天は二物を与えない
いつもの道を歩き、町田の家のマンションまで来ると、町田はいつもの様に本を読みながら階段を降りてきた。
「おはよう。そちらは……里詩亜さん?」
「うん、この前みたいな事があったから、しばらくはつきっきりで護衛してくれる事になったんだ」
「なるほど。その鞄は?」
「鉄板だって」
「なるほど。町田努です、よろしく」
「里詩亜と呼んでくれ、有事の際は町田殿も含めて皆を護る」
「なぁ町田。鞄に鉄板って、どうなの?」
町田にそう聞くと、ごく普通に答えが返ってきた。
「不良学生が活躍する物語ではよくある。彼らは学業より喧嘩が大切だから」
「そうなんだ……」
そういう風に説明して貰えると理解出来るが、里詩亜さんが鞄に鉄板を入れたのは護衛として盾代わりの鉄板を入れたに過ぎないのか、それとも元不良とかだったりするからだろうか。
(勉強は大っ嫌いで、学校なんて逃げ出したい、とか言ってたしなぁ……)
そこまで知る必要も無いのだが、内心では里詩亜さんについては少し興味があった。
それは町田が今言ったような不良、というジャンルの人間を避けて生きてきたからで、俺にとって不良やチンピラは恐怖の対象でしか無かったからだった。
俺達三人が向島高校に着くと、里詩亜さんは一礼して姿を消した。
これから授業が終わるまでの間、ずっと俺達を影から見守ってくれるのだろう。
何事もなければ退屈との戦いだし、何かがあっても大変だし、護衛というのは辛い仕事の様に思えた。
町田に尋ねてみると、感情のこもっていない声で答えが返ってきた。
「そうだな。張り込みや監視、警護、待ち伏せは根気との戦いだとよく書かれている。そして大抵の場合、隙をつかれて侵入されたり、ターゲットを殺されたりする」
「護衛側が勝つ事は無いの?」
「たまにはあるけど、何事も無いと物語にならないからね。ノンフィクションなら何事も無く無事に終わった。というのはよくある」
「つまり、現実には、何事も無い方が多いって事?」
「弓塚、不安なのは分かるが、こればかりはどうしようもないぞ。それに襲われるとすれば弓塚ではなく頬白だろ? その方を心配した方が良いんじゃないか?」
「そうか……そうだよな」
町田の言う通り、この前も襲われたのは真結で俺ではなかった。
あのキツネ人は俺を魔法で捕らえようとしただけで、殺そうとしたわけではないみたいだったが……。
俺を次元の狭間に隔離するつもりだったのだろうか?
休み時間に、あのキツネ人、たしかユゴルスと呼ばれていた存在について、知っているかどうか町田に聞いてみた。
「ファンタジー小説に出てくるデビルの一族だが、色々な解釈をされていたと思う。俺の記憶にあるのは、ノミが巨大化したような化け物とか、牛の角を持った人間とかだな……かしこに話をふってみるよ」
町田が来島さんに連絡を入れ、昼休みにその返事が返ってきたが、調べてみるけどリザリィからも色々言われてて面倒臭い、という愚痴だった。
「リザリィって悪い子じゃないと思うけど、友達としてはちょっとしんどいかもしれないなぁ……」
俺がそう言うと、町田の冷静な答えが返ってくる。
「弓塚は友達としてではなく、求婚されているんだろう?」
「もっと大変かな?」
「私はリザリィちゃんがお友達でも、なんともないよ?」
「真結とリザリィが結婚したらどうなるんだろう?」
「今と何も変わらないんじゃ……」
「……俺にも想像がつかない」
「リザリィは飽きっぽいから、手に入れたら次の物を欲しがるだけだ。手に入れた物は結果として自由になる」
里詩亜さんが先日と同じく、他の生徒からは見えにくい壁の裏側で姿を現し、そう言った。
「里詩亜さん、お昼ご飯は?」
「皆が午後の授業に入ったら、適当な所ですませるつもりだ」
「そう言うと思ってました! はい、これ、里詩亜さんの分です」
今日、昼食を食べる為に屋上へと来た時、真結は妙に大きなビニール袋に自分の弁当箱を入れて持って来ていた。
真結の弁当箱は、というべきか女の子の弁当箱というのは、皆、少し大きめの筆箱程度しかない小さな物しか見た事が無くて、よくそれで足りるなぁと男子同士の話題に上る事もあった。
だから不釣り合いな大きさのビニール袋に入れて来た事が、少し気になっていた。
真結はビニール袋の中から小さなビニール袋を取り出すと、それを里詩亜さんの方に差し出した。
「私に? 弁当を?」
「うん、襟亜お姉ちゃんが作ってくれたの」
「襟亜が……」
里詩亜さんがビニール袋を受け取って中を見ると、ラップに包まれたおにぎりが二つと、ホイルに包まれた卵焼きが出てきた。
「あいつは、毒舌以外は優等生なんだよな……」
里詩亜さんは開いている所に腰掛けて、早速、おにぎりの一つを口にしていた。
「きっと、近所のコンビニで適当におにぎりとか買って済ませるつもりなんでしょうから、これで十分。って言ってた」
「うん……その通りだな。次にあったら礼を言っておかねば。襟亜は良く気がつく女性だが、どうしてあの口ぶりなのだろうな。天は二物を与えないという事か」
「ぶふっ!!!」
里詩亜さんの台詞を聞いて、町田が食べていた物を吹きだしていた。
「げほっ、ごほっ……し、失礼……。それは、二物ではなく、表裏一体なだけですよ。良く気がつくからこそ、悪い所も見える。そしてその悪い所を痛烈に批判するんです。その正義感故に許せないから。人の良い所は悪い所でもあるんですよ」
「あ、ああ……そ、そうか……なるほど……」
俺には吹き出すほどの間違いとは思えなかったが、町田には相当面白かったらしく、そう言った後も笑いを堪えて、拳を握りしめていた。
「あの、里詩亜さんって、元不良系だったりします?」




