第3話 世界唯一の《ビギナー》ですよ
「君たちが〈初級の洞窟〉に入った後、ポータルに異変が起きていると現場警備員から通報が入った」
ポータル管理局の取り調べ室にて、小此木と名乗った青年が資料をペラペラとめくりながら言った。若手らしい見た目の小此木は大河の正面に座り、その上司と思われるもう一人の男、佐伯はドアの横に立っている。
「ポータルを取り囲む空間が歪み、誰も入れなくなってしまった。当局は異変が起きていると断定し、ポータルの前でモンスターの襲来に備えて警備を固めていたというわけだ」
「そうだったんですか……」
まさか外でそんなことが起きていたとは。ポータル内部の〈初級の洞窟〉にいたのが大河たち一行だけだったということで、ポータルから出てきた大河は、見つかるなり管理局へ連れてこられ、取り調べを受けることになったのだ。
「それで君は……ああ、例の」
資料に目を落とした後、小此木は片肘をつきながら半笑いで大河を見ていた。
「世界唯一のGランク、真堂大河くんか」
「……っ」
一瞬、喉が詰まったような感覚がした。みなが最弱のGランク異能力者としての大河を見る時の、いつもの目だ。この小此木も他の人と同じように、大河を値踏みし、そのまま踏み潰している。
「中で黒い影のようなモンスターに遭遇したと荒川くんからは証言を得ている」
「はい、その時――」
大河の言葉を遮り、小此木は続ける。
「他の異能力者がやられる中、荒川くんがモンスターを引きつけていたと。君はその隙に逃げ出したのかな?」
「は……?」
小此木の言葉に、大河は耳を疑った。
荒川はただ逃げ出しただけだ。あまつさえ、大河を斬りつけて囮にまでして、尻尾を巻いて逃げ出したのだ。それなのに、自分の手柄として報告しているようだ。
「それは――」
「ま、荒川くんはメンバーで一番上のDランクだ。他のメンバーがやられる中、Gランクの君が生き残れたのはそういうことなんだろう」
小此木はまたしても大河の言葉を遮る。荒川の証言を信じ込み、大河はただ逃げ出しただけだと完全に決めつけていた。
「君は幸運だったな。荒川くんに感謝しておけ」
大河が握りしめる拳は震えていた。
腸が煮えくり返りそうだ。あの荒川に感謝なんて、ありえない。
「――それは違います」
できるだけ冷静に、大河は声を絞り出した。
小此木の怪訝な表情に怯みそうになるが、大河ははっきりと言った。
「荒川は、ただ逃げ出しただけです。俺の《ビギナー》の力が解放され、能力値が上昇しました。その力で、あの黒い影のようなモンスターを倒したんです」
それを聞いた小此木とドア脇に立つ佐伯は、同じようにポカンと口を開けて硬直していた。
Gランクが倒したなんて言ったら、そりゃあ驚くだろう。だが、わかってくれたか。
そう思った大河だったが、少しして、小此木と佐伯は声を上げて笑い出した。
「おいおい、背伸びするなよGランク。弱すぎていろいろ許されてきたのかもしれないが、虚偽の報告はさすがによくないぞ。これまでまったく成長しなかったものが、そんな急に伸びるわけないだろ」
小此木たちは、大河の言葉をまったく信じていなかった。それでも、大河は懸命に訴える。
「嘘じゃありません! 本当なんです! 嘘を言っているのは荒川の方です!」
「わかったわかった。じゃあ能力値を測定してやるから、それを見て目を覚ませ」
半笑いでそう言いながら、小此木は手のひらサイズの球形の結晶を取り出した。
「俺、実際にGランクの能力見るの初めてなんすよ。マジで全部0か1なんすかね?」
「知らん。ただ雑魚が雑魚だとわかるだけだろ」
小此木と佐伯の悪ふざけを無視して、大河は結晶に手をかざした。すると、能力値を示すウィンドウが結晶の横に現れる。
【総合能力値:F】
【体力 :49
筋力 :39
魔力 :22
速力 :44
巧力 :35
持久力:33
抵抗力:40
精神力:33
感応力:41】
「……は?」
半透明のウィンドウ越しに、小此木と佐伯が目を丸くしているのが大河から見えていた。
「おい、嘘だろ……」
「本当に、能力値が上がっている……」
彼らの驚く表情を見て、大河は鼻高々だ。バカにされ続けた異能力者人生の中で、初めて鼻を明かしてやれた。
「しかもよく見てみろ。すべての能力値が上がってるぞ」
「本当だ……! 普通はクラスによって伸びる能力値は決まってるのに……!!」
小此木は故障を疑ってベタベタと結晶を触ったり再び測定してみたりしたが、結果は変わらない。信じられないものを見たといった様子で大河を凝視していた。
「これはどういうことなんだ!? き、君のクラスはいったい……!!」
「知ってるでしょ? 世界唯一の――」
大河は立ち上がり、自信満々に言い放った。
「《ビギナー》ですよ」
小此木は口をぽかんと開けて呆気にとられていた。そして居住まいを正し、改めて大河に質問を投げかけた。
「〈初級の洞窟〉で何があったのか、もう一度教えてほしい」
――――――――――――
その後まもなく、大河は解放された。
大河の説明を聞いた小此木はペンの尻でこめかみを軽く叩きながら「現状ではわからないことが多いが、引き続き調査を進める」「また話を聞くかもしれない」と言って、今日のところは取り調べを打ち切ったのだ。
夕焼けに照らされるポータル管理局の巨大なビルを見上げ、大河は考えていた。
正直自分でも、何が起きたのかはっきりとはわかっていない。これまで散々ゴミだなんだと罵られ蔑まれたクラス《ビギナー》に、チュートリアルなんてチート機能が隠されていた。
チュートリアルと言えば、一般には初心者向けガイドのことだ。それが始まった途端に能力値が上がり、ボス戦を経て、大量の初心者ミッションとやらも提示された。そんな話は、他のクラスの異能力者では聞いたことがない。
大河は小此木たちに対して《ビギナー》が覚醒して強くなったことは話したが、チュートリアルのことは黙っていた。もしチュートリアルのことを知られたら色々調査されたり、彼らに利用されたりするかもしれない。もうこれからは、誰かに利用され続ける生き方はごめんだ。
正面に手をかざすと、大量の初心者ミッションのウィンドウが現れた。
チュートリアルの最終目標はあの黒い影だ。強くなってSランクまで上がれば、ポータル管理局が持つ黒い影の情報にもアクセスできる。これらのミッションを達成していくことが、あの黒い影につながっているんだ。
大河の瞳は大量のミッションウィンドウの向こう側に、5年前に両親を殺し街を滅ぼしたあの黒い影のモンスターを見据えていた。
ポータル管理局に背を向け帰ろうとした大河の前に、人影が現れる。
その人物を見て、大河は顔をしかめた。
「……荒川」
そこに現れたのは、荒川だった。
「お前、自分が何したかわかってんのか? よくも――」
「ちょっと黙ってろ万年初心者」
荒川は大河の言葉を遮って、睨みをきかせる。いつもと様子が違う大河に対して少し面食らったようだが、口答えされたことにはきっちりと青筋を立てていた。
「……ゴミクラスのくせに生意気な口を利きやがって」
そして荒川は、斬りつけたはずの大河の足がなんともなさそうなのを見て、眉をひそめた。
「とにかく、ついてこい」
荒川は顎をしゃくって、いつも通り横柄に大河に命令した。
「ああ……俺もお前に用があったんだ」
やはり、こいつを許してはおけない。大河は荒川の後をついていった。
――――――――――――
大河と荒川は、薄暗い路地裏に来た。陽もすっかり沈み、足元は暗闇ではっきりしない。
「……テメェ、なんで生きてやがる」
「教える義理はない」
両者は初っ端から火花を飛ばしている。
「お前こそ、ふざけるなよ? 俺を囮にして、ひとりだけ逃げ出して……」
大河は怒りで拳を握りしめていた。これまでの不当な扱いにも不満はあるが、この件だけは絶対に清算しないと気が収まらない。
だがそんな大河と対照的に、荒川は静かに脅しつけるように言う。
「……取り調べで妙なことを言ってねえだろうな」
大河は挑発するように、両手を上げる。
「妙なこと? 俺が言ったのは、ただの事実だ。荒川は尻尾を巻いて逃げて、黒い影は俺が倒したってな」
「あ?」
荒川は片眉を上げて、訝しげに大河を睨みつける。
「んなわけねぇだろ。俺でも倒せねえ相手を、テメェなんかが倒せるわけがねえ」
大河は強気な態度を崩さず、荒川を睨み返した。
「事実だ」
頑なな大河の態度に、荒川はついにしびれを切らした。腰に下げた剣を抜き、切っ先を大河に突きつける。
「……再教育が必要だな。テメェの立場を、しっかり教え込んでやる」
対する大河の方も、インベントリから〈原初の剣〉を取り出して構えた。
「……テメェ、あそこで何かあったんだな」
荒川は目を細め、大河を観察するように見る。
「だが――」
荒川はニヤリと嫌らしく笑った。
「所詮、雑魚は雑魚だ! Dランクの力を見せてやる!」
荒川は剣を横に構え、仁王立ちした。
「俺の剣は野望の力。ツベコベ文句を垂れる雑魚は眼中にもねえ。俺の力で、有象無象を斬り伏せ従える!」
荒川から青いオーラが溢れ出る。
「接続せしは〈剣の次元〉――次元接続《ソードマン》!!」
髪は逆立ち、その全身から威圧感が放たれる。Dランク異能力者の荒川が、クラス《ソードマン》の本領を発揮しようとしている。
「俺の前にひれ伏せ! Gランクのゴミクソ野郎!」
大河は警戒を怠らず、それでも自信ありげに構えを取った。
【ミッション 異能力者に1回勝利しよう!】
目の前に表示されたウィンドウを見て、ちょうどいい初心者ミッションがあったなと大河は思い出した。あの無数にあったモノのうちの一つだ。
さらにその横には、アシスタンのメッセージウィンドウも表示されていた。
『対人戦でも緊張しないで! 君なら勝てる!』
アシスタンに背中を押され、大河はニッと笑みをこぼした。
「接続せしは〈原初の次元〉――次元接続《ビギナー》!!」
大河から白いオーラが溢れ出て、敵を見据えるその瞳は緋色に光っている。
「俺の方こそ教えてやる。お前が見下してきた初心者の力をな」




