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水面下

「色々あったからねぇ、いいんじゃない? あれだけ真剣に真結の事を思ってくれてるんだし、真結が彼を選んだのは正解だったよ」


 玄関先からリビングに戻ってきた襟亜に、ソファに寝そべってだらだらしていた長女の縫香がそう答えた。


「正解って言うか……引っ越すまでに何度も何度も、彼の性癖について研究してたわよ、あの子。もしかして、先に好きになったのは、真結の方じゃないの?」


「そうかもな。完璧に近い魔法耐性を弘則君が持っているという事も、真結は知ってた筈なのに、一言も話さなかったしね。色事に関しては、我が家で一番問題なのは硯だな」


 襟亜は縫香の隣に座ると、テーブルの上におかれたピッチャーからコップに水を注ぎ、口元に運んで一息ついた。朝早くに起き、家族の朝ご飯と真結と硯の弁当を作り、その二人を送り出した後の休憩だった。この家の家事は全て襟亜が仕切っていた。事実上、彼女がこの家のルールであり、この家の裁判官だった。


「あの子は、どうなるのかしらね? 金と魔法の知識にしか興味がなさそうなんだけど。男はみんな敵みたいに考えてるみたいだし」


「ま、真結に恋人が出来たんだから、硯は姉から離れる時が来たのさ。そのうち、なるようになる。とは言え、世の中に理想的ないい男なんて居ないがな」


 長女と次女が妹たちの心配をしていた時、頭上から涼しげでありながらも心に直接響く、強い圧力を伴った『天の声』が聞こえてきた。


「……なんなら縁結びの呪詛でもかけておこうか? ただでかまわぬぞ」


「あら? 天使様が他人の家の屋根に登って、何をなさってるのかしら? 庶民を見守っておいでなの?」


 頬白姉妹の家は洋風の建物で、屋根瓦は無く、屋上がある建物だった。

 その屋上の手すりに、長い黒髪に巫女服を着た女性が足をぶらつかせながら座っている。

 巫女服で街中を歩いているというだけでも目立つのに、彼女の頭にはバニーガールの様なウサミミがついていて、和洋折衷なコスプレ姿だった。おそらくはこの天使様も自分の存在を隠蔽しているのだろう。


「うむ。頬白真結は私の直属の下級天使じゃ。見守るのも勤め」


「あやうく妹を生贄にされそうになった家族の気持ちも分かって下さいね」


「分かっておるから助けたのじゃろうが。あまり敵視するでない」


「私達魔界の者に対して、快く思っていないのは神様の方じゃなくて?」


「ああ、よせよせ襟亜。ラビエルに真結を助けて貰った事に変わりはない。あのクルーシプルがシャンダウ・ローの作った物で、そしてそのせいで真結が降臨の儀式に引きずられたのは、私達が近づきすぎたせいだ。落ち度としてはこちらの方が大きい」


「プレーンウォーカー(次元の旅人)は話が分かってくれておる様じゃが、カニス家の剣聖の頑固さは噂通りじゃのう」


「天使ほど、心を広く持てませんので、ごめんなさいね」


「まぁまぁ、今日は喧嘩をしにきたのでは無い。頼みがあってきた」


「テラヴィスの件ならお断りだ。関わり合いになりたくない」


「事態は避けられなくなってきた、という話をしたいのじゃ。ぶつかってからでは遅いぞ。私が何故、真結を見守っているかぐらい悟れ」


「……お話はかまいませんけど、お酒はありませんから」


「酒は持ってきたぞ。日本酒は嫌いか?」


「どうしてそれを先に言わないんだ。酒があるなら話を聞こうじゃないか」


「シドニー……いや、縫香……お前は……まぁ、その体質では仕方ないか……」




 あの一件以来、望んでいた平穏な日々が続いていた。

 俺と町田と真結は毎日ともに登校し、平凡だが波風のない毎日の中で、とりとめの無い会話を交わし、その会話の中でお互いの事を少しずつ理解しあう。

 そうする事で心の中に信頼という塵がつもり、もしかしたらその塵は、別の言葉に変わり、塵も塵ではなくなるのかもしれない。


 俺と真結がそんな風にお互いの距離を縮めている間に、町田と来島さんも放課後に逢い、それぞれの趣味を愛し、その過程でお互いの共通点を見いだしていた。

 町田は本を愛し、来島さんは映像を愛する。来島さんは本を読む事はあまり無いし、町田は一部のアニメや映画には興味を示さない。

 相手に無理強いはしない。それぞれがそれぞれの愛する物の、何に比重を置いているかが理解出来れば、それでいいのだろう。

 その点については、町田と来島さんは互いの事を旧知の友人の如く理解していたが、俺と真結はまだまだお互いに知らない事が沢山あった。


「あのリザリィという悪魔は地獄に帰ったのか?」


 町田はいつも通り本から視線を外す事なく、そう尋ねてきた。


「みたいだね。コイルさんがこちら側に来れなくなって、リザリィを守る役目の人が居なくなったから」


「この人間界では悪魔は周り中が敵だらけなんだって。天使になった私も敵だー、なんて言われちゃった」


「その言葉の後に、敵味方を越えた愛を育むんだって言ってたと思うけど……」


 目の前に居る俺の天使は、本物の天使になってしまった。天使になったからと言って何も変わっていない気もするのだが、命がけの奇跡はもう起こせない様だった。

 つまりは二度と来島かしこの様な存在を産み出す事は出来ず、そして叶えてあげたい願いを持つ者が居ても、その願いを叶えてあげる事も出来なくなっていた。


「もし、私の力が前ぐらいあったら、コイルさんがラビエルさんに倒されなかった事に出来たかもしれないけど、今はムリ」


「でも、そういう奇跡を起こしたら、真結ちゃんは代償として命を削って、大きな魔力を使うんでしょう?」


 来島さんがMサイズのカップに入ったジュースをストローで飲みながら、そう言った。その横で町田は古本を読んでいて、俺と真結はドーナツを食べている。

 この白い席は店の外、道路に面した所に置かれていて、道行く人々と空を見ながら飲食する事が出来た。



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