二度目の出征──回想11
そしてアルヴィスの二度目の出征が始まった。
今回は自ら志願して、第二皇子ジェイコブが率いる部隊に入ることになった。前回のようなレーヴライン侯爵家の失脚を狙う者を、自ら蹴散らしに行くのに都合が良いからだ。
(あいつとあいつ……尻尾を捕まえるまで監視だな)
前回の記憶のおかげで、敵と味方の区別はついた。
なので味方を早くから取り込み、部隊内での自分の地位を確立させて行った。
そして前回よりも随分早く、エマルウェルと再会した。
二人は協力して成果を上げ、前回撤退した場所を征服することに成功した。その結果、エマルウェルは中尉、アルヴィスは最年少で少尉の階級が与えられ、参謀として騎士団の本部に関わるために戦場を離れることになった。
──これで脚を失う確率は少なくなった。
そのことに安堵していた。
戦場から帰還した後は、侯爵家から城へ通う日々を送ることになった。
騎士団の寮に入ったところで、また気を張る毎日を送らなければならない。帰宅できる時間は短かったけれど、唯一のほっとできる時間となっていた。
それも、また皇帝が他国に戦争を吹っ掛ける為に動いており──その一つに上がっていたのが、ノクティースだったのだ。回帰前の記憶だと、そろそろ侵略の準備が始まり、ノクティースと開戦することになってしまう。
シイラがいるノクティースには手出しさせない。
そう強く決めたアルヴィスは、他の道を探っていた。
「なあ、アルヴィス」
その日はエマルウェルと、部隊に入った新人騎士の訓練に当たっていた。
訓練が終わると汗を拭いながら、エマルウェルが声をかけてきた。
「前から聞きたかったんだが……どうしてジェイコブ殿下側に付いたんだ?」
その問いに、アルヴィスはすぐには答えなかった。
エマルウェルの視線は真っ直ぐで、シイラの面影を見ては、胸が痛んだ。
「レーヴライン侯爵家は、オズヴァルト殿下側だったはずだろ?」
「……ああ」
それは事実だ。
皇帝とジェイコブと対立する“害をなさない”オズヴァルトを支持しているのは本当の話だ。
「だからこそ、なんだ」
アルヴィスはゆっくりと言葉を選んだ。
「敵は、芽のうちに潰すべきだと思った」
「敵……?」
「レーヴライン侯爵家の失脚を狙う者は、こちら側に多い。だからこそ、なんだ。」
アルヴィスは続ける。
「自分が成長して大人になる前に、カタをつけたかったんだ。実際敵は殆ど蹴散らした」
「……無茶苦茶だな」
「それが効率いいだろう?」
ようやくアルヴィスから、ほんの少し笑みが溢れた。
「それに……」
「?」
「こちら側にいた方が、守れると思ったんだ」
いつだって脳裏に浮かぶのは──シイラの姿。
アルヴィスが一番、守らなければいけない存在だ。
「……大切な人がいるんだ」
その言葉に、エマルウェルはそれ以上聞かなかった。
軽口を叩く気配すらなく、ただ静かに頷いた。
年齢以上のアルヴィスの覚悟が、そこにあったからだ。
そしてその選択は、既に一部の運命を変えていた。
オズヴァルトは、一度目よりも長く生きている。
それは紛れもない事実だった。
このまま彼が生きていてくれれば、一番都合が良い。彼に権力を集め、ジェイコブ側を内部から崩壊させるように仕向ければ──そう思っていた矢先だった。
やはり運命は避けられないのだろう。
あまりにも唐突な報せが、城内を駆け巡った。
「オズヴァルト殿下が、落馬された!」
城の門には沢山の騎士が集まり、帰還を待った。
そして担架に運ばれてきたのはオズヴァルト。
頭に幾重にも包帯が巻かれていて、微かな呻き声が上がる。まだ死んではいないが、重傷だ。
そしてその後ろを、馬に乗って続くのは、ジェイコブだ。
どうやら二人が公務での移動中、オズヴァルトの馬が暴走したらしいとの情報が入ってきた。
──ジェイコブ殿下が触れてすぐ、馬が暴走し始めた。
──馬をも恐れをなして逃げ出すとは。
そんな噂が流れるようになっていた。
その後オズヴァルトは一時的には回復した。
しかし結局行き着く結末は変わらない。
その後吐血し、意識不明の重体だと言う情報が駆け巡る。そしてその情報が出てから三日後、静かに息を引き取った。
(どうして……)
皇帝からの通達に、握りしめた拳が震える。
後遺症は残るかも知れないが、回復は順調だという話を密かに耳にしたばかりだった。
(……ジェイコブ、だろう)
疑う余地などはない。
恐らく彼が黒幕なのだろう──しかし証明するものは、何もない。
だからこそ、身動きができなかった。
せめて決定的な証拠があれば──そんな思いでこっそりと動向を探る日々を送っていた。
そんなある日、こんな情報を耳にしたのだ。
『とある漁港が海賊を使ってノクティース側の物資を盗んでいるという情報がある』と。
しかもその情報の提供元に、信用があった。
「いつもノクティース側からの荷物の足取りが途絶えるのは、その漁港近辺でしたね。恐らくノクティースからの薬などは、そこからどこかに流れていると考えた方がいいと思います」
そう証言するのは──離婚したばかりのウルフラだった。
彼女が侯爵家に離婚の報告に来た際、ちょうど運よく鉢合わせしたのだ。
彼女の離婚した家というのは、海外と取引がある商家で、最近はそのノクティース側の物資の滞りが激しく、経営が傾いていた。
そしてその矛先は、次第にウルフラに向くようになっていき、ついに我慢の限界を突破したのだと。
「避妊薬も手に入らなくなったので、今しかない!と思って、どうにか逃げて来たわけなんですよ」と笑いながら語るウルフラだったが……手の甲には包帯が巻かれている。彼女が婚姻中に負った傷が、まだ生々しく残っていた。
彼女はまた不幸を繰り返してしまった。いや、繰り返させてしまった。
「ウルフラ、今度私の恩人に会ってくれないか?」
「恩人ですか?」
「ああ、私の命の恩人なんだ。私が彼に救われたように……ウルフラも彼に救われるんじゃないかと思うんだ」
そう言うとウルフラは、はにかみながら微笑んでいた。
そしてウルフラの証言を基に、独自に調査を進めた。
その結果、やはりどうもその漁港は怪しい。うまくカモフラージュしているようだが、入港の船の数を誤魔化しているのは、資料を紐解くと簡単に見つけることができた。それにそこの所有者は、ジェイコブの熱心な信者……いや、支持者である。
どうにか尻尾を掴んで、ノクティースとの関係改善をはかりたい。
そうもがく中で、最悪なことが起きてしまった。
「アルヴィス、エミリーが……倒れてしまったの……」
家に帰るなり、母ドロテアが蒼白した顔で報告してきた。
その時、すっかり忘れていたことを思い出した。彼女が過敏症であったことを──。
「それで、どうするんですか?」
「シイラを帰す為に動きます。とりあえず手紙は手配しましたけれど……」
「恐らく届きませんね。関係悪化してますし、どこかで荷物諸共巻き上げられているでしょう」
「そうですよね。旦那様は侯爵家の騎士を派遣すると言ってます。いいわよね?」
「ええ、私も最大限、協力します」
そしてすぐに騎士がノクティースに派遣され──シイラは八年ぶりに、侯爵家に帰ることになったのだ。




