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第1話 最弱の俺に、チュートリアルが始まった

 夏。

 12歳の少年真堂(しんどう)大河(たいが)の住む二階建て一軒家は、住宅街の中程に位置していた。一歩外に出ればどこに行っても猛暑が襲いかかる厳しい夏だが、庭に植えられた立派なみかんの木のおかげで、庭の一部は涼しげだった。その根元付近には、今よりもっと小さいころに大河(たいが)が落書きしたヒーローの跡が残っている。

 その日、大河(たいが)は家を出たところで怪しげな黒い影に遭遇した。体は真っ黒でシルエットしかわからないが、大人(おとな)の女性のように見える。

 大河(たいが)はその影と対面した瞬間、頭の中が真っ白になった。吸い込まれそうな漆黒に、本能的に恐怖していた。真夏なのに、まるで真冬のように背筋が凍えている。

「大河(たいが)!」

 家の中から、事態に気がついた大河(たいが)の父親が慌てて出てきた。

 一体どのくらいの時間向かい合っていたのか――相手には目がないので大河(たいが)を見ていたかどうかすらわからないが――父に抱えられてようやく意識が戻ってきた。

「父さん……!!」

 大河(たいが)は父に続いて現れた母に渡され、抱きかかえられた。

「大河(たいが)を地下に! 管理局(かんりきょく)にも通報だ!!」

 父は母に指示を飛ばして、目の前の黒い影に集中していた。かなり切羽詰まっているように見える。

 母は強く頷(うなず)いて、大河(たいが)を抱え再び家の中へ。母も同様に、かなり緊迫した面持ちだ。母の肩越しに見た黒い影と目が合った――大河(たいが)はそう感じていた。

 玄関からまっすぐ伸びる廊下のフローリング、その一部を踏みつけると、床に隠し階段が現れた。

「練習したとおりに、この中で待っててね」

 大河(たいが)を地下に誘導し微笑(ほほえ)みかける母の顔はしかし、強張(こわば)っていた。

「でも」

 両親の様子から、ただごとでないと大河(たいが)自身も察していた。不安げな表情を見せる大河(たいが)に、母は再び微笑(ほほえ)みかける。そして大河(たいが)だけでなく、自分をも勇気づけるように言った。

「大丈夫。お父さんもお母さんも異能力者(エスペランカー)なのよ」

「母さん……!!」

 そのまま床を閉じられ、大河(たいが)は地下室に避難することになった。

 頼りない照明に不安になりながらも、以前練習したとおりに非常食を食べて寝具を用意し、布団の中で目を閉じた。枕元に、両親と自分、そして行方不明になった姉の四人が写った家族写真を添えて。

 翌朝、結局ろくに眠れなかったが、まだ両親からの合図はない。我慢しきれず、大河(たいが)は地上へ続く階段を登った。

「……え?」

 外に出た瞬間、自分がどこにいるのかわからなかった。少なくとも、自宅の廊下に出てきたとは思えない。見渡す限り瓦礫(がれき)の山で、広すぎる空が広がっていた。あちこちで警報と放水の音、人の叫び声が鳴り響く中、太陽光の眩(まぶ)しさだけが大河(たいが)の知っている世界だった。

 ふと視線を横に向けた時、見覚えのある木が目に入った。幹が折れてしまった何かの木――その根元付近には、大河(たいが)が落書きしたヒーローの跡がある。

 それに気がついた瞬間、大河(たいが)は青ざめた。ここは大河(たいが)の家で、大河(たいが)の街だ。だがすべてが破壊され、地形が変わってしまうほどの大穴と隆起がそこら中に散見される。自分の家も街も、跡形もなく消滅してしまったのだと理解した。

 茫然(ぼうぜん)自失(じしつ)。

 心の置きどころを見失い、涙も流さずただ虚空を見つめていた。

 向かいの家の瓦礫(がれき)の奥に、背広姿の男と制服姿の別の男がいた。制服姿の男が、背広姿の男に何やら報告している様子だ。

 もはやすべての光景は大河(たいが)には背景のように映っているが、彼らの会話が鼓膜を揺らす。

「異能力者(エスペランカー)の生き残りは見つかっていません」

「モンスターの特定はできたのか?」

 背広姿の男は見るからに苛立(いらだ)っている。制服姿の男は萎縮(いしゅく)した様子で横に立って、ファイルをめくっていた。

「不明です。報告と目撃証言によると、何やら黒い影のようなモンスターだったと……」

 黒い影――その言葉を聞いて、大河(たいが)は直感した。

 あいつだ。家の前にいた、あの黒い影。

「その影の痕跡も見当たらず……現在鋭意(えいい)捜索中です」

「ちっ、逃げたか」

 逃げた。あの黒い影のモンスターが、街をめちゃくちゃにして、逃げた。

 その言葉が、大河(たいが)の脳内で反芻(はんすう)されている。空虚(くうきょ)だった大河(たいが)の顔が、鬼の形相に変わっていた。

 黒い影――あいつを絶対に殺す。父さんと母さんを殺して、街を壊したあの黒い影を、絶対に、俺の手で。

 大河(たいが)はこの日、異能力者(エスペランカー)として目覚めた。



――――――――――――



 5年後。

 17歳になった真堂(しんどう)大河(たいが)は、ポータル管理局(かんりきょく)の巨大なタワービルを見上げていた。全面ガラス張りで、上に行くほど細くなっていく流線型の建物だ。

 大河(たいが)は手をかざして、自身のステータスウィンドウを表示させる。青を基調としたシステマチックな枠がまるでゲームのように空中に現れて、自分以外は見られないテキストがそこに記されていた。


【真堂(しんどう) 大河(たいが)

 クラス《ビギナー》

 ランク:G】


 その表示を見て辟易(へきえき)しつつ、大河(たいが)は現在の世界の形に思いを馳(は)せる。


 世界がゲームのようになってしまったのは大河(たいが)が生まれるよりも前、突然の出来事だったらしい。

[異次元世界(ネクサリオン)に接続しました]

 世界中の通信がジャックされ、そんな謎のメッセージが送られた。

 直後、今ではポータルと呼ばれる次元の断層が各地に出現した。それはゲートの役割を果たしていて、ポータルの向こうは様々な異次元の世界、通称『異次元世界(ネクサリオン)』につながっていた。

 ポータルからは未知のモンスターが現れ人類を襲ったが、同時に救世主も現れた。

 異能力者(エスペランカー)――様々な異次元世界(ネクサリオン)から力を受け取り人知を超えた特殊な能力を手に入れた人間はそう呼ばれた。


 今大河(たいが)の目の前にそびえ立つ巨大なタワー――威圧的で未来的で、非機能的なデザインのそれは、まさに異能力者(エスペランカー)時代の象徴の一つと言える。

 大河(たいが)は重い足取りで中へ進んだ。

 自動扉をくぐると先進的な雰囲気のロビーが広がっていて、多くの人が詰めかけていた。

「あ、有名人だ」

 どこからかその声が聞こえた瞬間、大河(たいが)は隠れるように俯(うつむ)く。

「誰?」

「知らないのか? 能力値最低、無能で最弱のGランカーだよ」

 ロビーにいる人々が一見ヒソヒソと話しているが、無遠慮な声量で話しながら、蔑(さげす)むような視線を大河(たいが)に送っていた。

「G!? 異能力者(エスペランカー)のランクってFが最低じゃないの?」

「普通はな。世界唯一の例外が、アレだ」

「まだ異能力者(エスペランカー)だと思ってるらしいぜ。一般人と変わらねえのに」

「ダセェ。みっともねえ悪あがきだな」

 嘲笑(ちょうしょう)される中、大河(たいが)はまっすぐに受付を目指した。こんなのは、いつものことだ。そう言い聞かせないと、その場で泣いてしまいそうだった。

 大河(たいが)は受付で、馴染(なじ)みの担当者に声をかける。

「美鳥(みどり)さん。俺に行けそうなクエストありますか?」

 その人の胸元では『冴島(さえじま)美鳥(みどり)』と記された小さなネームプレートが照明を反射していた。横の髪を耳にかけて、美鳥(みどり)は心配そうに大河(たいが)の顔を覗(のぞ)き込む。整った顔の眉を寄せ、半ば微笑(ほほえ)みかけるようにじっと大河(たいが)を見つめている。

「大河(たいが)くん……大丈夫?」

「……平気ですよ。いつものことですから」

「そう……」

 美鳥(みどり)はつらそうな表情でうつむくと、それ以上は何も言わずに端末を操作していた。キーボードを触りながら、申し訳なさそうに美鳥(みどり)は首を横に振る。

「残念だけど、大河(たいが)くんが引き受けられるクエストはないわ」

「そう、ですよね……Gランクに任せられるような仕事はないですよね……」

 大河(たいが)はウィンドウで自身の能力値を見て、疲れた顔でため息を漏らした。


【体力 :1

 筋力 :1

 魔力 :0

 速力 :1

 巧力 :1

 持久力:1

 抵抗力:1

 精神力:0

 感応力:0】


 わかっている。こんな一般人と変わらない能力値じゃ、仕事なんかあるはずがない。

「ちなみに、例の黒い影の情報は……」

 これも、いつもの定型的な質問になりつつあった。大河(たいが)が子どもの頃に出会い、両親を殺したあの黒い影。その情報を、今なお追い求めているのだ。

 端末を操作する美鳥(みどり)だが、目を閉じて申し訳なさそうに首を振る。

「……ダメね。その情報にアクセスするには、Sランク以上の権限が必要だわ」

 大河(たいが)が家族と故郷を失ったあの日、黒い影のモンスターは街を一つ破壊し、異能力者(エスペランカー)にも多くの犠牲者が出た。当時かなり話題になった事件だが、それに関する情報へのアクセスはなぜか厳しく制限されていた。

「Sランクなんて、俺には……」

 到底無理だ。大河(たいが)はうなだれていた。

「大河(たいが)くん……」

 美鳥(みどり)は手を止めて、まっすぐ大河(たいが)を見つめる。

「もう、いいんじゃない? 君が頑張りたいのはわかるけど……」

 言葉を選びながら、美鳥(みどり)は笑顔を作って言った。

「今ウチで事務員を募集してるの。大河(たいが)くんは異能力者(エスペランカー)の経験もあるし、知識も豊富だから向いてると思うわ」

 美鳥(みどり)の提案が現実的だということは、大河(たいが)にもわかっていた。だが、素直に頷(うなず)くことはできない。諦めきれない。でも――

「潮時、か……」

 大河(たいが)は深く深くため息をついて、寂しそうな表情で美鳥(みどり)に顔を向けた。異能力者(エスペランカー)なんか辞めて、もう楽になりたい。そういう気持ちも、正直芽生えていた。

「美鳥(みどり)さん、俺――」

 その時、大河(たいが)は背後から肩を掴(つか)まれた。

「おい万年初心者。行くぞ」

 振り返るとそこには、先輩異能力者(エスペランカー)の荒川(あらかわ)の姿があった。有無を言わさず、荒川(あらかわ)は受付の美鳥(みどり)に、早速手続きを進めるように言う。

「〈初級(しょきゅう)の洞窟(どうくつ)〉のフリー探索クエストを出してくれ」

 さらに後ろから、男女二人がぞろぞろと現れた。

「そいつか、人数合わせ」

「知らんけど、分け前なくていいんでしょ? 超いいじゃん」

「フリー探索は4人必須だからな。こいつが入れば分け前は四等分じゃなくて三等分で済むって話よ」

 ガッチリした体型の男の斎藤(さいとう)と、どこかチャラチャラした女の山下(やました)だ。その二人に、荒川(あらかわ)はしたり顔で言う。

「こいつは俺以外とクエストなんて行けねえからな。なんせ最弱のGランクだからよ」

 荒川(あらかわ)一行の三人はそんなことを言いながら下品に笑い合っていた。

 これまで大河(たいが)は、いつも荒川(あらかわ)に人数合わせ兼荷物持ちとして扱われてきた。だが、大河(たいが)がそれに従っていたのにも理由がある。荒川(あらかわ)の言う通り、Gランクゆえに通常のクエストには行かせてもらえないからだ。クエストに行かなければ、成長するチャンスすら得られない。

 しかし、今日からはもう違う。異能力者(エスペランカー)を辞めるのだから、成長なんて必要ない。

「あの、俺、もう……」

 断りを入れようとしたその時、山下(やました)が気になることを言い出した。

「ってかなんで〈初級(しょきゅう)の洞窟(どうくつ)〉? なんか黒い影が出るとかって噂(うわさ)なってっけど」

 黒い影……!?

「黒い影って、それどこで聞いたんですか!?」

 大河(たいが)は血相を変えて山下(やました)に迫る。

 山下(やました)は眉根を寄せて、遠慮することもなく嫌悪感を示した。

「はあ? 何コイツ、キモいんだけど」

 荒川(あらかわ)は手を振って「そんな噂(うわさ)ほっとけ」と相手にしない。

「〈初級(しょきゅう)の洞窟(どうくつ)〉にいいモンを見つけたんだ。ま、着いてから教えてやるよ」

 そう言って、荒川(あらかわ)は美鳥(みどり)に手続きを急かす。

「おい、早くしてくれよ」

 美鳥(みどり)はチラッと大河(たいが)を見遣(みや)った。本当にいいのか、と言外に匂わせている。

 黒い影のモンスターを、大河(たいが)はずっと追いかけてきた。だが、噂(うわさ)はあれど姿は見えず。大河(たいが)が耳にした噂(うわさ)はすべて勘違いだったり都市伝説だったり……ともかく、まともなものは何一つなかった。今回の話も、期待はできないだろう。だがそれでも――

「……今回で最後にします」

 今回で何もなかったら、もう異能力者(エスペランカー)は辞めよう。大河(たいが)は真剣な眼差(まなざ)しを美鳥(みどり)に向けて、最後のクエストに向かった。



――――――――――――



 大河(たいが)、荒川(あらかわ)、斎藤(さいとう)、そして山下(やました)の四人は、ポータルから〈初級(しょきゅう)の洞窟(どうくつ)〉と呼ばれる異次元世界(ネクサリオン)に到着した。

 洞窟の中は自然の光が届かないが、先(せん)達(だつ)の異能力者(エスペランカー)によってところどころ壁に松明(たいまつ)が掛けられていて、視界に困るというほどではない。


【友を確認中……】


 洞窟にたどり着いてすぐ、大河(たいが)の目の前に見慣れないウィンドウメッセージが表示されていた。なんだろうと不思議に思いながら歩いていたが、暗がりにモンスターを発見して意識を現実に引き戻した。

 荒川(あらかわ)を先頭に斎藤(さいとう)と山下(やました)が戦闘態勢に入る。そこへ、アリのような見た目の虫型モンスターが現れた。見た目こそアリだが、全長は50センチ近くある。それが三匹同時に現れた。

 荒川(あらかわ)はDランク《ソードマン》で剣の扱いに長(た)けている。斎藤(さいとう)はEランク《シールダー》で防御が得意、そして山下(やました)はEランク《メイジ》で魔法攻撃を得意としていた。

 荒川(あらかわ)が剣で斬り、斎藤(さいとう)が盾で押しつぶし、山下(やました)が炎の魔法で焼き払う。

 三匹現れたアリ型モンスターは、一瞬にして倒された。

「楽勝だぜ」

 目の前で起きた戦闘を、大河(たいが)はいつも通りにしっかりと見て学ぶ。

 荒川(あらかわ)の剣は乱暴だが力強い。その分、すばしっこい相手には不利だ。斎藤(さいとう)は動き出しが遅いし、山下(やました)は立ち位置が不安定だ。

 彼らの戦闘を見ながら、自分に同じような能力があればどう動くかをイメージする。大河(たいが)のその思考はもはや、クセになっていた。

「相変わらずクソ真面目な顔で見やがって。何年経っても、才能がねえ奴には無駄なんだよ。悪あがきしてんじゃねえ」

 荒川(あらかわ)は倒したモンスターの遺骸(いがい)を剣先でもてあそびながら、ニヤリと大河(たいが)を嘲笑(ちょうしょう)した。

 大河(たいが)は下を向いて、ただ唇を噛んでいた。

「おい、遅れんなよ」

 荒川(あらかわ)は少し進んだ先で「こっちだ」と壁に向かって方向を変えた。

 明かりが乏(とぼ)しく壁に向かって荒川(あらかわ)が消えたように見えたが、そこは薄い岩が重なっていて隠し通路のようになっていた。

 慌てて追いかける大河(たいが)は通路の先で小部屋にたどり着いた。そこで目の前に広がる光景に思わず立ち尽くす。

 小部屋には大量のクリスタルがむき出しになっていた。クリスタルが発する光で、松明(たいまつ)がなくても妙に明るい。

「ヤバッ」

「すげえなおい! これ全部でいくらになるんだ!?」

「この前手伝いで来た時に偶然見つけたんだ」

 興奮状態の斎藤(さいとう)と山下(やました)に、荒川(あらかわ)は得意げだ。

「その時は荷物がいっぱいだったし黙ってたが、今日は荷物持ちもいるし大漁だぜ!」

 各々(おのおの)剣の柄やらナイフやらで、クリスタルを運べる大きさに砕きはじめる。採取作業などいつもは大河(たいが)に押し付けるのだが、これだけのクリスタルを前に進んで労働していた。そして砕いたクリスタルを、大河(たいが)に向かって無造作にどんどん投げつける。

「あたしたちで総取りなんて最高っ!」

 山下(やました)が嬌声(きょうせい)を上げる。

 大河(たいが)は次々に飛んでくるクリスタルをバックパックにしまいながら、クリスタルの光と反比例するように表情に影を落としていた。

 黒い影も、結局またただの噂(うわさ)にすぎなかったか……。

 大河(たいが)がそんなことを考えていると、小部屋の奥の方まで見に行っていた斎藤(さいとう)が叫んだ。

「うわっ、モンスターがいるぞ!」

 クリスタルは壁から生えるように並んでいたが、小部屋の奥はクリスタルがなく真っ暗だ。そこで、斎藤(さいとう)はモンスターを見つけたらしい。

 荒川(あらかわ)と山下(やました)は慌ててそれぞれ剣と杖(つえ)を構える。

 盾を構えながら後退してくる斎藤(さいとう)。それに続いてゆっくり歩いて現れたのは、黒い人影だった。

 大河(たいが)が目を凝らすと、それは子どものようなシルエットをしていた。その影は、目だけが白く光っている。

「まさか……あの時の……!?」

 警戒を強める大河(たいが)とは対照的に、荒川(あらかわ)は舐(な)めた態度で子どもの影に対して勢い任せに斬りかかった。

「こいつか、噂(うわさ)の影ってのは。ただのチビじゃねえか。さっさと片付けちまおう」

 だが、荒川(あらかわ)の剣は影をすり抜けた。

「バカ。こういうのは魔法が効くんだって」

 山下(やました)が杖(つえ)から火の玉を影に放つ。直撃したかに思われたが、影の様子に変化はない。

「ウソ!?」

 アタッカー二人の攻撃が通用しないとあって、一気に緊張感が走る。


【友以外を排除します】


「なんだ……?」

 洞窟に入った時に表示されたものに似たメッセージが、大河(たいが)の前に現れた。そして次の瞬間、影が巨大化する。

「はっ……!?」

 子どもだった影は、荒川(あらかわ)たちが見上げるほどの巨人になった。真っ黒で巨大な体躯(たいく)に人のような四肢。上半身は立派な割に、足は短く太い。そして目だけが白く光っていて、右手には巨大な剣を持っていた。

 このモンスターは普通じゃない。嫌な予感がして、大河(たいが)の背筋は寒くなっていた。

 荒川(あらかわ)に向けて、巨人が剣を振り下ろす。

「任せろ!」

 斎藤(さいとう)が前に出て、盾を構えた。

 振り下ろされる巨人の剣を斎藤(さいとう)の盾が受け止め、強烈な衝撃音が響く。

 だが、巨人の剣は盾を粉々に砕き、斎藤(さいとう)自身をも一瞬で押しつぶした。

「えっウソ、ウソ……!!」

 あまりにあっけなく斎藤(さいとう)がやられてしまい、山下(やました)はパニックを起こしている。

「死ね! 死ね! 死ね!」

 山下(やました)は杖(つえ)から、火球を連打する。火球は次々と巨人に命中しているが、巨人がダメージを受けている様子はない。

 巨人が左手で山下(やました)を横から叩(たた)く。まるで人形のように、山下(やました)は吹き飛ばされて壁に叩(たた)きつけられ、全身を潰されてしまった。

「え、え……?」

 一体何が起きているのか。どうして初心者向けの異次元世界(ネクサリオン)に、こんな危険なモンスターが潜んでいたのか。もしかして、あの時の黒い影と同類なのか?

 答えのない疑問が頭の中で堂々巡りしているが、大河(たいが)にできることは何もない。恐怖で足が震え、満足に逃げることもできそうになかった。

「こいつはやべぇな……」

 斎藤(さいとう)、山下(やました)が続けざまに瞬殺され、さすがの荒川(あらかわ)もゴクリと唾を飲み込んだ。そして剣を握りしめ、巨人と睨(にら)み合う。

 巨人が剣を振り上げる。狙いは荒川(あらかわ)だ。

 だがその瞬間、荒川(あらかわ)は腰を抜かしていた大河(たいが)の襟首(えりくび)を掴(つか)んで、荒川(あらかわ)自身と巨人の間に放り投げた。

「えっ――!?」

 突然のことで、大河(たいが)はほとんど反応すらできていない。

「お、俺は死なねえ! 万年初心者野郎、俺の代わりに死ね!!」

 さらに荒川(あらかわ)は背後から大河(たいが)の足を斬りつけて、尻尾(しっぽ)を巻いて全速力で逃げ出した。

「イッッ――!!」

 大河(たいが)が荒川(あらかわ)の行方を追いかけて振り返ろうとした時、斬りつけられた足に激痛が走った。

 傷口は燃えるように熱い。波打つ血管から、大量の血液が溢(あふ)れ出していた。

 巨人は容赦なく、そのまま剣を振り下ろす。

 大河(たいが)は逃げようとしたが、荒川(あらかわ)につけられた傷のせいで足にまったく力が入らない。

「あいつ……!! 俺を囮(おとり)に……!!」

 すでに背中も見えなくなった荒川(あらかわ)に怒りが湧いてくる。だが、もはやそれどころではなかった。

 振り下ろされた剣の軌道からは逃れられない。

 急速に近づいてきた死の足音に、大河(たいが)は絶望した。

 ――死んだ。

 こんなところで終わるのか? 結局俺は、あの日と同じように何もできずに死んでいくのか……?

 剣が大河(たいが)を叩(たた)き潰す――そう思ったその時、突然メッセージウィンドウが重ねて現れた。


【クラス《ビギナー》を確認】

【友 真堂(しんどう)大河(たいが) を確認】


 同時に、振り下ろされた巨人の剣は大河(たいが)の頭上でぴたりと静止した。


【チュートリアルを開始します】


 その瞬間、大河(たいが)の足元から強烈な光が発せられた。巨人は光に圧(お)されて後ずさる。

 その光に包まれていると、荒川(あらかわ)につけられた大河(たいが)の足の傷はみるみる回復していった。

「友ってなんだ? なにが起きてるんだ……?」

 困惑している大河(たいが)の前に、さらにメッセージが表示される。そのメッセージの横には、SDキャラのように頭身の低い、ピエロを思わせる格好をした子どものアニメーションイラストが描かれていた。

『《ビギナー》の能力を解放するよ! さあ、伝説の始まりだ!』

 何が起きたかわからないが、大河(たいが)はそのキャラクターの言葉に釣られて立ち上がる。

 大河(たいが)は両の拳を握りしめ、仁(に)王(おう)立(だ)ちした。湧いてくる力が、身体(からだ)の隅々まで浸透している感覚があった。

「接続せしは〈原初(げんしょ)の次元(じげん)〉――」

 異能力者(エスペランカー)としてこれまで一度も力を伴わなかったこの言葉が、自然と口をついて出た。

「次元接続(ディメンションリンク)《ビギナー》」

 足元の土が舞い上がる。

 大河(たいが)の全身からオーラが溢(あふ)れ出し、その瞳は緋色(ひいろ)に光っていた。

 そして口上に呼応するように、システムメッセージが表示される。


【全能力値が上昇しました】


 目の前の巨人から、黒い塊がボトッと落ちる。その塊は姿を変え、ゴブリンのような小さな人型になった。

 新手だ。だが大河(たいが)は、極めて冷静にそのゴブリンに目を光らせていた。

 ゴブリンは爪を立て、大河(たいが)に向かって跳躍してくる。

 反射的に大河(たいが)が足を動かすと、一瞬にしてゴブリンの攻撃を横に回避していた。まさか自分とは思えないような動きに、大河(たいが)は目を見開く。

「動く……動ける!」

 全能力値の上昇――それを大河(たいが)は肌で感じていた。まるで生まれ変わったように、さっきまでの自分の身体(からだ)とは明らかに違う。

 ゴブリンの特徴はよくわかっている。これまで散々イメージしてきた通りに、大河(たいが)はゴブリンの側面に回り込む。

 大河(たいが)はゴブリンの横顔に、目一杯の右ストレートを繰り出した。

 拳が直撃したゴブリンは弾けるように飛ばされ、壁に激突する。その衝撃が、洞窟全体を揺らす。ゴブリンはぺしゃんこに潰れ、霧散して消えた。

「これが、俺の力……!?」

 思いがけない自分の力に驚いていた。

 大河(たいが)と巨人を取り囲むように、光の壁が周囲に現れた。まるで専用のバトルフィールドだ。

「こいつを倒さないと出られないってわけか……」

 畳みかけるように、システムメッセージが表示される。


【《ビギナー》覚醒による能力値上昇を表示します】

【体力 :1→25

 筋力 :1→20

 魔力 :0→13

 速力 :1→21

 巧力 :1→19

 持久力:1→17

 抵抗力:1→22

 精神力:0→17

 感応力:0→24】


「だが今の俺なら――」

 大河(たいが)は数値の手応えを確かめるように拳を握りしめ、巨人に向き直った。

「行けるっ!!」


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