真の敵と対峙1──回想14
おかげでしばらくは、結婚のことを検索されない日々を送ることができた。
シイラは母エミリーの看病や薬の研究しながら、侯爵家での日々を送っていた。実際エミリーはシイラの作った薬を飲むようになると、大分回復することができた。
そしてラフィリアについても──。
(因果律に関する話が、全く無い……)
シイラは資料室の本を片っ端から読んで、そのアルヴィスから聞いた“因果律”についてを探ろうとした。
だけど全く、それに関するものが無いのだ。
(どうして……?あの子が戦っているのは何なの?)
どの資料を紐解いても、その前の世界という部分は完全に抜け落ちていて、手掛かりが掴めない。そのことにシイラは徐々に無気力になっていった。
そして追い打ちをかけるように、エイステミ国から手紙が届いたのだ。
差出人は恋人だった、モスウッド・ノワールだ。
わざわざエイステミの外交官、つまりノワールの父の同僚が直接侯爵家に届けにきたのだ。
シイラはその手紙を見ては、彼を思い涙を流した。
アルヴィスがこっそり手紙を見ると、まるで劇作家のような愛を囁く言葉が並んでいる。アルヴィスが言ったこともない、しらじらしいとも取れるような、愛の言葉が並んでいた。寒気がしたが、シイラはこの言葉に愛おしさを感じているのだろう。
手紙の内容は『エイステミで待っている』という内容も綴られてある。卒業しエイステミに戻ったノワールだが、まだシイラを思い続けていた。
──今のままではダメだ。
あの子の言う『初恋の魔法』は簡単に解けてしまう。
エイステミは情熱の国で、日頃から恋人同士は愛の言葉を囁き合うらしい。なので参考にする為に、エイステミの恋愛小説を読んでみることにした。
しかしアルヴィスには理解ができず──まるで内容は、砂糖をそのまま噛んでいるような気持ちになる。
ざりっとした嫌な食感と、甘ったるい濃密な味に胸焼けを起こしそうで……それでも何とか読み切り、振る舞いなどを参考にした。
なるべくシイラに『愛してる』と言葉に伝え、遠慮なく触れるように努めると、シイラは徐々に落ち込む日々から解放されていった。
こんな行動一つで喜ぶ顔が見れるのなら、最初から恥を捨ててこうしておけばよかった。そんな後悔をしながら、彼女にまっすぐ愛を伝え続けた。
そうしているうちに、妊娠が判明した──つまりラフィリアが授かっているのがわかったのだ。
だけどシイラは、素直に喜べなかった。
「あの子のことがなにもわからない、どうしよう……」
アルヴィスは涙を流すシイラをぎゅっと抱き締める。
あの時と違って──今の自分には、ちゃんも足も、指だってある。
「あの子が何者であるか、なんてどうでもいい。三人で生き残る道を、考えよう」
「……うん」
そして二人は、生き残る道を探す決意をした。
まだあの頃と違い、アルヴィスは帝国の中枢に関わる位置に居る。それに侯爵家も言うほど落ちぶれていない。
そのことが何よりも頼りだった。
そしてエマルウェルとの再会も、シイラにとっては喜ばしいことだった。
だけど“だから”なのか。余計に今度こそはと思ったのだろう。シイラは昼間でもカーテンを引いて、部屋に閉じこもり、文献を紐解く毎日を過ごしていた。
「シイラ様、さすがにカーテンを開けてみては……?」
その頃シイラの世話係としてウルフラが宛てがわれていて、ウルフラはいつも心配そうにシイラを見守っていた。
「いいのよ」
──だってもし、敵に見つかってしまったら。
まだ誰が敵なのか、わからない。
だから余計に怖かったのだ。
恐らく敵は、ジェイコブなのだろうとは思っていた。
回帰前、彼は必死になってレーヴライン侯爵家を潰そうとしてきたのだ。今だってきっとアルヴィスを潰す機会を伺っているに違いない。
その理由の先に、生き残る手段があると思ったのだ。
「どうやらジェイコブ殿下は“会談”と称してノクティースに行くらしい」
「いよいよ、なのね」
お腹が少し大きくなった頃、本格的にジェイコブがノクティースの開戦に向けて動き始めたのがわかった。
「ノクティースは山に囲まれているだろう?だから馬での襲撃は困難だと見ていて、実際の現場を見て戦略を練りたいんだろう……」
「確かに帝国の馬は、山の斜面には不向きな種類よね。だからと言って重種馬だと速さはないし──」
そこまで言ったところで、はっと気付いたのだ。
「……ヤルマ」
「ヤルマ?」
すっかりと忘れていたことがある。
クニューベル男爵領にいたヤルマという種類の動物のことを──。
「クニューベル男爵領には、ヤルマという家畜が居るの。でも元々あのヤルマは、家畜にできるような動物ではないはず……」
ノクティースに生息する野生のヤルマは、獰猛で近付くことすら許されない。
ではなぜクニューベル男爵領では家畜に成功したのだろうか。
「……元男爵領は、今はうちで買い取り管理人を置いているはずだ。至急確認をさせよう」
そして調査をした結果、ヤルマに与えている“ネバの葉”の存在に辿り着いた。
「これ、コクノキ……?」
勉強をした今だからこそ、わかる。
今手にしているネバの葉と、同じ葉脈を持つ植物は──かつて隣国を崩壊に導いた、コクノキと類似している。
「これ、これはマズイわ……」
「何がだ?」
「コクノキは、ノクティースでは禁止薬物なの……」
ノクティースでは薬学を学ぶものに、コクノキの管理方法について徹底的に叩き込まれる。万が一があってはならないからだ。
「コクノキは鎮痛剤として恐ろしい効果がある薬を作れる半面、抽出方法を間違えば興奮作用や幻聴を引き起こすものになってしまうの」
そしてはっと気付いたことがある。
「馬……」
「馬?」
「侯爵家の馬は、これを食べた……?」
顔面からさーと血の気が引くのがわかった。
確かにそうだ。あの時侯爵家の馬に、ヤルマ用の餌をあげた。──牧草と、ネバの葉を配合させたものを。
「……なぁ、その場に兄貴は居たのか?」
「え?ええ。護衛としてエマルウェルも居たと思うけれど」
それを聞くと、アルヴィスはごくりと息を呑む。
「シイラ。前回も今回も、オズヴァルト殿下は馬の暴走で亡くなっている。奇妙だと、思わないか?」
その言葉に、シイラもはっとする。
「兄貴は騎士団に入団した時からジェイコブ殿下の部隊に居た。当然、あの馬が暴走した話も殿下の耳に入っていてもおかしくはない」
まさかネバの葉が、オズヴァルトの殺害に使われたのか──?
「となると、ジェイコブ殿下の狙いは……」
執拗に侯爵家を狙う理由は、ネバの木目当てだったのか?
またかつての出来事──コクノキによる敵国の崩壊を狙っているのだろうか。
(にしては、変だな)
確かに記録を探れば、ジェイコブは元クニューベル男爵領を何度か訪れている。
それはいずれも国境付近の戦地への通り道としての利用で、帝国騎士団に身を置くアルヴィスの家の領地を通るのは、ごく自然な話ではあるのだ。
それになぜネバの木が目的なら、黙って元男爵領を買い取ったりしないのか。
むしろ返還という名目で取り上げてもいいだろう。あの土地を手にする機会はいくらでもあるはずなのだ。
「ねえ、帝国の外務担当と直接話せないかしら。とりあえず私の研究資料を返してもらうという名目なら、ノクティースの私の荷物を引き上げられると思うの。私の資料はこの国の財産にもなるし、その中にはコクノキの資料もあるわ」
シイラはまず、そもそもあのネバの葉は本当にコクノキなのか。まずはそこを探ろうとした。
そんな今まで聞いたことのないコクノキの亜種が存在するなら──この国のみならず、周辺諸国でも問題になりかねない。
ジェイコブがどこまで知っているかわからないが、ジェイコブの狙いがそれならば、先にネバの木の警告を出すことが、先手にもなると考えたのだ。
「それ以外の方法は?」
さすがに関係悪化しているノクティースと接触するのは気が引けた。しかし──
「コクノキは帝国内で禁忌されているせいで、帝国内の情報だけだと何もできない……」
「……わかった、外務担当に連絡を取ってみよう」




