『聖女』の事実──回想4
二人の結婚式は、あくまで簡素に、ひっそりと行われた。
教皇を家に呼んで、ただ誓約書にサインするだけ。
参列者は家族と使用人だけの、使い古された正装で行った式だった。
──そしてその夜、迎えた初夜。
先に戻ったアルヴィスを追いかけて、まだドレスのまま夫婦の寝室に向かう。
ベッドに横たわるのは、ガウン一枚だけを纏ったアルヴィス。
「シイラ、おいで」
シイラをベッドの側に呼ぶと、アルヴィスはドレスの紐を解いていく。
失った指があれば、もう少し早く、丁寧にできたのに──そんなことを思いながら解いていった。
そしてアルヴィスは最後に残った頭に輝くティアラを、慎重に外す。それは月明かりの下に降臨した、天使の輪を外しているような、妙な背徳感があった。
無事に初夜を迎えた二人だが──アルヴィスはそれ以降、毎日シイラと繋がることを渇望した。
脚がないアルヴィスとの営みは、シイラ側の負担が大きい。それをわかっていたからこそ、ペレザンス伯爵家は婚約解消をした。
それをわかっていながらも、アルヴィスは止められなかった。
シイラをこの腕の中で乱れさせることが、燻り続けた支配欲を満たす。そして何よりも、冷えた心を癒す存在として、シイラと繋がることを渇望し求めていたのだ。
おかげでシイラは、ベッドにいる時間が長く、職務を満足に行えない状態になった。
それでも子供を身籠ることがシイラの一番の役目なので、侯爵家の者は何も文句は言わなかった。
だけど何ヶ月が過ぎても、子供を授からない。
──どうにかして授かりたい。
その思いで手にしたのが、薬物図鑑であった。
(へえー薬草の効果って、面白い)
シイラはとりあえず、妊娠に効きそうなハーブを片っ端から試していくことにした。
他にも滋養強壮のハーブを組み合わせ、ハーブティーを作ることも覚えた。これがすごく楽しかったのだ。
そしてシイラの努力の甲斐もあり、結婚して一年後、ようやく子供を授かったのだ。
しかしこれが、更なる波乱の幕開けとなった──。
妊娠は皇室を警戒し、内密とされた。
しかし誕生した際には、教皇宛に届出を出さなければ侯爵家の一員として、つまり貴族として認められない。
その事に頭を悩ませていると──予定よりも随分早く、シイラが産気づいてしまったのだ。
「こ、これは……!」
出産は順調で、陣痛の痛みも長引かずに産まれた。
予定日よりも随分早く出てきたのにも関わらず、子供の大きさも少し小さいぐらいで、きちんと産声も上げた。
シイラの出血も思ったほど多くは無く、母体の問題も無さそうな雰囲気であった。
しかし……ただ一つの問題を覗いて。
シイラはあまりの衝撃に、感動よりも前に言葉を失っていた。
「……はい。やはり両腕に、聖痕があります」
赤子を産湯に浸からせた産婆は、そう震えながら呟いた。
産まれた赤子は──青い髪と、両腕に聖痕を持つ“聖女”だったのだ。
この事は、侯爵家の中でも一部だけ──立ち会ったアルヴィスとエミリーの他にはドロテア、エマルウェルのみに伝えられ、それ以外は極秘とされた。
──今の情勢を考慮すれば、この聖女の存在を明かすわけにはいかない。
明らかに劣勢なこの状況下で、聖女の存在が明らかになったのなら……ジェイコブは容赦なく潰してくるだろう。最悪彼女は奪われる。
どうにか彼女の存在がバレるまでに、打開策を練らなければいけない。
「とりあえずシイラと子供は、『産後の体調』を理由に、領地の別荘に行ってもらうことにします。なるべく時間を稼ぎたい」
「そうですね。体調悪化を理由として……せっかくだしエミリーにも、静養を兼ねて行ってもらいましょうか」
アルヴィスとドロテアの二人は、こっそりと執務室にて今後を話し合っていた。
そこにノックをして、とある人が入ってくる。
「兄貴……」
エマルウェルだった。エマルウェルは神妙な顔をしながらも、しっかりを目を見据えて、アルヴィスに切り出す。
「アルヴィス様、頼みがあります」
アルヴィスもちょうど彼に頼みたいことがあった。
「私もちょうど頼みがあった。シイラと子供を別荘に行かせるので、兄貴も同行してくれないか?」
「それについては承知しました。では、同行者として私に結婚相手を紹介してもらえますか?」
「ん?」
何を唐突なことを……と半ば呆れたが──続くエマルウェルの発言に、耳を疑った。
「私のように体格が良く、背が高い者で、瞳は茶色かドロテア夫人のような青に近い色、そして髪色はブラウンからブロンドのような色がいいでしょう。そして何よりも……レーヴライン侯爵家を裏切らない人。これが条件です」
(まさか……)
アルヴィスも、ドロテアも目を見開いて、エマルウェルを見つめた。
「私とシイラは親族なので、ある程度容姿の特徴が被ります。そして私は幼い頃から体格が良く、一歳ほど上に見られることが多かった。なのでそれらの特徴を引き継ぐ子供が産まれれば……」
──その子供を“替え玉”として、聖女の存在を誤魔化すことができる。
「兄貴……」
彼にそこまで、この侯爵家に人生を賭けさせる気はなかった。
命の恩人に、不甲斐ない提案をさせてしまった悔しさが勝る。
「……いいでしょう。私があなたの相手を紹介します」
ドロテアはコクリと頷き、そう言った。
「エマルウェル、あなたはウルフラと結婚してもらいます。私達が信頼してる家臣の娘です。ただ、彼女は過去に婚姻歴があります」
(えーっと婚姻歴があるということは……)
そう一瞬考えたエマルウェルであったが。
「別にバツイチだろうと気にしませんよ、ドロテア夫人」
いつもの砕けたような、皮肉じみた笑顔を浮かべるエマルウェル。
「若すぎない方が安心ですし」と呟いた言葉に、ようやく二人は安堵の笑みが漏れた。
成功する確率は物凄く低いけれど──何もしないよりはいい。
打てる手は殆ど残っておらず、このまま滅亡に向かうよりも、最後まで足掻きたかったのだ。
そして何よりも──
「ウルフラはあなたのような、包容力がある人が似合うと思っていたのよ」というドロテアの話を聞くのは、もう少し先の話である。
そして産まれたばかりの子供を連れて、シイラ達は別荘に向かうことになった。
出発前、三人で過ごす最後の時間がやってきた。
「アルヴィス、この子に名前を付けてください」
名付け候補はいくつかあったが、じっくりと考える時間もなくここまで来てしまった。
だけどこの子を一目見て、アルヴィスはこの名前に決めた。
「ラフィリア、にしよう。古代語で『もう一度訪れる幸福』という意味がある」
この子が産まれたことは幸福への道か、不幸への道なのか
誰にもそれは、わからない。だけど──。
「もう一度侯爵家を復興し、三人で幸せへの道を歩こう」
そう言ってアルヴィスは、ラフィリアを抱くシイラを抱きしめた。
──そうしてシイラ達は、別荘へと旅立って行った。




