プレーンウォーカー対プレーンウォーカー
縫香さんがリザリィの肩に馴れ馴れしく肩肘を置いて耳元でそう言い、リザリィは表情を強張らせつつ顔を反らしていた。
俺達の目の前、数メートルの所に一陣の風が吹き、地面から砂埃を舞い上げた後、そこに片膝をついた人影が現れた。
軍人の着る様な戦闘服で身を包み、肩、腕、胸、腹、ふともも、膝に耐衝撃用の緩衝材が施された重装備は、現代戦の戦闘を彷彿とさせた。その人物は立ち上がると両手に大きな銃のような形の武器を構えながら、俺達にその発射口をむける。
「シドニー=オライエン。クロービス=カニス。テラヴィスの抹殺を邪魔するつもりなら、お前達を敵とみなす」
その女性は鋭く細い眼をしていて、いかにも戦いの中で生きてきた、と言いたげな冷徹な雰囲気に身を包んでいた。
俺達に対して明らかに友好的な気配は無く、左右の手で狙いをつけられた武器はいつ火を吹いてもおかしくなかった。
「久しぶりだな、イェン。知っての通り、私は戦いが苦手だ。ここは手を引いてくれないか?」
「相変わらず、人を食った言い方しかしない奴。プレーンウォーカーの恥さらしめ」
「こ、これは……どういう事? 縫香さん以外のプレーンウォーカーが敵って事?」
「そうよ。プレーンウォーカーと魔法使い達が協力してこの人間界を他の異次元世界から隔離したおかげで、この世界に平穏が訪れたのよ。その後プレーンウォーカー達は次元間のいざこざを処理する為にボーダーガードという名目で生業としたのに、縫香はその勧誘を蹴ったわけ」
リザリィの説明を聞いている間に、縫香さんはイェンと呼んだ軍人女と話を続けていた。
「戦いは苦手なの。お前達が嫌いで背いた訳じゃないぞ。私は私の生きたい様に生きてるだけだ」
「それならテラヴィスに手を出すな。あれは次元を自由に行き来して全ての世界に災厄をもたらす存在だ。排除しなければならん」
「まず捕まえて、話を聞いてみたらどうなの? お前達はちょっとでも次元間に問題を起こした奴を殺して回ってるけど……そのやり方は、私は嫌いかな」
縫香さんは、先ほどのお前達が嫌いで背いたんじゃない、という言葉を改めて、お前達のやり方は好きじゃない、と不快感を露わにしていた。
「お前の気持ちなどどうでもいい。手を引かないというなら、まずお前達から排除する。ライザリ、リシア=フィアル。お前達も邪魔をするつもりか?」
(なるほど、こういうのが、嫌いなんだ……)
こちらの言う事を聞かないなら敵だ。そういう排他的な考えを持っていて、しかも融通もきかない。
ちゃんと他人の話を聞く縫香さんの性格からすれば、目の前の軍人女と水が合わないのは明白だった。
「もうすぐラビエルもくる。勝ち目が無いのはそっちだぞ、イェン」
「私はお前でない。むしろ逆だ。いくら頭数を揃えたところで、私は一人ずつ倒すだけだ。何人居ようと、天使であろうと、問題ではない」
聞く耳は持たない様で交渉は決裂。あくまで軍人女は自分のしたい様にするつもりらしかった。
縫香さんはふう、とため息をついた後、やれやれといった表情で俺達に指示を出した。
「真結はラビエルが来るまで手を出すな。リザリィ、里詩亜を借りるぞ。あと、今夜の酒を用意すること。弓塚君は当然、黙って見てる事」
先手を打ったのは縫香さんだった。俺達の後ろから襟亜さんと共に姿を消し、それを見たイェンという女性も姿を消す。
何も無い空間に音のない爆発が生じ、鋭利な刃物に斬られた壁や柱が倒壊する。縫香さんと襟亜さんが次元を移動しながらあの軍人女と戦っているのだろう。
「うぐっ!!」
遙か離れた前方に軍人女が姿を現し、地面に尻餅をついたのが見えた。その彼女に一閃を浴びせるべく襟亜さんが姿を現すが、縫香さんに連れられて次元を移動している様で、ワンテンポずれているのが致命的だった。
「遅いね……」
座ったままの姿勢から、軍人女は発砲し、消えた縫香さんのいた空間を撃ち抜く。
襟亜さんはその弾道を見切りつつ、軍人女の居た所に白い軌跡を描くが、地面を斬っただけに留まった。
「遅いのは、そっちだよ」
縫香さんは里詩亜さんの横に姿を現すと、今度は里詩亜さんを連れて姿を消した。
再び、爆発、そして斬撃、爆発と続きつつ、戦っている場所はどんどん遠くなっていく。
「じゃあメインイベント会場に急ぎましょうか」
リザリィはそう言うと、俺達についてくる様に促し、ゆっくりと歩き出した。
「かしこに調べて貰ったの。御鑑市の端にある一つの公園にパワースポットの反応があるんだけど、ちょっとおかしいのよね」
「自然に出来た訳でも無く、魔女が封じている訳でも無い。公園の形はくの字型に曲がっていて形もおかしいし、無理矢理作ったおかげで、ブランコも鉄棒もないただの空き地。時々あるのよね。そういう、どこにも繋がってない、龍脈の行き止まりが」
「さっき、縫香さんが、あの軍人の女の人を連れて来たのはリザリィだと言っていたけど、どうしてそんな事を?」
「ダーリンは分からない? テラヴィスをその『行き止まり』に追い込む為よ」
「つまり、あの白い女の子を捕まえられるって事?」
「勿論、縫香があの女に勝てなければ、殺されてしまうわね。さぁ、どちらが勝つのかしら?」
「……メインイベントって……このプレーンウォーカー同士の戦いの事?」
「そうよー。滅多に見れるものじゃないわよ。テラヴィスが居なければ、そんな事にはならなかったんだし」
「縫香お姉ちゃんも襟亜お姉ちゃんも負けないよ。ウサ子先輩ももうすぐ来るし、あの女の人は殺される事も無く、負けておうちに帰るだけ」
真結のその言葉には信頼に支えられた自信があった。俺もそう思う。縫香さん達があの女性に負けるなんて想像出来なかった。
「そして無事、テラヴィスを捕まえる事が出来た時、闇の令嬢はどうするつもりなのじゃ?」
「ちっ……もう来たの、早かったじゃない」
リザリィの後ろにラビエルさんの姿が現れ、リザリィがあからさまに嫌な顔をした。
「はいはい白状します。うまくいけば、テラヴィスを捕らえて兄上にあげるつもりでしたわー。でもうまい話も無いってのもわかってたわ」
「とにかく、捕らえられればそれで満足、という事か」
「そ、それでレヴィがどう動くかは分からないけど、有利にはなる事はないわ。それで今は十分よ」
「悪魔同士の諍いに興味は無いが、結果としてテラヴィスを捕らえる事に協力してくれたのなら、礼を言わねばならんじゃろうな」
「礼も何も、あんたも早く行かないと、あの軍人女、ただでは負けないわよ。負けるぐらいなら、誰かと相打ちを狙うぐらいの根性悪よ」
「それは嬉しくないな。では私は先に行く。真結も早く来い」
「はい、わかりました、ウサ子先輩」
「頑張ってねん、ウサ子ちゃん」
「くっ……この私が、悪魔にウサ子とか、あだ名で呼ばれるなんて……」




