鞄の中身は鉄板です
「勿論よ。今まで、ダーリンの事を無碍にした事なんて無いでしょ? 今回は相手が悪いだけ。それじゃ早くベッドインしましょ」
「いや、一緒には寝ないから……俺、床で寝るよ」
「なぁんでよー、せっかくベッドを暖めておいたのにぃ」
「リザリィちゃん、真結も一緒に寝てもいい……」
ふと窓の外を見ると、寝間着姿の真結が無表情で部屋の中を覗いていて、俺もリザリィもかつてない恐怖に背筋を冷たくした。
(能力だ、何かの能力に違いない!)
「ど、どうしたのかしら真結ちゃん、いつものほんのり笑顔はどこへ行ったのかしら?」
「……なんだか最近、リザリィちゃんはひろくんの部屋に好き放題出入りしてるし、里詩亜さんはひろくんと手を繋いでたり、胸を揉ませたりしてるし、一緒の家に住み出すし、面白く無いんです」
「お、俺にとっての一番は真結だけだから、真結となら一緒に寝るのもOKだから」
「……じゃあ、真結の部屋で一緒に寝る?」
「そ、そうだね、許して貰えるなら、そうしようか」
「未成年の男女が一つの部屋で一緒に寝るなんて、姉さんは許しませんからね」
「ひぃぃ、襟亜さん……」
もう無茶苦茶だった。人の部屋の窓際に、外から真結と襟亜さんが覗き込んでいた。俺は心の中で、それってもう窓の役目を越えちゃってるから、それって小さい出入り口だから、と叫んでいた。
「だってだって、リザリィちゃんは一緒に寝ようとしてるんだよ?」
「もしそれで、心が揺らぐようなら、大切な妹との関係は考えさせて貰います」
「無い、無いですから! 一瞬も心が揺らいだ事はありませんから!」
「こんなに怯えている妹を見るのは初めてなの。ね? 真結ちゃん」
「怯えているんじゃないの、これは女の戦いなの!」
「その戦いはどうしたら終わるんですか!」
「リザリィは自分の部屋で寝ろ」
襟亜さんは地獄の笑みをうかべ、そして真結はいつものほんのり笑顔に戻ると、声を揃えてそう言った。
「わかったわよー、どうせ魔力も補給しなきゃいけないし、おうちに帰るわよ! もうプンプンなんだから」
と言いながら、リザリィは滑り台を逆に登って自分の部屋へと戻っていった。
「もうその滑り台、斬っちゃっていいですよ……それがあるおかげで、窓が窓でなくなっちゃってますし」
「そうね、弓塚君がそう言うなら仕方無いわね」
待ってましたとばかりに襟亜さんが刀を一閃すると、三階の窓の根本から階段が斬れてずれ落ち、そして魔力の粒と化して霧散していった。
滑り台という足場が無くなったことで、襟亜さんと真結は二階の屋根の上に降り立ち、おやすみの挨拶をして、それぞれの部屋に入っていった。
翌朝、黄色い悲鳴と共に何かが落ちる音がして、俺は目が醒め、窓を開けてみると、リザリィが寝間着のまま、不機嫌そうな顔で屋根の上にあぐらをかいていた。
「おはようリザリィちゃん」
丁度、部屋の目の前に落下したリザリィに、真結が挨拶すると、リザリィは身を翻して真結に泣きついていた。
「聞いて真結ちゃん、ひどいのよ、誰かが勝手に滑り台を壊しちゃったのよ、ありえないと思わない? おかげでリザリィ、百年ぶりに自由落下で尻餅をついちゃったわー!」
「大変だったね、よしよし。でも普通、窓から部屋に出入りはしないからね。ちゃんと扉をノックして入ろうね」
「うう……こんな事するのは8畳の広い部屋を持つあの女しか居ないわ、くやしいけど、ごはん食べさせて貰う約束しちゃったから我慢するしかないのよ、うう……」
「まだ朝ご飯には早い時間だね。でも早起きできたから、今日は朝の準備はバッチリできそうだよ、ありがとうリザリィちゃん」
「はぁ……いちいち魔力を使って三階に登るのって面倒なのよねぇ。ダーリンに分かるかしら、この気持ち」
「全然分からないよ、リザリィ」
「階段を降りるのに、わざわざ登りのエスカレーターを駆け下りる感じよ! 大した事じゃないけど、なんでこんな事に力を使わなきゃいけないのって感じ!」
「分かったよ、リザリィ! それはちょっと面倒臭いね!」
「はぁ……朝からダーリンの温もりと体臭を満喫しようと思ったのに、がっかりだわぁ。今日、学園に行ったら、かしこに愚痴を聞いて貰お」
(来島さんごめんね。リザリィの事、よろしく……)
月曜日。悪魔は(正直に言うと、この家からではかなり遠い)小塚丘学園へと向かい、そして俺と真結と里詩亜さんは向島高校へと向かう。一応里詩亜さんは、予備校へ行くという名目で家を出てきていたので、鞄を持っていた。
「里詩亜さん、そうしていると学生みたいだね。その鞄には何が入ってるの?」
「これか? 鉄板」
(鞄に鉄板って……)
「鉄板……だけなの?」
「そう。いざという時に、これで防いだり、叩いたり、投げたりする」
「それって盾って言うと思う」
「ああ、それそれ。盾だね。盾の代わり」
「そっかぁ」
真結はどうやら納得した様だった。予備校生としては間違ってるが、護衛役としてはそれで正解かもしれない。
「私、正直に言うと、勉強が大っ嫌いなんだ。頬白殿も弓塚殿もきちんと毎日学校に行くなんて、感心する。私なら逃げてるな」
今までは、町田の家までは、真結と共に二人で登校していたから、もう一人里詩亜さんが増えた事で、賑やかになった気がした。真結が来る前は一人でこの朝の道を歩いていた。その頃の事を思うと、可愛い女の子に加えて綺麗な女性と一緒に登校できるのは、以前では考えられない事だった。
ちなみにリザリィは、普通に登校するには30分は早く家を出て駅まで行き、電車に乗る必要があるので、さっさと家を出ていた。魔法を使えば早くいけるのは当たり前だが、朝方に聞いた通り、普通に生活出来る部分では、魔法は使いたくないらしい。




