隠された結婚──回想13
「ええ、あなたにも、何度も手紙を書いたわ。どうしてでしょうね。あんなに突き放しながらも、私はあなたに色んなことを聞いて欲しいと、思ってしまうの……」
夜も更ける頃、二人はベッドの中で今までのことをぽつり、ぽつりと話し始めた。
シイラは今まで行った勉強や、研究のこと──それを生かして母エミリーの病気を何とかしようとしていたことも。
薬も送っていたようだが届いておらず、そのことには肩を落としていた。
ノクティース側から関係が悪化してると聞いたのはここ最近の話らしく、シイラもどうにかできないかと動いていた。だがそれよりもずっと前から、ハンベルリは侵略の対象として見ていた──そのことをアルヴィスから聞かされて、ぞっと背筋が冷えた。
「まだ開戦はしないだろうし、大丈夫だろうと思っていたけど……」
「今はどうにかして開戦を引き延ばそうとはしている状況だ。でもやっぱり、開戦は避けられないのかも知れない」
「向こうには大好きな先生も、友達もいるのに……」
「……恋人も、居るんだな」
「やめて」
シイラはぷいと寝返りをうって背を向けた。
「私はもう、恐らく帰ってこれないと言って帰ってきた。向こうもそれをわかっていながら、送り出したのよ」
アルヴィスは何もかける言葉が見つからない。
反応のないアルヴィスに、シイラははあ、と大きくため息をついた。
「毎日毎日、『可愛い』『愛してる』『大好きだよ』って伝えてくれてくれる人を、どうやって突き放せと言うの……あなたと結婚していた時、一度も言われたことはないのに」
ああ、そうかと思う。
ラフィリアはよく、シイラへの態度を見て『初恋の魔法が解けちゃっても知らない〜』と言っていた。
自分の不甲斐なさでシイラの気持ちが離れていく可能性があると、ずっと彼女は示唆していたのだろう。
「これからは、毎日私が言うから」
「できないと思うわ」
「そんなことはない」
シイラは後ろを向きながらも、クスリと笑っているのがわかった。
そしてそろそろ夜明けが近付いてきた。
窓の外から仄かな赤い光が見える。
小さく欠伸をするシイラを、アルヴィスはそっと抱き寄せる。
「戻るなら戻ってもいい……」
その意味は“部屋に”というだけでなく──これからの人生のことでもある。
今ならまだ、例え身籠っていようと“他人”として生きていける。まだ引き返せるラインだろう。
──だけど、シイラは選んだのだ。
「いいわ。あなたと一緒に、居るわ」
「もう、戻れないぞ」
離す気なんて無いくせに。
そう心の中で思いながら、アルヴィスの胸の中で眠りに落ちていった。
「アルヴィスさ……」
朝を迎えて、従者がいつものように部屋に入ってくる。そして見たのは、まさにこの光景──事後の光景だった。
「悪いがメイドに湯浴みの準備と、彼女の着替えを持ってくるように言ってくれ」
従者はなるべく二人を見ないように、慌ただしく出て行こうとした。そんな背中に、更にアルヴィスは言葉を投げた。
「あと、彼女を丁寧に扱ってくれ。彼女のお腹の中には、子供がいる可能性がある」
それは避妊をしなかった=遊びでも気まぐれでもない、ということ。
子供を産ますために手を付けたと、はっきり宣言したと言ってもいい。
その話はすぐにアルヴィスの両親、つまり侯爵夫妻に伝わった。
アルヴィスは即二人に呼び出される。
「アルヴィス、もしシイラに子供ができていたなら、私達が養子を迎えたことにして育てます。さすがに体裁が……」
「何故です?私が彼女と結婚すればいい話でしょう?」
あまりに突然の提案に、両親は混乱した。
「しかしだな、シイラにはもう貴族籍は……」
「お父様。幼い頃に父を亡くした元男爵令嬢が、引き取られた先の侯爵家令息に見初められて結婚した。そんな素晴らしい物語がここにあるんですよ」
この『素晴らしい物語』は、回帰前にアルヴィスがよく言われた話だ。
うーんと頭を抱える侯爵夫妻。
特に当主のパルドリックは、なかなか結婚の話を出さないアルヴィスに業を煮やしていたが、まさかシイラを相手に選ぶとは──。
「シイラは帝国では警戒されてます。彼女はここを出ると、監視されて自由がないでしょう。好きな研究も続けられないし、エミリー夫人の側に居れない。それなら私が監視を引き受ける形で結婚したことにすればいい」
「……シイラはどう思う?」
ちょうど湯浴みが終わったシイラが、部屋に入ってくる。
シイラはほんの少し俯くと、拳を握りしめた。
「……私はお母様の側に居たい。それに研究も続けたい。だから侯爵家に居させてください」
──アルヴィスはシイラと約束をしたことがある。
それは『アルヴィスが一方的に手を付けた』という態度を崩さないということ。
既にマークされているシイラが、いきなり『アルヴィスとは元々愛し合っていた』という話をしても信用できるはずはない。それに向こうの恋人の存在も知っているとなると、尚更。
だから無理矢理シイラを従わせ結婚させたが、さすがに彼女が納得するまで公表を控えたい。そういうことにして、なるべく結婚は隠すことにした。アルヴィスは自ら罪を被るという形になったのだ。
実際無理矢理シイラの未来をねじ曲げた自覚はあるのだから。
それにまだ、ラフィリアの誕生についても謎が多い。
今までアルヴィス一人では、その全てを受け入れることも、立ち向かうこともできなかった。
だからその問題がどうにか解決するまで──なるべくこの結婚を、内密にしておきたかったのだ。
そしてその事件から三日後、ただ誓約書を提出するだけの結婚をした。
結婚が伝えられたのは、立会人である教皇と、シイラを呼び戻そうとしていた外務担当の大臣など一部のみ。
それらの人には金を握らせ、黙らせて──文字通り『隠された結婚』となったのだ。
それでも、これだけはシイラに渡した。
「いつかこれをつけて、堂々と歩いて欲しい」
それは前回も渡した、ダイヤのティアラだった。
天使の輪のようなティアラ……それがいつか堂々と彼女の頭に輝くことを願っていた。




