第4話 5分あれば十分だ
薄暗い路地裏で、大河と荒川の間に張り詰めた空気が流れている。
「調子に乗りやがって。教育しなおしてやる」
ドスの利いた声でつぶやく荒川は青筋を立て、剣を思い切り振りかぶって大河に斬りかかった。猛々しく容赦のない斬撃が、大河に襲いかかる。斬るというよりも、もはや叩き潰すような威圧感で剣は迫っていた。
だが、大河は冷静だった。身を翻してその剣撃を回避する。コートの裾が一拍遅れて、優雅に踊っていた。
見える。大丈夫だ。
荒川の戦いはこれまで何度も見てきた。自分が荒川のような力を持っていたならどう戦うか、ずっとイメージを続けてきた。だからこそ逆に、荒川の立場で何が困るかもわかっている。
「しゃらくせえッ! さっさとぶっ倒れろッ!」
なかなか攻撃が当たらず苛立った荒川は、乱暴に剣を振りまくる。狭い路地裏で、刃が何度も壁や地面にぶつかって火花を散らしていた。
大河は間合いを測って回避し、そして剣を合わせて防ぐ。だが、
「くっ……!」
大河は勢いに押され体勢を崩した。
「死ねやクソ雑魚が!」
そこに、荒川の乱撃が追い打ちをかける。大河は致命傷を避けるだけで精一杯だ。
「くそっ……!」
荒川の攻撃は見えている。どう対処すればいいかもわかっているし、そのイメージ通りに体も動く。だが、力で押し負けてしまう。
苦戦を強いられている大河の前に、システムメッセージが現れた。
【チュートリアルアシストが有効です】
洞窟でモンスターの弱点を表示してくれた、あのメッセージだ。
【荒川 甚吾
ランク:D
クラス《ソードマン》
主要能力値
体力:66↑(+20%)
筋力:52↑(+20%)】
チュートリアルアシストは人間相手の場合、弱点ではなく情報を教えてくれるようだ。
荒川の能力値を見て、大河は気がついた。
「どうしたどうした!? さっきまでの威勢はどこにいきやがったんだ!?」
勢いに乗った荒川は、まるで取り憑かれたような笑顔で剣を振り続ける。縦、横、斜めから、筋は悪いが力のある剣撃に、大河は劣勢に追い込まれ続ける。
これは、荒川のクラス《ソードマン》による能力補正の影響が大きかった。
クラス《ソードマン》なら、〈体力〉と〈筋力〉の能力値に補正がかかる。一方、大河のクラス《ビギナー》にはその補正がない。
この差を覆すには、こちらも能力値を高めるしかないのだが……。
「終わりだッ! 身の程を知れッ!」
荒川に壁際に追い込まれ万事休かと思われたその時、大河の視界にアシスタンのウィンドウが現れた。相変わらず陽気な雰囲気でメッセージを送っている。
『トライアルクラスが使えるよ!』
トライアルクラス?
大河の疑問に答えるように、システムメッセージが現れた。
【トライアルクラス《ソードマン》が使用できます】
大河は思い出した。チュートリアルボスを倒した後、怒涛の報酬の嵐の中に見慣れない単語があったことを。
斬撃、そして激しい金属音。ギリギリのところで刃を避けた大河の顔の横から、焦げた匂いが漂い鼻をかすめる。
鍔迫り合いの状態から、荒川は大河を横薙ぎに弾き飛ばし、勝利を確信した顔で見下ろしていた。
「わかったか? 《ビギナー》なんてゴミクラスの万年初心者は、どれだけ頑張ったって雑魚のままなんだよ」
尻もちをつく大河に、荒川は嫌味な笑みを浮かべる。
「……わからないな。何しろ、雑魚のままじゃない」
大河は顔を伏せたまま、ゆっくりと立ち上がる。
トライアルクラス――その効果が頭の中に流れ込んできた。
大きく息を吐いて、まっすぐ剣を構える。
信念が刃となり、執念が柄となる。塗り重ねられた屈辱を、一刀両断叩き斬る。
「接続せしは〈剣の次元〉――」
「あ?」
大河の言動に、荒川は片眉を上げて怪訝な目を向けた。そして時間差でその意味を解釈して、腹を抱えて大笑いする。
「テメェマジでバカだな! 次元接続ってのはそれっぽく言えばできるってもんじゃねえぞ!」
荒川の言う通りだ。何しろ大河は、どうにか力が欲しくて口上だけを真似してみたことが過去にあった。だが、今回のはただの口真似じゃない。
「時限接続《ソードマン》!」
その瞬間、大河の身体からオーラが溢れ出した。白いオーラに青いオーラが混じり合い、上昇気流が大河を包む。黒いコートは激しくはためき、周囲のゴミは巻き込まれて空中へ飛ばされる。
『気をつけて! トライアルクラスは1回で5分しか使えないよ!』
アシスタンはいつものテンションでメッセージを出した。
「5分か……それだけあれば十分だ」
大河は小さく頷いた。
力と、自信が湧いてくる。まるで剣と身体が一体になったかのような、《ソードマン》特有の感覚が、大河の中に芽生えていた。
今までとは明らかに違う大河の雰囲気が、荒川を一歩後退させる。
「なっ、テメェ……どんな手を使いやがった!?」
荒川は目を丸くして叫んだ。
「《ビギナー》のテメェが、なんで《ソードマン》に次元接続できんだよッ!?」
時限接続は《ビギナー》だけが可能な特殊な次元接続だ。一時的な接続ではあるが、本職と同じようにクラスの力を扱える。
荒川とは対照的に、大河は目を細めて静かに答える。
「言っただろ。初心者の力を教えてやるって」
荒川は剣を握る拳に力を入れた。握りしめる手の甲の血管が大きく浮き出ている。
「舐めんじゃねえぞ……姿形だけ真似たところで、テメェはゴミクラスの雑魚なんだよ!」
――ラウンドスラッシュ
剣を上段に構えて剣先を大河に向け、荒川は《ソードマン》のスキルを繰り出した。突きと斬撃を交えた、素早いコンビネーション攻撃だ。《ソードマン》の基本スキルの一つである。
剣が風を切る音が、路地裏に反響していた。
「……やっぱりな」
それらを大河は、涼しい顔で自身の剣をぶつけてことごとく弾き返した。
「テメェ……!」
苛立ちが頂点に達し、荒川は血が出るほどの力で奥歯を噛む。
荒川は突きと斬撃を繰り返すが、大河はそのことごとくを回避し、また剣で受け止めた。
「前に言ったことあるよな? お前のスキルは動きがおかしいって。だがお前は、聞く耳を持たなかった」
荒川のコンビネーションは単純だ。いつも突きをフェイントとして使い、目一杯袈裟斬りを繰り出す。その繰り返しだ。突きには威力がない反面、斬撃は大振りで読みやすい。
大河は剣を下段に構え、荒川に狙いを定める。
「それをようやく、自分で証明できる」
――ラウンドスラッシュ
大河のスキル攻撃。荒川と同じスキルで、突きと斬撃のコンビネーション攻撃だ。だがその中身はまるで違っていた。
繰り出し方と間のとり方を変え、確実に相手の体勢を崩しにかかる。剣技で相手を誘導して、最高の一撃を叩き込むのだ。
大河の突きを荒川は半身になって回避する。その時、荒川は体重が踵に乗っていた。そこへ、さらに後ろ体重にさせるように大河は横薙ぎに剣を振る。
荒川は剣で受け止めるが、大河の読み通りさらに後ろ体重になって体勢を崩す。
まさに反転攻勢。
だが、荒川はまだまだ強気の姿勢を崩さない。
「小手先のテクニックがどうした! パワーなら俺の方が上だろうが!」
受けに回っていた荒川だが、体勢が崩れるのも無視して踏み込み、大河の剣撃に思い切り剣をぶつける。力ずくで攻めに転じようと試みた荒川だが、
「なにッ――!?」
荒川はむしろ弾かれた。
「その問題は解決済みだ」
【体力:64↑(+30%)
筋力:51↑(+30%)】
システムメッセージに表示された大河の能力値。そこには、《ソードマン》の能力値補正がかかった体力と筋力が示されていた。
「……荒川より補正率が高い。これがトライアルクラスの特権か」
《ソードマン》の本職である荒川以上の補正がかかり、実数値は遜色ない水準にまで上がっている。そうなれば、荒川の動きを把握している大河が有利だ。
「ふざけんな! 俺は……俺が! テメェより弱いわけねえだろ!!」
荒川の強引な縦振りを回避して、大河はすかさず突きを放つ。
それを荒川はフェイントだと読んだのか、剣を合わせて防御姿勢に入る。軽く受け流そうとした風の荒川だったが、むしろこちらが大河の本命だった。
荒川が次の斬撃に備えて様子を見ながら背を反らしたところに、大河の渾身の突きが繰り出され荒川の頬をかすめる。
「なッ……!」
不意を突かれた荒川は、思い切りバランスを崩した。
負けを直感した荒川の顔から血の気が引いていく。
「おい、待っ――」
「終わりだ」
踏み込んで、一閃。
「んな、バカな……ッ」
半狂乱になっていた荒川は、大河の剣撃の前に静かに沈んだ。
「俺が……ゴミクラスの万年初心者なんかに……ッ」
「――俺はもう、万年初心者なんかじゃない」
大河は冷たい表情で、倒れる荒川に吐き捨てた。
『おめでとう! 見事な勝利だったよ!』
【ミッション 異能力者に1回勝利しよう![達成]】
荒川が倒れたのに呼応して、アシスタンの祝福とシステムメッセージが現れた。ミッションの横には〝達成〟のハンコが押され、報酬が表示される。
【能力値が上昇しました】
【体力:49→61
筋力:39→46
速力:44→49】
大河は思わず、小さく拳を握りしめた。
また強くなれた。このチュートリアルが始まるまでの無成長っぷりを思えば、どんな成長でも嬉しい。
大河が手応えを確かめていると、急に力が抜けていくような感触があった。
【トライアルクラス《ソードマン》を終了します。
次に使用できるのは1時間後です】
システムメッセージを見て、力が抜けたのはそのせいかと得心がいった。
トライアルクラスは1時間に1回、5分間しか使用できない時限の力だが、使い方を考えればかなり有効な力になるはずだ。
大河は〈原初の剣〉をインベントリにしまい、コートを翻して路地裏を後にした。
――――――――――――
「すごいじゃない! よかったわね」
翌日、大河はポータル管理局を訪れた。
Fランクになったことを受付の冴島美鳥に報告すると、彼女は涙ぐみながら自分のことのように喜んでくれた。それに〈初級の洞窟〉のことも知っていたようで、かなり心配してくれていたみたいだ。
「でもちょっと残念ね。せっかくかわいい後輩ができると思ったのに」
「俺も残念です。美鳥さんみたいな先輩がほしかったので」
そんな冗談が言い合えるのも、無事Fランクになれた――いっぱしの異能力者になれたからに他ならない。
「Fランクなら、行けるようになったクエストもあるわよ」
美鳥は上機嫌で端末を操作してクエストを吟味している。
こんな風に美鳥と気軽に話せるようになってよかった。もしあのまま大河が異能力者を引退して事務員になっていたとしたら、美鳥は事あるごとに大河に気を遣っていただろう。
さてどんなクエストに行こうかと考える大河の前に、〝メインミッション〟という名目でシステムメッセージが表示された。
【メインミッション 城を手に入れよう!】
「……へ?」




