先の方はちょっと……
「いや、あながちハズレという訳でも無いと思うのじゃ。この下には強い魔力を持った者がおる。それがテラヴィスで無いとしても、追っ手の可能性がある」
「競争相手は、少ない方が良い、か」
縫香さんはそう言うと、マナの葉を吸いきり、その火を消した。後に階段を降りる足音が聞こえ、里詩亜さんは俺が階段を踏み外さない様に、抱きかかえながら共に降りてくれた。狭い階段を降りる中、お互いの身体は密着し、里詩亜さんの柔らかい胸が自分の身体に押しつけられるのを感じていた。その上、片腕が彼女の腰に届かない為に、代わりに胸を掴んでおけと言われ、里詩亜さんが俺の手に胸を掴ませた為、そのまま力を入れていいのか触るだけにした方が良いのか困ってしまった。
「あ、いや、だから、編み目の部分を掴んでくれないと……そこは先の方だから、ちょっと……」
「す、すいません」
よく見ると、里詩亜さんの来ている服は、襟付きの薄手のシャツの下に、鎖かたびららしき軽装の鎧を着込んでいる様だった。その胸の編み目の部分を掴めという事らしいのに、俺は掌で、胸全体をさわさわとさわりつつ敏感な所を触っていたらしい。
「ひろくん、なにしてるのー?」
「な、何もしてないよ!?」
「おっ、真結が嫉妬しているぞ。リザリィという恋敵が居ないと思ったら、新たに里詩亜という強敵が現れたって感じだな」
「ひろくん、くっつきすぎだよ。胸、掴みすぎだよ」
「ごめん、何も見えないんだよ」
「なんでもいいから、さっさと下に降りぬか! この狭い場所で襲われたら逃げ場が無いではないか」
「なんだか楽しいなぁ」
先頭を歩く縫香さんがくすくす笑いながら、再びマナ草に火をつける。みんなが俺の方を見上げているのが一瞬見えた。皆は俺が里詩亜さんにしがみついているのが見えているが、俺には何も見えない。今見えた限りでは、縫香さんは階段の一番下につき、その後に襟亜さん、硯ちゃん、真結、ラビエルさん、そして里詩亜さんと俺、という風に順番が変わっていた。
俺と里詩亜さんが階下に付くと、突然、通路に電気が灯り、皆が当たりを警戒して見回した。見ると天井は土が剥き出しになっていて、そこに裸電球がつり下げられている。
廊下は階段の下で左右に分かれていたが、右奥は土砂が崩れて行き止まりになっていて、左にしか行く事が出来なくなっていた。
どうやら、この地下は一度崩落し、そして掘り返されたらしい。右手は完全に埋没してしまっていて放棄されていたが、今、俺達が歩いている左側の通路はなんとか柱が持ちこたえていて、屋根だけが崩れてしまったみたいだった。
地震で崩落してしまったのだろうか? だとしたら掘り返したのは、奥に助けなければならない人がいるからだろう。それはつまり、ここの住人ではないだろうか。ここに住んでいた町医者は、地下で何をしていたのか。その答えは、通路の先の部屋にあった。
「ふん、マギ(魔法使い)に天使に、その上、ただの人間まで来るとは、いったいテラヴィスは何を考えている?」
廊下の突き当たりの部屋は、6畳ほどの広さがあり、そこには奇妙なガラクタ達が置かれていた。壊れてしまった円筒つきのストーブ、ハサミのささった鍋の蓋、色とりどりのコード、そして奥の壁には巨大な額があり、その額の中の絵は青緑色の渦巻きが描かれていて、その絵はゆっくりと動いていた。
「こっちこそ聞きたいね、何故ユゴルスが人間界に来ているんだ?」
額の前に立ち、俺達の方を向いたユゴルスと呼ばれた生物は、キツネにも狼にも見える頭をしていた。そして人間の言葉を話し、着流しに似た和風のローブを着ていた。
「テラヴィスとアイスクロウの事は、十二世界のどこでもメジャーな話題だよ。我々が彼女を追跡しない訳がない。色々と尋ねたい事は沢山あるし、必要なら捕まえて殺さくなてはならない。もし、我々の敵になり得るのならば」
「私達はあんたの敵じゃない?」
縫香さんが紫煙を宙に吐いて尋ねると、ユゴルスと呼ばれたその生物はこちらを睨んだ。
「人間には手を出さない。我々もその程度のマナーは心得ている。だが天使と魔女は問題外だ。お前達が死のうが生きようが、我々にはどうでもいいが、邪魔をするなら、殺す」
自分の街の地下にこんな奇妙な場所があるとは思っても見なかった。古い、一度は地面の下に崩れ落ちた部屋。そこにおかれたガラクタは、どうやらコードで一番奥の絵に繋がれている。今、天井にぶら下がっている、裸電球達に電力を供給しているのも、それらのガラクタらしい。
もしかしたらこの地下の小部屋は、人が掘り返したのではなく、彼らの様な異世界の何者かが掘ったのかもしれない。この動く絵と機械類を見つける為に。
「テラヴィスは、その龍穴の中に逃げ込んだ?」
「その様だな。一応、我々は警告代わりに稚拙な罠を置いておいた筈だ。ここを先に見つけたのは我々だ。ここにテラヴィスは居ない、用がないなら帰りたまえ」
「私の仕事は龍穴と龍脈を正しく流れさせる事でね、そんな物を勝手に作られちゃ困るの」
「魔女の都合など知った事ではない。その言葉の意する所より、お前達を敵をみなす」
キツネ人がそう言って持っていた棒を掲げると、すばやく襟亜さんが懐に飛び込んで、その棒を弾く。何かの魔力を帯びた棒は鈍く光り、キツネ人はその場で二体、三体に分裂して、同時に棒を俺達の方に向けた。
その先端から雷光が迸るが、硯ちゃんの目の前で防御壁にぶつかると四散してパリパリと乾いた音をたてながら空中へ散っていった。




