たった一つの願い──回想8
『厳命だ。聖女降臨の儀式を行う』
ジェイコブよりその日中に即、そんな通達が出された。
今までそんな儀式は行われたことはない。だが『侯爵家の威厳を示すため行う』という、表向きは侯爵家の肩を持つ、もっともらしい理由が述べられた。
しかしこれは……明らかな罠だろう。
そう思いつつも、誰も止めることはできなかった。
「お母様、これ、嫌だ……」
帝国中の貴族が招集され、皇宮の教会にて聖女降臨の儀式が行われることになった。
ラフィリアは白い衣装に身を包み、シイラにしがみつく。
「……ごめんね」
シイラは静かに涙を流しながら、抱きしめること以外何もできなかった。
そしてジェイコブの主導のもと、聖女降臨の儀が始まる。
礼拝堂の祭壇には、ジェイコブと皇帝、教皇が並ぶ。後ろには、初代聖女様を倣った像の、青いガラスでできた髪が太陽の光を受けて輝いていた。
「聖女ラフィリア、こちらに」
皇帝がそう叫ぶと、礼拝堂の扉が開く。
扉の向こうでは、ラフィリアはシイラにしがみついていたが──「早くしろ!」というジェイコブの声に圧されて、涙を堪えながら中央の開けられた道を歩いていく。
「天の加護を受けし者よ。ここに、新たなる聖女の誕生を宣言する」
教皇が宣言し、初代皇后が愛したという、紫色の薔薇の花冠が、ラフィリアに載せられる。
そして辺りが拍手に包まれた──その瞬間だった、
「危ない!!」
大きな何かが軋む音が礼拝堂に響いた。
次の瞬間、台座に置かれた聖女様の像が倒れてくる。
それは一直線に──ラフィリアを目掛けて。
そして衝撃音と共に、像は台座から落下した。
「ラフィリア!」
砂煙が舞う中、シイラが飛び出す。
そこで見たのは……
「エマルウェル!!」
ラフィリアを庇い、聖女像の下敷きになるエマルウェルの姿があった。
そして隣には、像の下に潰れた皇帝の姿が──。
(うそ、でしょ……?)
二人の真っ赤な血が、ラフィリアの白い服を赤く染めていた。
紫の薔薇も飛び散り、倒れる二人の上に降り注ぐ。
「皆よ見よ!!これが聖女なのか!!皇帝の息の根を止めた邪神の間違いではないのか!!」
ジェイコブの高らかな笑い声と共に、群衆の罵声が飛んでくる。
「殿下!この子は聖女でも邪神でもなく、私の子どもです!!」
シイラが飛び出して、ラフィリアを抱き締めた。
「ならお前が子供の責任を取って『皇族殺人罪』を適用しよう……拘束しろ」
帝国騎士団が二人を取り囲み、引き離す。
「お、おかあさまー!!」
必死の抵抗も虚しく、シイラは鎖に拘束され──連れて行かれてしまった。
「残るお前はどうするか」
「私は絶対、あなたに負けない、負けないんだから……」
「無力なお前に何ができるんだ?」
口を噤むラフィリアに、馬鹿にしたようにジェイコブは笑いかける。
「とりあえずまぁ、拘束はさせてもらおう」
そしてなすすべもないラフィリアは、拘束されて連れて行かれてしまった。
──それからどれだけの時間が流れただろう。
地下牢で、ラフィリアは一人佇んでいた。
「……リア、ラフィリア!!」
「お父様……?」
柵越しに現れたのは、アルヴィスだった。
「どうして……?」
「私だけが、面会を認められたんだ……」
それ以上アルヴィスは言わない。
這いつくばるアルヴィスは杖を持っていなかった。
アルヴィスは杖を奪われ、逃亡の心配がないとされたので面会が許された。指も欠損しているので、逃亡の為の小細工は何もできないのだろうと思われたのだ。
最期の思い出作りに、落ちぶれた父親の姿を見せるのも悪くない。
ジェイコブはそう思ったのだろう。
──だからこそ、アルヴィスがいつも懐に差している短剣の存在を見逃していた。
「ラフィリア、私が絶対に助けるから!だから安心してくれ!!」
アルヴィスは必死に訴えるが、何か打開策があったわけではない。
それにラフィリア自身も、もうここに勝機はないと確信していた。
──ただ一つの可能性を残して。
「お父様」
じっと見つめる、ラフィリアの紫の瞳が光を持つ。
「一つ願いが叶うとしたら、何を願う?」
「ラフィリアの無実が証明されることだ」
「そうじゃなくて、永久的に叶う願いならば?」
彼女の瞳に、アルヴィスは違和感を覚える。
それでも──愛おしい子であることに、間違いはない。
だからこそ、正直に胸の内を伝える。
「私は家族三人で幸せに暮らしたい。いや、四人でも五人でも増えていくなら大歓迎だ……シイラとラフィリアと幸せに暮らしたい」
「じゃあ三人で幸せに暮らしたいと願うのね」
「ああ、勿論」
「それは本当ね」
確認するようにラフィリアは念を押す。その瞳はアルヴィスを見ているようで、どこか遠くを眺めていた。
──これはラフィリアではない。なぜだか直感でそう思ったのだ。
「ラフィリア……?」
「やっぱり私のお父様だなって」
そう言うとクスリと笑みを浮かべた。
「お父様。青い髪は祝福の髪だなんて言われているけど、実際は違うの。いつの時代も青い髪の私は、産まれた瞬間から困難な人生であることが決められている。
だから“因果律”は最後まで私に寄り添い支えた人に送るギフトとして、とある物を用意した」
「……?」
ラフィリアの口角がわずかに上がる。
随所と大人びた表情に、ごくりと息を呑む。
「それは聖女の輝きと言われ、一番最初に手にした者の願いを叶える宝石なの。その宝石の場所は…………私の心臓よ」
その瞬間、ラフィリアはアルヴィスの短剣を抜き取り──自らの胸を貫いた。
「ちゃんと願って」
そう言い残したラフィリアの声が、残響のように響く。
「ラフィリア!ラフィリア!!」
血を流すラフィリアは、柵に倒れ込む。
アルヴィスは抉られた胸の中、まだ鼓動を続ける心臓にへばりつく、何か硬く輝くものを見た。
(……これは)
血管を引き剥がし、まだ生暖かな心臓からそれを抜き取る。
短剣の柄に輝く宝石と瓜二つのものが、アルヴィスの手により引き摺り出された。
(あ、あ……)
ラフィリアが地面に倒れた。
アルヴィスの脚が、ラフィリアの血で赤に染まっていく──。
アルヴィスは止めどなく涙が溢れるが、そうしている場合ではない。
「何をしている!」
倒れた音で、看守が気付いてしまった。
時間がない──アルヴィスは宝石を包みこむように持つと、目を閉じた。
(シイラとラフィリア……私達は三人で幸せになりたい)
そう願うと次第に音が消え、辺りは真っ暗闇に包まれた。




