奇妙な結婚式
──再びハンベルリ帝国の皇宮に、荘厳な鐘の音が幾重にも重なって響き渡った。
しかし皇帝の即位式後、祝賀会で賑わった大広間は……権威の象徴である豪華な飾りを残したまま、今はただがらんとした空虚に支配されていた。
しかも中央に設置された簡素な祭壇が、余計に異様な空気を纏わせている。
──変な感じだな。
そう呟くのは、今まさに到着した、ウェディングドレス姿のシイラであった。
遡ること、一ヶ月ほど前。
シイラとアルヴィスは、結婚に向けて動いていた。
幸いにもファンデーションの売り上げは好調で、コスメティックギルドは結成されたばかりにも関わらず、一気に社交界のみならず、世間の話題の中心となった。
そのタイミングで二人の婚姻を発表することで、更にコスメティックの開発に期待を向けられることにもなり、二人の結婚を“貴賎結婚”だという者も居なくなっていた。
結局アルヴィスの恋に狂ったという印象は消えなかったが、彼のビジネスの目利きは確かだと言う、よくわからない好感度は上がっている。
とは言え早急に結婚を進めた二人だったが、シイラもアルヴィスも、大々的に結婚式をすることには否定的であった。
ただでさえ敵が多く、両家の失脚を狙う者も数多い。
その中で、『シイラの美しさで余計な敵を作りたくない』アルヴィスと『侯爵家の威厳ある態度を人前で崩して欲しくない』シイラの利害が一致したというべきか。
表向きの理由は『侯爵領で働く者の為に』領地の教会に教皇を呼び、身内だけの穏やかな式にする予定であった。
だがそこに横槍を入れたのは──皇帝のオズヴァルトだった。
「レーヴライン侯爵家の結婚式が、皇宮で行わないのは何事か?!」と、わざわざそれを言うために皇宮に二人揃って呼び出されたのだ。
皇帝は『侯爵家との揺るがない絆』を見せつけたいのだろう。それの誇示に、この結婚式を利用しようとした。
『皇帝陛下の元で行う結婚式』というものは、何よりも貴族にとってステータスであるのだが……皇室に匹敵する権力を持つレーヴライン侯爵家が、わざわざ皇帝の下で結婚式を行うとなると、また意味合いが違ってくる。
結局、こちらの要望である『参列者を呼ばないなら』という条件を皇帝が呑み、二人の式は皇宮で実施されることになった。
ぎゃふんと言わせてやろうかとも考えたけれど、いつか使う”政治の道具”として取っておく価値はあるだろう。そう考えたから二人は大人しく、皇帝に花を持たせることにしたのだ。
(いやーでもこれは違うんじゃない?)
始まりの鐘が鳴ってすぐ、違和感が湧いてくる。
まず祭壇の構図が変なのだ。
本来祭壇の中央に立つべきなのは、教皇のはず。
だが彼は一歩引いた位置にいる。教皇の代わりに中央立っているのは、皇帝だ。
いくら教会の権威が弱くなったとはいえ、これは逸脱しているだろう。
うーん?と顔が引き攣るシイラの後ろで、大きく息を吐いているのはアルヴィスだ。
「私達に重要なのは、式ではない」
とは言いつつ、彼も気分は沈んでいる。
元々結婚式の為に領地の教会を建て直していたが、それも無駄になってしまったのだから。
(これが、レーヴライン侯爵家に嫁ぐということなのね)
そう無理矢理自分を納得させて、アルヴィスの腕に手を回す。そして二人でゆっくりと、祭壇に向かって歩いていった。
「帝国法と両家の誓約に基づき、婚姻をここに執り行う」
皇帝の高らかな声が響いた。
そして出された誓約書にサインをする。
最初はアルヴィスがペンを取った。
ペンを走らせるアルヴィスに、皇帝は鋭い眼差しを向ける。今までに見たことのない、不穏に満ちた眼差しにシイラは震えた。
そしてシイラにペンと誓約書が渡る。
震えるシイラの手をアルヴィスが支えると、ようやく心が落ち着いた。
(……この誓約書は、皇帝のためじゃないんだから)
この誓約書は、アルヴィスとこれからも生きて行くためのもの。
──例えあなたが邪魔をしようとも
そう気を確かに、シイラはペンを走らせた。
「では誓いの宣言を」
教皇がようやく口を開き、二人は向かい合う。
先に視線を送られたのは、シイラだった。
「この名に懸けて、この方を伴侶とし、正しく生きることを誓います」
あくまで簡素な、誓いの言葉を述べる。
アルヴィスに視線が行くと、彼も堂々と誓いの言葉を述べた。
「この名に懸けて、いかなる運命にあっても、死が二人を分かつまで……いや、死した後も私はシイラを守り、愛することを誓います」
──例えこの国の理に背こうとも、愛し抜きます
最後の一文に、教皇は顔が強張る。
シイラも少し焦る。だがこの挑発とも言える発言に、皇帝は『面白い』と言いたげな意味深な笑みを浮かべていた。
教皇が宣言した。
「これをもって、両名の婚姻は成立した」
二人が口づけを交わすと、一番最初に拍手を送るのは、皇帝オズヴァルト。
次に後ろからも拍手が聞こえてくる。それはアルヴィスの両親とシイラの両親。
広い大広間に、たったそれだけの人数の拍手が響き、結婚式は静かに終わった。
そして式の後は、早々に侯爵邸に向かう馬車に乗り込む。
馬車の中は、初めて夫婦の二人きりの時間だ。
「変な式だったわね」
気が緩んだシイラは、ポツリとそう零した。
アルヴィスも苦笑いしている。
「これで皇帝への貸しはできた」
形式がどうであれ、あくまで皇帝が立ち会ったという事実が重要なのだそう。
「まぁ今日からは、あなたとじっくり過ごせるけれど」
アルヴィスはシイラをじっと見つめた。
「……今までが!忙しすぎだろう!」
そう叫びながら、シイラを抱き寄せる。
今までギルドの書類の為や、更なる増産体制の話し合いなどで、二人で侯爵領と男爵領を回る日々を送っていた。
そしてようやく皇都に帰ってきたところて、今日の結婚式。
そこまで急ぐ必要が?とは思ったが、アルヴィスは一刻も早くシイラと結婚する為に動いており、そのすごい剣幕に、シイラは口を出せなかった。
恐らくだが、シイラの記憶が戻った時、一番近くで支えられるように──そういう思いがあったのだろう。
だが結局シイラはこれ以上、記憶が戻ることは無かった。
でももし記憶が戻ったとしても、シイラも覚悟はできている。それに──アルヴィスが隣に居る。
それだけで安心するのだ。
「さあ、到着するよ」
馬車が止まると、アルヴィスはシイラをそっと抱き上げた。まるで大切な宝物を扱うように。
外に出ると、太陽はまだ高い。暖かな光が侯爵邸を包み込むように照らしていた。
「おめでとうございます」
侯爵家の使用人たちは、いつもと違う、花弁のシャワーで二人を出迎えた。
太陽に照らされた花弁は七色に輝き、祝福のように二人に振り注ぐ。
そこでようやく、夫婦になった実感が湧いてきた。
アルヴィスはシイラを降ろすと、顔を近づける。
交わされる口付けは、さっきの誓いのキスよりも強く──これが本当の誓いのキスなのだと、そう思うキスだった。
「悪いが、今日は二人だけで過ごしたい」
アルヴィスがそう言って、またシイラを抱える。
「翌日まで、部屋への訪問は不要だ」
そう高らかに言うと、足早に玄関の扉をくぐり抜けて行った。




