あなたを待ち焦がれていた──回想17
そしてフィリー港が発展するのと比例して、侯爵家の財政は目に見えて潤っていった。
その財力を背景に、アルヴィスはさらに動く。
回帰前、戦争に反対していた者たちを一人ずつ味方につけていったのだ。
確実にアルヴィスの勢力は広まりつつあり、戦争は次第に終結へと向かっていった。
特にオズヴァルトは元から戦争に反対であったので、この動きは歓迎されていた。
こちら側の味方を増やし、基盤を固めることは、計画通りに進んでいるように思えた。
だが、アルヴィスは知っている。
──ジェイコブは必ず、オズヴァルトの暗殺を企てることを。
だからこそ、機会を待ち続けた。
そして──ついに決定的な証拠が、手に入ったのだ。
「フィリー港の開港で思う動きができなくなったから足が付いたのか。よく見つけたね、アルヴィス・レーヴライン大佐」
執務室でオズヴァルトは満足げに笑った。
この件も考慮され、いつの間にかアルヴィスは大佐にまで上り詰めていた。
アルヴィスは静かに一礼する。
「でもさあ、ジェイコブは何したの? 殺されそうになった私よりも恨んでそうだけど?」
その問に、曖昧に笑ってみせた。
本当の理由など、口にできるはずはない。
「まぁ、いいか」
オズヴァルトは肩をすくめる。
「久しぶりに笑う君が見れてよかった」と。
そして、あっさりと言った。
「約束通り、君にジェイコブの処刑を任せるよ」
証拠を渡す見返りに、アルヴィスは『ジェイコブの処刑を自分の手で行う』ことを要求した。
オズヴァルトはあっさりと承諾し、ジェイコブには『皇族殺人未遂罪』が適応され、処刑が実行されることになった。
──そしてついにやってきた。
この不幸を終わらせる時が。
地下牢へと続く階段は、カツ、カツと靴音が石壁に反響する。
一段、また一段と降りるたびに、過去の記憶が蘇った。
──前回は、這いつくばりながら降りていった。
──ジェイコブに汚物を見るような目を向けられながら。
やがて牢の前に辿り着いて、足を止めた。
そこにはジェイコブが静かに佇んでいた。
「出せ」
アルヴィスが命令すると、騎士達は拘束されたジェイコブを無理矢理立たせて連れて行く。
「お前!アルヴィスだな!!陥れやがって!!」
吠えるジェイコブは階段を無理矢理上がらされていく。
「殺してやるからな!!」
威勢良く吠えるジェイコブだが、拘束された彼は成すすべもなく、連れて行かされる。
連れて行かされた先は、皇宮の中央広間だ。
そこには帝国騎士団が整然と並んで、ジェイコブを迎えた。
連行されたジェイコブは、中央の空いたスペースに座らされた。
それでも尚吠え続けるジェイコブに、アルヴィスは剣を突きつけた。
「残念ながら、今からお前を殺す。青空の下とは、お前には勿体ない」
そして剣を、彼の首筋に突き立てた。
「かつての人々の怒りと悲しみが、お前の魂を構築している。それには同情してやろう」
「お前、会ったのか!!」
「ああ、約束したんだよ……お前を返すことを」
アルヴィスはほんの少し剣を引く。
首筋に少しだけ傷がつくと、剣を持ち替えた。青い宝石が輝く短剣──かつて二人が自害した剣だ。
「残念ながら、因果律から知性は与えられなかったようだな。その点も同情はしよう。でもお前を生かしておく理由などない」
そして一思いに、心臓を貫いた。
「あの子以上に、苦しめ」
一度ではない。何度も心臓に剣を突き立て、刺した。
返り血で、自分の服が真っ赤に染まる。
あの柄の宝石も、輝きを失うぐらいの返り血を浴びていた。
(……終わった)
アルヴィスは倒れる姿を確認すると、背を向けて歩いていく。
あまりに惨い仕留め方に、その場にいる騎士は固唾を呑んで、彼が去るのを見守った。
(……会いたい、シイラ)
空は青空で、二人でラフィリアを見守っていたネモフィラの咲く庭のことを思い出させる。
ますます会いたい気持ちは募ってゆく。
ようやく守る準備はできたのだ。
だけど彼女は居ない。
だから後は彼女に、選んでもらうだけ──。
──最期の言葉『最初からあなたを選ぶわ』
その言葉がずっと、頭から離れなかった。
彼女が自分を選ぶのは、幸せになる為でありたい。
だから彼女が幸せになれる道の先に、自分がいなければ。
やがて持ちすぎた権力を巡っていざこざもあり、侯爵家は皇帝に目をつけられることになった。
元々皇室と対立していた家門であるのだから、オズヴァルトも完全な味方にはなり得なかった。
そして代替わりとなり、騎士団を退団して侯爵位を引き継いだが、やることは変わらない。
彼女を守れるように、財も権力も築き上げる。
たったそれだけが目標だった。
だが何も知らない彼女に選んで貰うためには、まずは前みたいに恋に落ちてもらわないと。
──彼女が好きなのは“王子様”
“初恋の王子様”のカードは切れない。
だから彼女の理想とする振る舞いを身につけるべく、ロマンス小説も読み漁った。
また努力をしなかったが為に、誰かに横取りされたくはない。だから少しでも、彼女の理想の男性に近づくように振る舞いを身に染み込ませた。
そして元ジェイコブ派の傀儡となっていた皇帝が、ついに退位することになった。
オズヴァルトの「即位式は盛大に行う」(=金を出せ)という通達に呆れつつ、その時を待った。貴族の出席を義務付けたということは、シイラも来るのだから。
──そしてようやく、シイラの姿を見つけた。
祝賀会の会場の人波に紛れて、彼女は居た。
彼女を見た瞬間──世界から音が消え、今まで灰色だった世界が、色付くような気分だった。
あなたをずっと待ち焦がれていた。
その気持ちを抑えることはできない。
「見つけた」
考えるまもなく、アルヴィスはシイラの元に駆け出していた。
次こそは、幸せにする──そんな思いを胸に、彼女の元に飛び込んでいった。
次がエピローグ的な最終回です




