嵐の前兆──回想7
「では行ってきます!」
ラフィリアが元気に挨拶をして、馬車に乗り込んでいった。
今日は約束通り、ひまわり畑へラフィリアを連れて行くことになった。ラフィリアがずっと見たいと願っていたのだ。
近距離にあるひまわり畑は、何度か馬車の中から見せたこともあり、農家の人たちも馬車から顔を出すラフィリアを知っている。だから正式に紹介しなければと思っていたのだ。
「ようやく見れる〜楽しみ〜!」
屋敷からほぼ出ない生活をしているラフィリアは、久しぶりのお出かけ。馬車の窓から見る風景を楽しそうに眺めている。
馬車に並んで座るシイラとラフィリアは、お揃いのレースのボンネットを被っている。ラフィリアはシイラと同じ髪色の付け毛を付けているので、余計にそっくりだ。
アルヴィスはそれを前で眺めながら、一人で幸せな時間に浸っていた。
この幸せを守るために、自分は存在するのだと。そう改めて思わされたのだ。
そしてとある広場で、馬車は止まった。
「うわぁ、すごい!」
夏の陽射しをいっぱいに浴びたひまわり畑は、見渡すかぎりの黄金色が続く。
ラフィリアは降りると早速、ひまわり畑の中に駆けて行く。はしゃぎながら駆け回る様子は、普段大人びてる彼女が年相応の子供の顔をしている。
「ラフィリア、あまり遠くへ行かないでね」
優しく呼び止めるシイラの声に、ラフィリアは振り返った。柔らかな太陽の光が、歓迎するようにラフィリアを照らしている。
アルヴィスは、ゆっくりと杖を付きながらラフィリアの後を追いかける。
ふと立ち止まると、吹き抜ける風がひまわりの花を激しく揺らした。
(やはり、妙に育ちがいいな)
今年のひまわりは大分育ちが良い。
特に今年の『ラフィリアと一緒に見に行く』という約束をしてからは連日続く晴れと、ちょうどいいタイミングで振る雨に恵まれた。
「お父様、お母様、見て!」
ラフィリアか指を指す方向を見て、驚いた。
薄い雲がかかる空に──虹色の光の帯が見えるのだ。
それは大きく空一面に架かっている。
「綺麗……」
シイラはぼーっとその虹の帯に見惚れていた。
これは環水平アークという現象で、その後天気が下り坂になる気象現象だ。知識としては知っているが……実際に目の当たりにするのは初めてだし、こんなに大きなものが現れるとは聞いたことがない。
──きっとこの虹は、ラフィリアを歓迎しているのだろう。
「ねぇお父様?」
「何だ?」
「ひまわりって虹色にできないの?」
アレみたいなと言わんばかりに、ラフィリアはじーっとその虹色の帯を見つめている。
「うーん、ひまわりは無理だな」
「じゃあ他の花は??」
様々な色が咲く花は、沢山ある。
薔薇やガーベラ、ダリアなど……しかしそれの栽培は、ひまわり栽培よりも遥かにコストがかかる。
「今は無理だ。だがいつか他の花で、虹色の花畑を作ってみせよう」
「本当?」
「ああ」
きっとその風景は──侯爵家の再生を象徴するものになるのだろう。
ラフィリアが居ればいつかは叶う。そんな気がしたのだ。
そしてしばらくすると、雲が広がってくる。
「雨が振りそうね」
シイラがそう呟くか、ラフィリアは「まだ大丈夫!」と呑気だ。
「お母様、次はこっ……」
何かを言いかけたラフィリアだったが──次の瞬間、サーッと顔から血の気が引く。
「馬車戻る!!」
「ちょっ!ラフィリア!」
駆け出して行くラフィリアを、二人は必死に追いかける。
アルヴィスは杖を付きながら追いかけるが──次の瞬間、立ち止まる。
遠くから、重々しい足音が近づいてきたからだ。
「ラフィリア……」
前にいるラフィリアは護衛のエマルウェルに抱き上げられている。
そしてエマルウェルも、後ろから聞こえる足音の存在に気付き、走って逃げようとした。だが──遅かった。
「止まれ、エマルウェル」
その低く響く声に、時が止まった。
場の空気が一瞬で張り詰める。
ゆっくりと振り返ると……そこには、久しぶりに見るあの人の姿があった。
「ジェイコブ殿下……」
一歩一歩、地を踏み鳴らすような足取りで近付いてくるのは、皇太子ジェイコブだ。
その瞬間、強い風が辺りを駆け抜ける。
ひまわりの茎が大きく曲がり、細いものは次々と音を立てて折れていく。
そしてジェイコブが、抱えられているラフィリアに目をやったその瞬間──突風が吹き荒れ、ラフィリアの帽子が宙を舞う。
(しまった……!)
成す術もなく飛ばされた帽子の下から、青い髪が現れた。
青い髪が、大きく風に揺れている。
「青い髪……聖女か」
ジェイコブは愉快そうに──また憎悪のこもった瞳で、ラフィリアを見つめる。
エマルウェルもごくり、と息を呑んだ。
「去年から妙に侯爵領が潤う秘密を探るため、極秘で視察に来てみたら……思わぬ収穫だったな」
高らかに笑う声が、ひまわり畑に響いた。
──それは今の天気と同じ、嵐の前兆を告げる声だった。




