希望の光1──回想5
そうして四年の歳月が流れた。
帝国の情勢は、相変わらず停滞したままだ。
戦争狂の皇帝と、皇太子となったジェイコブは、まるで息をするように次々と戦火を拡げていく。貴族たちの財を巻き上げながら、皇室はそれを糧に他国への侵攻を続けていた。
特にレーヴライン侯爵家は“出兵しない代償”と言わんばかりに、傀儡となり徹底的に搾取され続けていた。
それでも……ほんの少しづつではあるけれど、一人の少女によって状況は変わり始めていた。
──まさに少女は侯爵家の救世主であった。
「お母様、そろそろ来るわよ」
小さな手でシイラの袖を引いたのは、青い髪の少女──ラフィリアだ。シイラの幼い頃の面影を残しながら、アルヴィスと同じ紫色の瞳が輝く。
彼女はすくすくと大きくなり、四歳を迎えた。
「ほら、早く!」
「え、ええ……」
引かれるままに外へ出ると、ラフィリアは庭に向かって大きく叫んだ。
「おーい!みんなー!」
駆け寄ってきたのは、エマルウェルと、その子供達──レギナルトとフィリッパだった。
「お父様が来るわよ!」
ラフィリアは二人の手を掴むと、そのまま門の方へと走り出していく。
そしてしばらくすると、屋敷の前に一台の馬車が止まった。
扉が開き、降りてきたのはアルヴィスだ。
彼は仕事の合間を縫って、一ヶ月に数日は必ずここに滞在するようにしていた。
「問題はなかったか?」
「はい、お陰様で」
シイラとアルヴィスは、あくまで事務的なやり取りをするが──ラフィリアはそれを腕を組んで、じっと見上げている。
「お父様、まずはお母様に『一刻も早く会いたかった』って言って抱きしめるのが先じゃないの?」
「……会いたかったよ、シイラ」
アルヴィスは髪をかきあげ、照れながらそう言った。
しかしラフィリアは満足しない。
「あのさぁお父様、今どき“ツンデレ”なんて流行らないし、お母様は“王子様みたいな人”が好きなんだから、そんなんじゃ初恋の魔法は解けちゃうわよ」
「ラ、ラフィリア!」
声をわなわな震わせるアルヴィスに、シイラは顔を真っ赤に染めて……エマルウェル達はクスクスと笑いながら三人を見つめていた。
ラフィリアは四歳という年齢にしては、非常に弁が立つ。大人は常に言い負かされている状況で、聖女と言うのはいささか生意気なのでは?と、関わった大人全員が思うほど。
だけど、いつも彼女の言うことは的確で、確実に好転する未来へ導いてくれていた。
例えば、別荘の周りの荒れた畑を見た時のこと。
戦の影響で物資は滞り土壌は痩せ……更に干ばつも重なり、穀物の植え付けは絶望的とされていた。
そんな時、ラフィリアが無邪気に言ったのだ。
「じゃあ、お花畑にしようよ!」
アルヴィスは突拍子もなく、子供らしい発想に驚いたが……どう子供に向けて説得すれば良いのかわからない。
「いや、それはだな、ラフィリア……」
「ひまわりってどこでも咲いてるじゃない?あんな所とか咲いてるし、ダメなの?」
それは岩の隙間から芽を出していた、季節外れのひまわりだ。
その時アルヴィスは、はっとした。
先の戦争で、海外からの物資が滞っており、そのうちの一つが食用油だった。オリーブ油などの輸入に頼っていた食物油が全く手に入らず、動物性のラードなどの油に頼っている状況だったのだ。
──ひまわりは、種から油が取れる。
どうせ一年は休耕が必要な畑なのだ。試してみる価値はあるだろうと思いひまわりを植えてみたら……結果は、予想以上だった。
特にその年の気候はひまわりの栽培に適しており、一面に咲き誇る黄金の花々が咲き、やがて油に加工された。
ひまわり油は瞬く間に評判となり、ボロボロだった侯爵家の財政は、ゆっくりと立て直しが始まったのだ。
またシイラの母、エミリーも彼女によって、救われた一人だ。
彼女は長い間、原因不明の不調に悩まされていたが、皇都を離れたことで少しは症状は和らいだ。
それでも根本的な解決には程遠く、頭痛や吐き気と戦う日々を送っていた。
それは些細なきっかけにより、驚くべきほど好転した。
「ちょっとラフィリア!」
まだ歩きもおぼつかない頃のラフィリアが、庭の花を口にしたのだ。
いつも大人しいラフィリアが、こんな突拍子もない行動をしたのは始めてだった。
慌てて吐き出させ、その花に毒性が無いかを調べたところ──それはオウロンという花だった。
(何々?根は煎じれば薬になり、消炎、止血、瀉下などの効果があり、過敏症にも……)
その文献を読みながら、シイラは目が覚める思いだった。
──母の症状は過敏症に酷似している。
そして見様見真似で、煎じて生薬を作りエミリーに飲ませた。
すると驚くほどの効果を発揮し、エミリーは驚くべき速度で回復していったのだった。
その他にも、ラフィリアは天気を必ず当てることができたり……その年の干ばつや、これから起こり得る災害についても当てることができた。
「お父様、絶っっ対に来週の雨が降ったら、向こうの川には行かないでね」
「どうしてだ?」
「だって近くの山が崩れるんだもん。危険よ」
まさか……とは思ったが、しっかりと調査をさせると、確かにその部分の地盤は緩んでいた。
例年以上の大雨が降り、ラフィリアの指摘がなければ、あの一帯は壊滅していただろう。
こんな感じで、彼女に救われることが後を経たない。
──聖女の力は本当なのだな。
そう改めて思わざる得なかった。




