第2話 これが俺の悪あがきだ
大河の身体から、白いオーラが溢れ出る。対峙する黒い巨人を見つめるその瞳は、緋色に光っていた。
体格差は大きく、相手はDランクの荒川たちを圧倒していたモンスターだ。だが、今の大河は自信に満ちていた。
もし自分に能力があったらどう戦うか――大河はずっとそのイメージを続けてきた。そして今、念願の力を手に入れたのだ。
【チュートリアルボス戦闘を開始】
システムメッセージのようなウィンドウ表示と同時に、巨人が剣を振りかぶる。
【チュートリアルアシストが有効です】
メッセージと同時に、モンスターの首の裏が赤く光っていた。
「あそこが弱点か――!?」
確証はない。だが、流れの中で表示された情報を信じ、大河は巨人の首の裏に狙いを定めた。
ウィンドウの中で、ピエロのような子どものキャラクターが愉快に動く。
『さあ、君の力を解放しよう!』
巨人の剣が振り下ろされる。さっきまでの大河だったら成す術もない巨人の攻撃――だが、今なら見える。勝利への道筋が。
大河は右へローリングして剣を回避する。剣は地面にぶつかり、洞窟を揺らした。
「よしっ!」
この時、大河は確信した。戦える。十分にこのモンスターと渡り合える、と。能力がイメージに追いついてきたのを実感した。
続けて、巨人は拳を作った左腕を振り下ろす。
大河はジャンプして回避し、振り下ろされた巨人の左腕に飛び乗った。
見える! 動ける!
大河はそのまま左腕を伝って、巨人の頭部まで駆け上がった。
これまでの努力は無駄じゃなかった。大河の脳裏によぎるのは、自分を見下し、蔑み、嘲笑ってきた人々の姿だ。その苦痛の記憶が、むしろ今は大河の背中を押している。
あの黒い影を倒す――その一念で、どれだけ笑われようと、どれだけ否定されようと、歯を食いしばってきた。
「これが俺の――」
大河は両手を組んで拳を作り、全体重を乗せて巨人の首の裏に叩きつける。
「悪あがきだッ――!!」
拳がぶつかった瞬間、巨人は動きを止める。
硬いはずなのに軽い、何かを打ち砕いたような拳の感覚。同時に、全身の毛が逆立つような手応えが大河の身体を駆け抜ける。
巨人の首裏の核が砕け、巨人の身体全体に亀裂が入った。
音を立てて、巨人はうつ伏せに倒れ込む。その身体はクリスタルの光を乱反射しながら、ガラスのように砕け散る。そして粒子となり、霧散して消えた。
続けて、システムメッセージが表示される。
【チュートリアルボスを倒しました】
同時に、周囲をバトルフィールドのように囲っていた光の壁が消えた。
「やった……!!」
大河は立ち尽くし、拳に残る手応えに震えていた。荒川たちが手も足も出なかったモンスターを、自分の力で倒したのだ。これまで何度もイメージしたことが、初めて形になった。その達成感が、大河の気持ちを最高潮に高めていた。
『初勝利おめでとう! 報酬がもらえるよ!』
ウィンドウが表示され、その中の子どもピエロも大河を祝福する。
【ユニークアイテム〈異能力者入門・虎の巻〉を獲得しました】
大河の手元に、巻物が降ってきた。それを開くと、巻物の中から飛び出したかのように大量のウィンドウが現れる。ウィンドウ同士が一部重なりながら、市松模様のようにズラッと並んでいる。
【初心者ミッションが解放されました】
【ミッション モンスターを1体倒そう!】
【ミッション 異能力者に1回勝利しよう!】
【ミッション 城を手に入れよう!】
【ミッション 次元を破壊しよう!】
……エトセトラ。
「これ全部……初心者ミッションというやつなのか?」
初歩的と思われるものから、突拍子もないものまで、ちらっと見るだけで大量に表示されている。
大河が呆気にとられている間に、巻物は光りながら消えた。
そして一部のミッションが最前面に拡大しながら現れて、ミッション内容の横に〝達成〟と彫られたハンコが次々押されていく。
【ミッション ログインしよう![達成]】
【ミッション モンスターを一体倒そう![達成]】
【ミッション チュートリアルボスを倒そう![達成]】
「おいおい、どれだけ出てくるんだ?」
半分呆れつつも、大量の情報に溺れて快感を覚えていた。
〝達成〟のハンコが押されたミッションから派生するように、さらにシステムメッセージが現れる。
【アイテム〈原初の剣〉を手に入れました】
【アイテム〈原初の指輪〉を手に入れました】
【アイテム〈原初のコート〉を手に入れました】
【全能力値が上昇しました】
【体力 :25→49
筋力 :20→39
魔力 :13→22
速力 :21→44
巧力 :19→35
持久力:17→33
抵抗力:22→40
精神力:17→33
感応力:24→41】
【トライアルクラス《ソードマン》が解放されました】
大河の全身を覆うような、丈の長い黒いコートが自動的に着用された。右手には剣が、左手には指輪が現れる。そしてステータスウィンドウには、約二倍に上昇した各種ステータスの数値が表示される。怒涛のウィンドウ表示に、大河は面食らっていた。
「すごい! 一気にこんなに……!!」
子どもピエロが、さらに補足説明を入れる。
『〈原初の指輪〉を装備すれば、インベントリ機能が使えるよ!』
子どもピエロの言葉に従って、大河は指輪を右手の中指にはめてみた。一瞬指の第二関節で引っかかったが、奥まで差し込むとサイズはぴったりだった。
右手をかざすと、またウィンドウが現れる。そこには、四角い枠だけが並んでいた。
これがインベントリ……?
先ほど手に入れた〈原初の剣〉をウィンドウに差し込んでみる。すると、〈原初の剣〉は自動的にウィンドウに吸い込まれた。そしてウィンドウに並ぶ四角い枠の一番左上の枠内に、原初の剣の画像がサムネイルのように表示されていた。
「これは便利だな! 荷物を持ち運ばなくていいんだ!」
感激する大河に、さらにウィンドウが情報を与えてくる。
『総合能力値がFランクになったよ!』
子どもピエロがクラッカーを鳴らす。ウィンドウの中で、紙吹雪が舞っていた。
「Fランク……ついに俺も、本当の意味で異能力者になれたんだ……!!」
鳥肌が止まらなかった。
これでようやく、一端の異能力者になれた気がした。異能力者はみな、最低でもFランクからのスタートだ。しかし大河だけがなぜかGランク。どんなに努力しても能力値がまったく上がらず、世界で唯一の最低ランクだと散々蔑まれてきたが……ついにその殻を破ったのだ。
ウィンドウの中で祝福してくれる子どもピエロにも、なんだか愛着が湧いてきた。
「君は誰なの?」
大河が問いかけると、子どもピエロは別のウィンドウを開いてその真ん中に現れた。
『ボクはチュートリアルの妖精だよ! 名前は特にないんだ……』
そう告げた妖精は、どこか寂しげに見える。
「じゃあ君のことは……〝アシスタン〟と名付けよう!」
チュートリアルのアシスタントだから〝アシスタン〟なんて……反射的に答えたので、ずいぶん安直になってしまった。だがチュートリアルの妖精もといアシスタンは、嬉しそうに笑っていた。
『やった! ありがとう!』
『これからも君のチュートリアルをアシストするよ!』
本人が喜んでるならいいか。そう思い、大河も笑顔を見せた。
「ああ、よろしく」
一段落ついたところで、視界を覆うほどだったウィンドウが徐々に消える。そこでふと、斎藤と山下の死体が大河の視界に入った。現場を見ていたからその二人だと認識できるが、巨人の攻撃によってあまりにも変わり果てた姿になっていた。
「うっ……」
急に現実感が襲ってきて、胃袋の中身が逆流して吐きそうになる。
斎藤も山下も、それなりに場数を踏んできた異能力者だった。だというのに、あの巨人には手も足も出なかった。
能力が覚醒して夢中になっていたが、一歩間違えたら自分も同じようになっていたかもしれないという恐怖が湧いてきて身体を縛った。
大河はどうにか落ち着いて呼吸を整え、アシスタンに尋ねる。
「なあアシスタン。あのモンスターは一体何者なんだ? 俺が子どもの頃に見た黒い影のモンスターと関係あるのか?」
ウィンドウの中のアシスタンは腕を組み、うーんと唸る。
『それはボクには答えられない質問だね』
知らないという意味か、あるいはなんらかの制限があって言えないという意味か。いずれにしても、欲していた答えは得られそうになく、大河も同じように唸るしかなかった。
その時、まるで大河の質問を聞いていたかのようにシステムメッセージが表示される。さらに続けて、ノイズ混じりの写真が表示された。
【本チュートリアルの最終目標は※※※※の討伐です】
「なっ……!?」
メッセージに記された名前の部分はよく読めない。だが、それと同時に表示された写真には見覚えがあった。写真にもノイズが走っていて画質が粗いが――それは忘れもしない、大河が子どもの頃に見たあの黒い影のモンスターだった。
「あいつが……このチュートリアルの終着点に、あの黒い影がいるのか……!?」
これは恐怖か武者震いか――明確になった宿敵への道筋を前に、大河は震えていた。
その時、洞窟が揺れて地鳴りがし始める。
「なんだ!?」
【役目を終えた次元を崩壊させます】
『次元崩壊まで60秒!』
システムメッセージに続いて、アシスタンがこれまでと同じ楽しそうなテンションで告げている。だが、どう考えても危機的状況だった。
「ヤバい、早く出ないと……!!」
大河は走った。脱ぐ暇もなくて邪魔になるかと思った黒いコートだったが、驚くほど気にならなかった。それどころか、ジャージなどよりも身体を動かしやすいとすら感じる。
『次元崩壊まで50秒!』
来た道を戻って、一刻も早くポータルから地球に戻らないと崩壊に巻き込まれてしまう。この隠し部屋に入る途中の細い通路は、強引に岩を殴って粉砕し、道を広げて駆け抜けた。
『次元崩壊まで30秒!』
地鳴りがどんどん大きくなり、それに伴って大河の焦燥感も大きくなる。だが、身体は思いがけないほど速くスムーズに動いた。
道中、アリ型のモンスターが現れた。先ほどの巨人のように、モンスターの各関節が赤く発光している。大河は早速インベントリから原初の剣を取り出して、モンスターの関節を目がけて斬りかかる。ほんの数秒で、モンスターを一蹴した。
モンスターに対する弱点表示。これも《ビギナー》の力かと感激したいところだが、今はそれどころではない。すぐに気持ちを切り替えて走り出した。
『次元崩壊まで5秒!』
目の前に、光り輝くポータルが見えた。
「間に合え――!!」
大河は全速力で、ポータルの光に飛び込んだ。
――――――――――――
ゴロッ、と地面を転がる感覚がある。
ポータルに飛び込んだ勢いそのままに、大河は地球側のポータルから飛び出していた。〈初級の洞窟〉につながるポータルは小さな公園の中にあり、洞窟では感じられなかった木々の香りや開放感が大河を包みこんでいた。
「いっててて……」
地面に打ち付けた肘や膝に痛みが走るが、大したことはなさそうだ。
大河が振り返ると、ポータルは縮小し、陽炎の中に消えていった。
危なかった。
座り込んだまま安堵の息を吐く大河のところに、突然影が差す。
顔を上げると、機動隊員のような格好をした大人たちが大河を取り囲んでいた。
「え……?」
「確保だッ!!」
隊長格の男の叫び声が、街中の小さな公園にこだました。




