にも逃げ場は無く、人間界に逃げて来た」


 そこまでアイスクロウが話すと、テラヴィスがその話の先を続けた。


「人間界には、運命を司る最強の魔女が居ると聞いた。その者を頼り、その力によって、難を逃れようとしたけど、全く見つからない」


「ぶふっ!! いるじゃないの、そこに。元、運命の魔女が」


 一連のテラヴィスの話を聞いていた縫香さんが、思わず酒を吹きだして、真結の方に杯を向けた。


「えっ?」


「はーい、はーい!」


 テレビを見ていた真結は、話を半分しか聞いていなかったが、とにかく返事だけは元気だった。


「えっ? 本当に、このほんわか娘が?」


 今度はアイスクロウが驚いて聞き返す。


「もう、今は違うけどね」


「今は違う? 何故だ?」


「またその話か……もう私は説明するのは嫌じゃ」


 ラビエルさんも酔いが回ってきたらしく、ソファの上で、天使としてはグダグダな感じで、足を組んでくつろいでいた。


「……もしかして、あの時、ボーダーガードにしていた説明か。あの娘がこの娘なのか」


「もし人間界に来て、まっすぐ私達の所に来ていたら、まだ真結はフェイトスピナーだったかもしれないね。でも、もう手遅れだな」


「……もう、奇跡は起こせない? ワシとこの娘をどこか平和な世界に連れて行く事は出来ないのか?」


 真剣な顔でそう真結にせがむテラヴィスに対し、真結はにこやかに笑いながら、自分の取り皿にのっていた肉を、テラヴィスの取り皿に分けてあげていた。


「ささやかな幸せは分ける事が出来るよ。はい、私の分のお肉」


「……ありがとう……えっ、これだけ?」


「あら、その肉、一番高いカルビ肉だから、そうそう食べられたものじゃないわよ。ラッキーじゃない」


「……美味しい……美味しいけど……いや美味しいし、もう一口欲しい」



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