レーヴライン侯爵家の血筋──回想1
レーヴライン侯爵家というのは、脈々と続く歴史の中でも異質な存在であった。
どれだけの権力を誇る者が潰そうとしても、一向に途絶えることはない。逆境に立たされても、不思議と返り咲く。そんな不思議な存在であった──。
そしてまた、レーヴライン侯爵家を途絶えさせようとする者が現れた。
アルヴィスの回帰は、それの戦いとの歴史であった。
**
「お母様、帰りましょう」
その日はいつも墓の前で祈りを捧げる日であった。母ドロテアはいつも決まってこの日は、墓を訪れ女神に祈りを捧げる。
“生まれなかった子”を思い、祈りを捧げる日だ。
「……そうね」
辺りは既に夕日が照らしていた。
長い影を踏みながら、二人で馬車まで向かう。
「あなたまで失うのではないかと不安よ」
ドロテアはそう言いながら、寂しそうに微笑んだ。
つい先日、皇室から一方的に『戦争の準備を始めるので帝国騎士団に従事せよ』という、いわゆる徴兵命令が出されたばかりだった。
「大丈夫ですよ、レーヴライン侯爵家に恥じぬよう、生き抜きます」
そうアルヴィスが言うと、ドロテアはまた寂しそうに微笑んだ。
「どうして私達ばかり、なのでしょうね」
皇室は明らかにレーヴライン侯爵家を目の敵にしている。
それはもはや、この帝国の習わしと言ってもいい程──
どこから続く歴史なのかは、わからない。
『併合した国の王族の血を引く』というだけで目の敵にされ……それが帝国の貴族を分断する理由になろうとも、続いていた。
──まさかの報せは、その直後に届いた。
「旦那様が大怪我を負い、旦那様を庇ったクニューベル男爵は、そのまま……」
父パルドリックと一緒に視察に行ったはずの者が、伝令として戻ってきた。
彼も足を負傷していて、必死に帰ってきたのだと言うのがわかった。
ドロテアはすぐに準備を済ませ、行ってしまった。
アルヴィスは一人残された屋敷で帰りを待った。
そして戻ってきた父は……包帯が幾重にも巻かれ、自力歩行ができない程の大怪我を負っていた。
ショックで言葉にならなかった。
だがショックを受けている場合ではない。
次期領主として、気丈に振る舞わなければ──それでなければ、失脚を狙う者に付け込まれてしまう。
そんな張り詰めた毎日を送る中で、彼の唯一の救いは……父と一緒にやってきた女の子、シイラだった。
「アルヴィス、クニューベル男爵の御息女、シイラよ。うちの侍女候補として引き取ります」
アルヴィスはシイラを一目見て、気に入った。
彼女は特別、容姿に何か特徴があるわけではない、茶色の瞳にダークブロンドに近い髪色はこの国では一般的で、年相応の可愛らしい雰囲気はあったが、貴族の中では埋没してしまうような出で立ちだ。
それでも彼女の愛らしい微笑みに、どこか張り詰めていた心の安らぎを覚えた。
例えるなら天使の降臨場面のような、心に差す一筋の光になっていた。
彼女はいずれ、平民に降格となる。
だからいくら思い入れをしても意味はない。だから思い出の一つぐらいは欲しかった。
彼女に対する優しさは、そういう思いからも来ていた。
「シイラ、おいで。屋敷を案内するよ」
アルヴィスは自ら屋敷の案内を勝って出て、シイラを案内した。
その途中、彼女をあの場所まで連れて行った──
「どう?」
「ネモフィラ……」
案内した子供の頃の遊び場には、ほんの少しだけネモフィラが咲いていた。前に鉢植えで咲かせていた花から溢れ落ちた種が、地面から芽を出して咲いたものだった。
「ネモフィラは、うちの庭にも咲いていたんです」
彼女は寂しそうに、ネモフィラを見つめていた。
涙で滲んだ瞳が宝石のように煌めく。その表情に胸が締め付けられると同時に、渇望に似た感情を抱いた。
「じゃあシイラ、この場所を二人の秘密の場所にしよう。『あの場所で』と言ったらここにおいで」
そうして強引に約束させて、あの場所は二人の秘密の場所となった。
ここで二人は、逢瀬を重ねた。
いつも言い出すのはアルヴィスから。
侍女としての勉強する彼女を連れ出して、自分の相手をさせていた。
それは端から見れば“慣れない環境で頑張っている””年が近い””恩人の子”を気遣う姿に見えた。
だからそこに意を唱えるものは居なかった──ただ一人を除いて。
「いくら恩人の娘であっても、婚約者が居ながら女性と二人で会うのは感心しませんわ」
そう言い放つのは、レイチェル・ペレザンス伯爵令嬢。
歳が近い二人は、元々幼い頃から婚約者候補であったが、アルヴィスの召集が下されると同時に正式な婚約に至った。
「とは言っても、屋敷に連れてくることになった責任は感じている……ここには年の近い者も居ないし」
「別に愛人として囲うには問題ありませんが、結婚前から続いていたとなると体裁が……そうでしょ?」
彼女は良くも悪くも、『貴族令嬢』だ。
自分の感情を切り捨て、家にとっての“損得”で物事を考え、しっかり線引きできる“模範的な”貴族令嬢である。
この結婚も、脱帝国の為に他国との同盟を内密に進めているペレザンス伯爵家が、『利用価値がある』と踏んで持ちかけた婚約だった。婚約にレイチェルの意思は無い。
「彼女を愛人として囲うつもりはないよ。恋愛感情は無いから」
アルヴィスはそう取り繕うのが精一杯だった。
シイラも『恋愛感情は無い』と聞かされていながら、アルヴィスへの慕情は止められなかった。
慣れない場所で優しくしてくれる、国一番と言ってもいい美形の男の子を好きにならない理由はない。
そしてその思いは、アルヴィスもわかっていた。
『自分に恋をしている』ことをわかっていたからこそ、二人はこの“疑似恋愛ごっこ”を続けていたのだった。
──決して結ばれることはないと割り切りながら。
だからシイラはレイチェルに対しても、割り切って接しているはずだった。
それでも……二人がお茶をする場面を見ては、一人で心を痛めていた。
それでも彼の側に居続けたのは、ここがレーヴライン侯爵家という特殊な家門だったからだ。
「うちは敵が多い。だから一人でも多く、味方を作っておきたいのよ」
ドロテアはそう言って、シイラと母エミリーを取り入れていた。貴族ではなくなったが、元貴族という肩書きがあり、行き場のない二人は絶対に裏切らずに手元に置いておける。最初はそういう打算からだった。
現にドロテアは、酷い裏切りにあった過去がある。
「私は第二子を妊娠中、実家でのお茶会で毒を盛られてしまったのよ」
──それがきっかけで子供は流れてしまい、以後身籠ることはなかった。
だからこそ、絶対に裏切らない人材を欲しており……そこにエミリーは最適であったのだ。
夫を失ったエミリーをドロテアが支え、またそれは逆もしかり。侯爵夫人として一人で奮闘するドロテアをエミリーが支えた。
そういう二人を見ていたからこそ、シイラは侯爵家の役に立つよう、侯爵家の為に生きることに決めたのだ。
そして十五歳になると、アルヴィスに正式な召集令が下された。国境付近の駐屯地に送られることが決まった。
見送りは侯爵家で働く者、全員で行われた。
徐々に回復しているパルドリックを、エミリーが支えて、門の前に皆が並んだ。
「では、お母様、お父様、行ってきます」
ドロテアは今生の別れのように、涙を流していた。
それを隣で支えていたのは、シイラだった。
「シイラ、二人をよろしくね」
最後にアルヴィスは、そう言いながらシイラの頭を撫でた。
「アルヴィス様……」
「何?」
「手紙を書きます。だから……」
言葉に詰まるシイラに、優しく笑いかける。
「ありがとう。待ってるよ」
そしてアルヴィスは、戦場へと旅立って行った。




