里詩亜さんは浪人生
その後、硯ちゃんに頭を下げて、里詩亜さんを居候として俺の家に厄介になっているという事にして貰った。硯ちゃんはどうせ魔法を重ねがけするなら、一つも二つも同じだからいいよ、と諦め顔で聞き入れてくれた。
そして、その結果……。
「里詩亜ちゃんも、田舎だと色々大変だものね、御鑑市も都会とは言えないけど、大学受験、頑張ってね」
「は、はぁ……」
その日の夕食時、父さんと母さんは里詩亜さんを来客として迎え入れ、共に夕食を取る事になった。
どうやら設定では、都会の大学を受ける為に田舎から出てきた親戚の受験生という設定になっているらしい。
女性に年齢を聞くというのを避けていたため、里詩亜さんの歳は聞いていなかったが、襟亜さんとタメ口をきいている事から察すると20代前半ぐらいかもしれない。見た目では同い年ぐらいなのだが……。
「里詩亜ちゃんは今年でいくつになるんだっけ?」
(お父さんナイス!)
「今年で、19です」
(うわぁ、とてもリアルな浪人生って感じだ……硯ちゃんも、結構辛辣な設定をしてきたものだな……)
「来年こそ、頑張ろう」
「は、はい……」
今までは三人だった家族の夕食が、今日から突然四人になった。もう今更驚く様な事じゃ無いが、隣で里詩亜さんが居心地悪そうに食事をとっているのを見ると、妙な感じだった。
「……里詩亜さんって、襟亜さんよりも年下だったんですね」
「襟亜は一応、姉弟子にあたる」
「同門って奴ですか」
「それぞれの才を活かし、自分にあった武術を身につけ、鍛錬する。襟亜は……噂は聞いていると思うが、剣聖としてはかなりの手練れで、いくつもの家から養子縁組の話を持ちかけられていた。コイルの家もその一つだ」
「そう言えば、昔、田舎に帰った時、弘則はよく里詩亜ちゃんに泣かされていたな」
(硯ちゃん……そんな設定まで……)
「確か、里詩亜ちゃんは柔道か何かをしているんだっけ?」
「はぁ……古武術の一つで、今でも続けています」
「今でも、弘則はかないそうにないな、ははは」
(うう、本当は警護されている身なのに、なんだか親が上から目線状態で、とても恥ずかしい)
「すいません、なんか、色々……」
「いや、こちらこそ、まさか食事まで面倒をみて貰う事になるとは思ってもいなかった。お互い、なんだか微妙な設定になっている様だが、よろしく頼む」
「はい……」
「よし、来年は皆で鹿島神社に行って、合格祈願をしよう」
「あら良いわねぇ、来年が愉しみね」
これで本当に鹿島神社に行ったら、ラビエルさんと真結の前でシャンダウ・ローの神様に合格祈願を願う事になるのだろう。何度も言うが、あの神社は元々縁結びの神社で、シャンダウ・ローという神様は嵐の神様、雨と豊穣の神様だ。学業の神様ではない。
夕食をとった後、自室に戻ると、ベッドの上でリザリィがゴロゴロと無駄に転がりまくっていた。
「リザリィもダーリンと一緒にご飯が食べたーい」
「もしかして、一人でごはん食べたの?」
「縫香達と一緒に食べた。勿論自腹で」
「自腹って、お金払えとか言われたの?」
「酒よ酒。縫香が酒好きなのは知ってるでしょー。地獄界の美酒なんて、滅多に飲めないから、喜んでたわ」
「ねー、ダーリン、一緒にねんねしよー、その為に滑り台まで作ったのよー」
「何一つとして、頼んだ事は無いんだけど……それより、リザリィは今日、どこにいたんだ? 俺達があのキツネ人と戦う事になるのは知ってたんだろ?」
「一応ね、テラヴィスを追いかけてたんだけど、あのキツネ人が横槍を入れてきてね、むかつくから殺しちゃおっかなとか思ったけど、そこまでしなくてもいいかなぁとか思って、縫香に任せたわけ」
「向こうは戦う気満々だったよ。あんな事になるとは思わなかった」
「だからダーリンには里詩亜をつけたのよ。今回のテラヴィスに関しては、兄上とレヴィの件も含めてきな臭いことばかりで、やーよねぇ」
「なんだか、話が大きくなってきたね。これからどうなるんだろう」
「テラヴィスちゃんを捕まえるまでは、なんとも言えないわねぇ。うまくいけば、捕まえてしまえばそれで終わりって事になるだろうしぃ、ややこしくなるなら、テラヴィスをめぐって、地獄界のいろんな奴が絡んでくるでしょうしぃ」
「リザリィはどうしてテラヴィスを追いかけてるの? 里詩亜さんを俺につけて、単独で追うってのも、どうしてなのかな」
「もし里詩亜がいなかったら、私がダーリンを護ってるわ。でもそれだとテラヴィスを追う余裕は無いのよね。里詩亜が来たからこそ、追ってるわけ」
「テラヴィスを追ってる理由は、いくらダーリンでも話せないわ。地獄界の権力争いになんて巻き込まれたくないでしょ? 人間は人間界にいるからこそ、護られてるのよん?」
そう言いながら、リザリィは片手で俺の喉筋からあごをなで上げてきた。彼女の目が金色になり、その瞳孔が猫の様に縦に細長くなっていた。魔法ではない何かの力が俺の身体を捕らえていたが、それは苦しい物では無く、ふわふわとした、夢を見ている様な感覚だった。
「大丈夫。誰にもダーリンを傷つけさせたりしないわ。傷一つ負わせない。危害を加えようとした奴は『私の闇』で粉々の肉片になるまで破壊してあげる。ダーリンの事、本当に大切だと思ってるのよ? 手に入らないものほどステキな物は無いわ」
「ただ、リザリィは頬白姉妹ほど、相手を甘く見てないだけ……気をつけてね、縫香達についていったら、今日みたいに戦いに巻き込まれる事になるわよ」
視界はぼんやりとし、全身の力は抜け、俺の目は金色のは虫類のようなリザリィの目から反らす事が出来なかった。彼女の言葉は頭の中で鐘の様に鳴り響き、夢を見ているかの様だった。
「ま、その為に里詩亜をつけてるんだけど」
そこまで言うと。俺の身体の縛めは解かれ、リザリィの目は見慣れた茶色い瞳に戻っていた。
「魔物には能力があるの。毒蛇が毒を持つのと同じ。昆虫が擬態するのと同じ。その力は魔法耐性では弾けない。だから、ダーリンをそんな危ない敵には逢わせたくないの」
「……ありがとう。俺の事を思っての事なんだね」
リザリィは今、彼女の能力を使って、俺を魅了していたのだろう。魔法に耐性があるといっても、能力の前では全くの無力だった。それを身を以て分からせてくれたみたいだった。




