そして三度目の始まり──回想16
そして完全に温もりが失われると、再び暗闇に迷い込んでいた。
(シイラは?あの子は??)
気が付けばシイラは消えるように居なくなっていた。
そしてゆっくりと振り向くと──青い髪の後ろ姿が見えた。
「頼みがある」
アルヴィスは彼女の腕を掴むと、彼女は青い髪をたなびかせ、振り向く。
「あなたはジェイコブの魂を連れ戻すのが目的だろう?次は私がジェイコブを殺す。だからシイラの記憶を消してくれ」
突然の言葉に、彼女はごくりと息を呑んだ。
「でも記憶を消すと、私は産まれないじゃない」
二人の結婚は、一度目は相手が見つからなかった為に結婚することになり、二度目は一度目の記憶があったからこそ、結婚した。
──何よりシイラは、レーヴライン侯爵家が発展する婚姻を望んでいた。
記憶が無いシイラに求婚したところで、うまくは行かないだろう。
「あんな思いをするのは、私だけでいい。私が頑張ればいいんだ。シイラにはただ、幸せだけを与えたい……」
しばらく彼女は何かを考えているようだった。
そしてようやく口を開く。
「私に関する記憶は消せるでしょう。でもそうなると……」
そこまで言うと、口を噤む。
もしラフィリアに関する記憶が消えたなら──彼女はどんな目で自分を見るのか。
無理矢理手を付けられて、結婚させられた冷酷無比な人物と捉えられるのかも知れない。
「それでいいんだ。シイラにあんな思いをさせるより、ずっといい」
アルヴィスは優しい笑みを浮かべると、彼女の手を取た。
「そしてその暁には、全て忘れて産まれてきてくれ」
ポタポタ、とアルヴィスの頬に涙が伝う。
「私が幸せにする。だから……」
すると今まで表情が変わらなかった彼女が、口角を上げて微笑んだ。
「楽しみにしているわ」
そして時間が巻き戻り、三度目の人生が始まった。
──三度目の人生は、またあの日から始まった。
目を開けた瞬間、アルヴィスは確信した。
部屋の雰囲気も、手の大きさも、入ってくる従者との会話も同じ。あのシイラの父が死ぬ日で間違いない。
しかし救うために策を練ろうとも、時間がない。
覚悟を決めて報せを待つが──なぜか夜になってもあの報せは届かなかった。
(どう、なってる?)
やがて父パルドリックは、予定通りの日程で帰還した。
「クニューベル男爵領? ああ、男爵がコツコツと良い仕事をしてくれることがわかって嬉しかったよ」
今回、馬は暴走しなかった。
(ということは……)
──シイラはきっと覚えている。
だがあの子に関する記憶は消えているはずだ。どこからどこまでが覚えているのか、推測がつかない。
それにあの子に関する記憶が無いとなると、自分は恐れられている可能性がある。過去の自分の振る舞いを考えればそうなるだろう。
なので今接触するのは困難なはず。まだジェイコブは生きているし、ここで不審な動きを見せるわけにはいかない。
──自分にできることは。
最終的にはジェイコブを処分する。
その為には基盤を固める必要がある。
その為に、アルヴィスは動き始めた。
「ウルフラ、私は一足早く帝国騎士団に行く。私の代わりに専属騎士というよりも、従者に近い形でお母様を支えて欲しい。それだと私も安心する」
まずは結婚前のウルフラを母につけることにした。
恐らくエミリーがここに来る可能性は低い。なので母を支える人が必要だと思ったのだ。
それに──騎士という距離よりも、もっと近くにいれば。ウルフラが結婚という大胆な選択に出る可能性も低くなる。
実際、彼女は商家で難なく働いていたし、シイラの身の回りの世話をすることを楽しそうにしていた。
「わかりました、行ってらっしゃいませ」
そうしてアルヴィスは、戦場に出るよりも前に帝国騎士団へ入団した。
まずは徹底的にオズヴァルト側の裏切り者を炙り出した。
回帰前の記憶を頼りに、一人、また一人と、疑わしき者を洗い出し、証拠を突きつけた。
情に流されることはなく、冷酷無比と言われようと、時には力づくで、粛々と裏切り者に制裁を加えていった。
その徹底ぶりはやがて評価され、以前よりも早く少尉の地位を授かった。
さらには忠誠心を買われ、彼の配下として取り立てられることになったのだ。
そして、嬉しい誤算が一つ。
エマルウェルが帝国騎士団に入らなかったことで、ネバの木の存在がジェイコブ側に知られることはなかった。
だが、油断はできない。
──オズヴァルトは毒殺されたことがある。
だから入手経路を洗おうとした。
そして怪しいと睨んでいた港──前回、ノクティースの荷物が盗まれた場所を、徹底的に抑えることにした。
証拠を集めオズヴァルトを唆し、巧みに背中を押した。
そしてアルヴィスは部隊を率いて海賊の一掃に乗り出し、討伐に成功した。
「じゃあアルヴィスに管理も任せるか!」
面倒くさいことが嫌いなオズヴァルトは、そこの管理もアルヴィスに押し付けた。
だが港が手に入ることは、アルヴィスにとっては好都合だ。
もし何かあった時──シイラとラフィリアを海外に逃がすこともできるのだ。
だからその港に『フィリー港』のいう名前をつけた。
あの子の愛称であり、あの子の為の港で、あの子が幸せになるように。
そしてアルヴィスはレーヴライン侯爵家から多額の出資を行うことにした。
父パルドリックはあまりにも途方のない計画に渋い顔をしていたが、そこはアルヴィスが押し切った。
「いずれ産まれる私の子供の為に」
(婚約を白紙にしただろう……)
そう心の中で突っ込まれつつ、港の拡張を進めていった。
すると予想以上に物流が盛んになり、パルドリックも驚いた。それに伴いノクティースとの関係も良くなり、物資も入りやすくなった。
──きっとシイラも、この変化に気づくだろう。
彼女に喜んで欲しい。その一心でフィリー港の発展に尽くした。
実際彼女がノクティースの文献を参考にしたアケレアの止血剤は、この後流通を始めた。
間接的には彼女の役に立っていることがわかり、嬉しかった。




