今度こそ選んで──回想12
──そしてシイラは無事に帰ってきた。
「シイラ、おかえりなさい」
「お母様……ただいま………」
エミリーの寝室から、彼女の啜り泣く声が聞こえる。
無事にエミリーと再会できた。それは喜ばしい話だった。
(しかし、知らない話が多すぎる)
騎士団本部に所属してから、他国の情勢や外交の情報は入ってきているはずだった。
しかし騎士がシイラから聞いたという話は、初めて聞くことばかりだった。
まず第一に、シイラは定期的に手紙を送っていたこと。
しかも母だけでなく、侯爵家の皆──アルヴィスにまでも送っていたのだという。
自分への手紙があったことは、アルヴィスは想像もしていなかった。
そしてハンベルリの文官に誘われていることは、何となく想像はついていた。他にも他国への留学生を呼び戻す措置として行われているからだ。
大体はその後、その分野を生かした外交を担うポジションに収まることが多い。
しかしシイラに用意されているのは、資料室勤務という全くの関係のないポジションだった。
その理由として、彼女はこう挙げているのだと言う。
「私が裏切ってエイステミ国の肩を持つ可能性も考えているんでしょう」と。
なぜ第三国であるエイステミが出てくるのか──その理由は後ほど、最悪な形で知ることになった。
そして夜も更ける頃、廊下に足音が響いた。
間違いない、この足音は──シイラのものだ。
ドアを開けると、シイラが遠目に見える。
まだまだ少女だった彼女が、成長した姿で目の前にいる。以前のシイラよりも端然とした顔立ちをしていて、この表情は彼女が重ねた自分の知らない時間なのだなと思うと、胸が苦しかった。
それでも──
(今すぐ、抱き締めたい)
彼女への愛は、一つも変わることはないのを思い知らせる。
気が付けばアルヴィスは、駆け出していた。
「逃げるな!」
踵を翻そうとする彼女に追いつき、腕を掴んだ。
ゆっくりと振り向いた彼女の瞳からは、涙が滲んでいた。
──ようやくシイラと目が合った。
そして彼女は以前と違い、憎しみの顔ではない。
しばらく硬直状態の二人だったが……近付く他者の足音に気付き、アルヴィスはそのまま部屋に引きずり込んだ。
震えるシイラの肩を、そっと抱き締める。
「会いたかった」
「私は会いたくなかった!会いたくなかった……」
シイラは突き飛ばしはしないものの、アルヴィスを受け入れようとはしない。
ただ俯き、下を向くだけ。
「……何であなたは結婚してないの?ペレザンス伯爵家じゃなくても、他の権力者と……」
「そんなの、あなた以外の人と結婚する意味はない」
「どうして……?」
「だって、愛しているから」
はっとした顔を上げ、アルヴィスを見つめると──彼は涙を流しながら、すがるような眼差しをむけていた。
「私は今回、脚を失わずに済んだ。だから娼婦だなんて言わせない。帝国騎士団では少尉まで上り詰めて、そう簡単に処分されない地位を築いた。それに邪魔者は全て蹴散らした。侯爵家の邪魔になる者も、あなたを侮辱した人も全て、私が蹴散らした」
アルヴィスは一気にまくし立てるように言った。
「あと、何が足りない?」
じりじりとシイラに詰め寄る。
シイラは彼と目が合わせられず、下を向いた。
「私はようやく忘れられたの。楽しい学校生活に、友達も……恋人もできた」
シイラの目から、とめどなく涙が溢れて止まらない。
ポタ、ポタ、と大粒の涙が床に落ちる。
「私には恋人がいるの。同じ留学生で、エイステミ国の人。あんなに会いしてくれて、裏切れないよ……」
「それ以上言うな!」
アルヴィスはシイラの顎を持ち上げ、唇を塞ぐキスをした。
触れ合う舌の感覚は懐かしくて暖かい。けれど心は張り裂けそうな程、痛かった。
「私はずっとこの八年、いや前の人生では十四年、あなただけを思っていた。それに適う人が居るのか?」
「……」
「私はあなた以外の人を愛せない。あなた以外に結婚する人は要らない。あなたの為なら、命だって惜しくない」
「何で今更言うのよ……」
涙が止まらないシイラを、再び抱き寄せた。
ガラスを扱うような、繊細な手付きで。
「シイラ、私があなたを人生をかけて幸せにする。だから、私を選んで」
抱きしめる腕に、力が入る。
「愛してる。今度こそ幸せにする。だから、選んで」
シイラは色んな感情が交錯して、涙が止まらない。
大好きだった勉強……残してきた友達、恋人。
だけどいつもそれらを選ぶ時、心の片隅にあるのは──アルヴィスの存在だった。
あんなに突き放しながらも、思わずにはいられなかった。
「だから何で今更言うの?全部忘れて幸せになれると、思ったのに……」
──シイラは彼を忘れる為に、今まで生きてきた。
逃げたのは自分だ。過去の出来事に向き合う力も無くて……運命に立ち向かうほど、強い心を持てなかった。
それも彼からは一度も愛を伝えられたことはなかったからだ。彼と心が通じ合い、歩幅を揃えて歩けることはないだろうと思っていたから。
だけど彼の愛してるの一言で──彼と決別しようと決めた誓いが、いとも簡単に崩れ去っていく。
「ノワール、ごめんなさい……」
気が付けばシイラは、彼の抱擁を受け入れ、抱き締め返していた。
「あなたを幸せにするのは、私だけでいい」
そしてアルヴィスは、またシイラに口付けをする。この口付けは、もう二度と離さないと誓うような、激しく絡まり合うようなキスだった。




