襟亜さんのちょっぴり本気
「人間が邪魔だな。安全も兼ねて確保するか」
キツネ人の分身の一つが、俺に向けて片手を上げると、目の前の床から白い尖った三角錐が突如付き出し、俺の身体を貫いた。
「……?」
しかし、三角錐は俺の身体に刺さると、そのままバラバラになって宙へと砕け散ってしまい、その様子を見たキツネ人が、不可解な顔をした。
それと同時に里詩亜さんが意表を突かれたように俺の顔を見る。
「すまない、護ってくれたのか?」
「えっ?」
キツネ人の魔法は、単純に俺の身体に当たり、魔法防御能力によって霧散しただけだった。それを里詩亜さんは、俺が身を挺して庇ってくれたものと勘違いしたらしい。
「いや、あの、今のは、たまたま防げただけで……」
「護衛を任せられながら、その者に救われるとは、この失態、何卒許して頂きたい」
「ごちゃごちゃ言ってないで、里詩亜も手伝いなさい。ユゴルスの分身は、どれも本物なのよ!?」
分身にして本体。このキツネ人は一体の身体の中に何体もの意識が同居しているらしく、だから自分の事を私ではなく我々、と常に複数形で呼んでいるらしかった。
キツネ人の分身は4つに分かれ、そのうち一つに襟亜さんが斬りかかっていた。このキツネ人達は魔法使いらしく、持っている魔法のステッキで色々な魔法を使う様だった。
再び、分身の一つが俺を狙って、光の三角錐を地面から突き出させるが、それを里詩亜さんが短刀で切り裂いて霧散させた後、襟亜さんの側へと駆け寄り、共に戦い始めた。
硯ちゃんは稲妻を四散させた魔法の防壁を両手で掲げていて、その後ろに縫香さんと真結が隠れていた。
本心から言うと、俺もその防御壁の後ろに隠れたかったのだが、下手な事をすれば硯ちゃんの魔法が全て駄目になってしまうので、怖くて近づけなかった。
ラビエルさんは、襟亜さんや里詩亜さんとは少し違い、キツネ人とある程度の距離を保ちながら、黄金の剣を振っていた。それはあのクルーシブルの時と同じで、ラビエルさんの戦い方は、少し距離を開けるものらしい。
二体のキツネ人に対し、ラビエルさんは交互、或いは同時に攻撃をしかけ、そして相手からの魔法は、容易く剣ではじき返していて、力の差を見せつけていた。
決着は、襟亜さんが最初の一体を倒した時に決まった。
相手に魔法棒を使わせないように至近距離で斬りつけていた襟亜さんが、下から上へと刀を跳ね上げると、キツネ人の姿はコイルさんがラビエルさんに斬られた時の様に、二つに切り裂かれ、幻と化して消えた。
その振り上げた刀を、舞を舞うように切り下ろしながら、里詩亜さんが戦っている相手に後ろから斬りつけて左右に分断し、そこから一歩、二歩、とラビエルさんの相手をしていたキツネ人達の懐に飛び込むと同時にタス、タス、と一閃ずつ斬りつけて、あっという間に四匹全員を消滅させていた。
その無駄のないメリハリのある動きに、俺は思わず見とれてしまった。映画やアニメの様な誇張されたものではなく、実戦さながらの無駄のない動きだった。
「やー、久しぶりに襟亜の本気を見たねぇ、相変わらず優雅だ」
「はぁ……今回は私は何も良い所がなかったな。弓塚殿、申し訳無い」
「あの、あれは、本当に気にしなくていいですから。たまたまというかまぐれというか、そういう体質というか……」
「そこまで気を遣ってくれるとは……弓塚殿は懐の広い方なのだな」
「そんな事ありません、こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
「おい聞いたか襟亜。この方は多少の失態は流してくれる、度量の大きさがあるぞ」
「あらあら良かったわねぇ、今回は私もちょっと頑張る事になっちゃったけど、皆が居てくれたおかげだし、そういう事でいいんじゃない?」
「襟亜……お前も随分と丸くなったのだな。この弓塚殿の影響か?」
「ひろくんは、元々から、心の広い男の子なのです!」
そう言いながら、真結が口を尖らせて、俺に抱きついてきた。おかげで彼女の魔法は全部消し飛んでしまったみたいだが、キツネ人の居ない今なら、もう大丈夫だろう。
「さて、と……この龍穴は……誰が作ったか知らないが、壊してしまうか」
「待て待て、私はテラヴィスを追ってみるつもりじゃ。壊すならその後にせい」
紫煙をふかしながら、部屋に置かれたガラクタを蹴る縫香さんを、慌ててラビエルさんがとめていた。
「じゃ、早く行きなよ、この龍穴、魔力をどんどん吸い込んでどこかに吐き出してるんだから、さっさと壊さないと魔力が無駄になる」
「では、行ってくる。何か分かったら、真結に伝えておく」
そう言うと、額縁のふちに足をかけて、ラビエルさんは絵の中に飛び込もうとしていた。
「ウサ子先輩、行ってらっしゃい!」
「だからウサ子って……どうしてこの子はラビエルと呼んでくれぬのだ……」
「真結、なんで?」
「だって、ウサミミって大切だもん。ウサミミがなかったら、この先輩、ただの……」
「ただの?」
「ああ、ああ、ラビエル、気にしなくて良いからさっさと行け」
「全く意味が分からぬ。とにかく私は行くぞ」
「はぁい、耳は大切にして下さいね!」
「言われずとも耳だぞ!? 耳を粗末にする者などおるのか?」
ぶつぶつと文句を言いながら、ラビエルさんは回転している渦の絵の中に飛び込んでいった。すると絵の中の渦に、ラビエルさんが吸い込まれていく様子が描かれ、それがなんとなく滑稽で、真結が笑いながら、見ていた。
「あー、ウサ子先輩が回ってるー、へんなのー、あはは」
確かに、絵の中に人が飛び込んだら、その人が絵の中に描かれるというのは、とてもへんな感じだった。しかもラビエルさんは四肢を投げ出して渦の中に巻き込まれていくのだから、滑稽としか言い様がない。
やがてラビエルさんが渦の中心まで到達すると、その姿は絵から消えて見えなくなった。




