希望の光2──回想6
ネモフィラが一面に咲き誇る中、三人の子どもたちが駆け回っている。
ラフィリア、レギナルト、フィリッパ。
レギナルトは三歳、フィリッパは二歳だ。
血の繋がりがあるせいか、三人はどこか似た面影を持つ。
その三人を見つめるのは、この家の者にとって何よりも安らぎだった。
「アルヴィス様、ようこそお越しくださいました」
現れたウルフラが、深く頭を下げた。
「不便はないか?」
「いえ全く。うちの子達にも惜しみない支援を感謝します」
「当然だ。君の存在は……シイラの一番の支えだしな」
その言葉に、ウルフラは目を細めた。
使用人を沢山置けないこの状況下で、ウルフラは自分の子供の育児だけでなく、シイラの世話や相談役、秘書といったことも全て引き受けていた。今シイラが一番頼りにしていると言ってもいい。
「私もこの人に随分と支えられておりますので」
二人の会話をこっそりと盗み聞きしていたエマルウェルを、ウルフラは引っ張ってくる。
エマルウェルは照れたように笑っていた。
勿論二人は、最初はぎこちなかった。なんせ強制的な結婚であるのだから、当然だろう。
だけど時間を重ねるにつれ、二人は自然と愛し合う夫婦になっていったのだ。
特にウルフラは、前回の結婚に懲りており……一生独身を貫くつもりだった。その心を溶かしたのは大きい。
──ウルフラが最初に結婚したのは、十五歳の頃。
彼女は若くして商家の息子に見初められ、嫁いだ過去がある。
正直なところ彼女は女性でありながら、親から“剣の筋が良い”という理由で勝手に侯爵家の騎士団に入れられて……目的もなく剣を振るい続ける日々に嫌気が差していた。
なのでさっさと結婚し、侯爵家から離れたのだ。
しかし、若い嫁をこき使うというレベルを超えた“嫁いびり”が激しくなり、何とか離婚し、出戻ってきた。
その結婚当時の帝国法では婚姻に年齢制限はなく、若くして政略結婚により婚姻を結ぶことがちょうど社会問題となっていた時だった。人質のように嫁がされる人が後を絶たず、特に貴族間では絶え間なく問題が起こっており、年齢制限が設けられることになったのは結婚し数年が経った頃の話。
それもあり世間体を気にし、子供を作らなかったからこそ戻って来れたのだと言う。
正直ウルフラはエマルウェルのような、体格の良い男性が苦手だった。それは彼女の家がレーヴライン侯爵家に仕える騎士家系であり、家族はみんな体格が良く豪傑で……敢えてマイナスの言葉を使うなら、ガサツでズボラな性格が目立ち嫌悪していたからだ。それは周りに居た自分よりも弱い騎士も変わらなかった。なので反骨精神からか、それとは正反対の知的な男性を好んでいた。
でも結局エマルウェルと一緒になり、自然と彼に惹かれて行った。エマルウェルは頭も切れるし、何よりもウルフラよりも段違いに強い。帝国随一の強さを誇る彼の前だと、ウルフラでもただの女性だ。
『やっぱり血には逆らえないのか』と思いつつも、彼と一緒に居ることでようやく心の安らぎを得ることができた。
そして二人の間にすぐ、授かったのがレギナルト。
残念ながら男の子であったが、エマルウェルによく似て活発で、騎士としての素質がもう見られる。
そして早くも次の子を妊娠し、翌年産まれたのが女の子。フィリッパというラフィリアのと同じ愛称“フィリー”になる名前を付けた。彼女はラフィリアにすごく懐いていて姉妹に見えるし、レギナルトとラフィリアが並べば双子にも見える。
「ラフィリア、疲れたから休憩する〜、絵本読んで〜」
「もう、仕方ないなぁ」
戻ってきたフィリッパは、ラフィリアに甘える。
甘えられるのは、ラフィリアも満更ではないようだ。
「何にする?お父様がいっぱい絵本持ってきてくれたわ」
ニコニコするラフィリアに(お前が『持ってこないとお母様との二人きりの時間はあげない』って言ったんだろう)と心のなかで悪態をついた。
ラフィリアは絵本を殆ど読まなかったが、フィリッパの為に読んであげたいらしい。
「これにする」
「ええっ、それ嫌だー」
明らかな嫌悪感を向けたその本は、『王さまのさいごのまほう』の絵本だった。
「それは一番有名な絵本だと思うが?」
「だってさぁ、魔法なんてくだらないじゃない。魔法なんて不確かなものに頼るから、大切なことを忘れて行くのよ」
ラフィリアの瞳は、絵本を見ているようで、どこか遠くを見ていて……“大人びている”と言うには、いささか陳腐な表現になるほど、憂いを帯びた瞳をしていた。
「でも“初恋の魔法”に頼ってるお父様に言っても、わっかんないか〜」
「……うるさい」
茶化すラフィリアに、軽く拳骨を食らわせる。
ラフィリアは頬をぷくっと膨らませて「しーらないっ」とむくれていた。
そしてその夜。
久しぶりに談話室の暖炉の前に、家族が揃った。
「ラフィリア、ちょうどひまわり畑が満開だ。明日見に行こう」
「いいの!?」
「ああ」
「やったぁ、ようやく行ける!」
ラフィリアはぱっと顔を輝かせる。
ちょうどラフィリアの案から始まったひまわり栽培が、開花の最盛期を迎えていたのだ。
「だけど、約束はわかるか?」
「“帽子を外さない”」
「うん、よし」
頭を撫でると、シイラに似た細い髪質の、輝く青が絡みつく。
「じゃあ早く寝ます!おやすみなさい!」
ラフィリアは何も聞かず、一目散に走っていった。
「仕方ないから、お母様は譲ってあげる〜!」
とアルヴィスに言葉を投げながら。
「……行っちゃったね」
シイラは台風一過のような部屋の空気に、呆然と呟いた。
(……触れたい)
月に数日しか会えなくても、愛おしさは募ってゆく。
部屋には二人だけ。初めて今日、二人きりになれた。
ようやく胸の奥に燻る思いをぶつけられると思った、その瞬間──
「そうだ!早速あなたに見てほしいものがあるの」
シイラはそう言って、奥へと行ってしまった。
せっかくのチャンスに、少しがっかりしてしまう。
そしてすぐにシイラは、パタパタと小走りでもどってきた。
「これ、見てください」
シイラが持ってきたものは、一見すると最近流行り始めた鏡のコンパクトのように見える。
しかし開くと、片面には肌色の軟膏が詰めてあった。
「完成しました。肌色の痣を隠す軟膏……」
「ようやくか」
それはシイラがその存在を知ってから、寝る間を惜しんで実験を重ねていたものだ。アルヴィスも夜遅くまで机に向かう彼女を見守っていた。
「はい。やはり現在戦争中のノクティースの文献は、なかなか手に入りづらくて、配合はかなりオリジナルになってます」
薬学書を読むにつれ、最近開戦したノクティースという小さな国が薬学に精通していることを知った。そしてノクティースの文献を集めてみると、“美容薬”についても研究が盛んだという情報を手にしたのだ。
(何々?『戦死した兵士の遺体の搬送は非常に時間がかかる為、遺体保存の為の防腐の技術や生前の見た目に近付ける肌色の軟膏など……?』)
ある日文献を読んでいた際に、こんな記述があったのだ。
その瞬間、閃いたのだ。
聖痕を隠す軟膏があれば、と。
そしてひたすら研究を重ねた結果、この軟膏に辿り着いた。
そしてシイラは次に、毛染めに着目した。
ラフィリアは外出の際、今は付け毛の帽子やかつらを被って過ごしている。だけど子供も安心安全な毛染めを作ることができたら、彼女を堂々と前に立たせてやることができる。
「毛染めの研究も大分進みました。このまま行けば、フィリッパを代役に立てなくても……」
静かに微笑むシイラに向かい、アルヴィスは最後まで聞く前に強く抱きしめた。
ようやく触れられた温もりを、いつまでも噛み締めるように。




