ついに明らかになる真相
侯爵邸の静まり返った廊下に、カンカンと靴音が響き渡る。
「シイラ、この状況は何なんだ?」
「私!監禁されてる!」
不意に出た言葉は間違っているかも知れない。
それでも、その言葉が一番しっくり来た。
ドレスの裾を掴み上げ、息を切らしながら走る。隣を並走するエマルウェルの息は一切乱れない。むしろ、周囲を警戒して見回す余裕すらある。
「シイラ、遅い」
「うるさい!」
言い返しながらも、既に息が切れそうだ。そして踊り場に続く階段に差し掛かった瞬間だった。
「ちょいと失礼」
「えっ……!」
次の瞬間、シイラの足がふわりと浮いた。
エマルウェルはシイラを抱え上げ、そのまま階段を飛び降りた。重力が一瞬消え、次に叩きつけられるような衝撃が全身に響いた。
それだけの衝撃だったが、彼は難なく着地し、そのままシイラを抱え走っていく。
「ちょ、ちょっと降ろして!」
「捕まってもいいのか?!」
そのまま裏口を抜けると、外に出る。厩舎まで一気に走り抜けると、ようやくシイラは地面に降ろされた。
シイラの方が荒い呼吸で、エマルウェルはけろっとしている。もはや超人だ。
「シイラ、とりあえず男爵家に戻るか……?」
「当たり前じゃない!!」
考えるまでもない。ここにいたら……捕まる。
いや、もう捕まっているのだけれど。
二人は馬に飛び乗ると、夜の闇を切り裂くように駆け出した。
まだ夜明けは遠く、夜が最も深く沈む時間だ。
当然到着した男爵家も、灯りが落ちて真っ暗。
しかし慌ただしくシイラがドアを開けると、静かに蝋燭の光が灯った。
「シイラ……!?」
両親がこの騒ぎで顔を出した。
その瞬間──シイラの張り詰めていたものが、ぷつりと切れた。
「……っ、お父様……お母様!」
気が付けば涙が溢れた。
シイラは自分でも驚くほど、声を上げて泣いていた。
ようやく安心したのだと自覚する。
ひとしきり泣いた後で、とりあえず今の状況を説明することになった。
わけもわからず侯爵家から出れないのだと、訴える。
だが両親が侯爵家から聞かされていたものは、少し違うようだ。
「『シイラが危険な目に遭うかも知れない。だから侯爵家で守る』と、そう言われた……」
確かに、この今ギルドの結成に向けて動いている中で、何かしらの不審な動きがあってもおかしくはない。
でも、だ。
(私、何も聞かされていない……)
守られているようで……明らかにシイラは除け者にされている。
それが悔しくて、唇を噛んだ。
「……とりあえず、一人になりたい」
そう伝えると、両親はシイラの肩を抱く。何も言わないけれど──ポンポンと肩を叩く手は暖かい。心配でたまらないが、深く聞くことはせず、今はシイラの意志を尊重して見守ろうとしてくれるのだ。
自室に戻った瞬間、ようやく気持ちも落ち着いた。だけれど──
(連れ戻されるだろう、な)
アルヴィスは追ってくるだろう。
それに両親がどれだけ抵抗しても、彼は止められる相手ではない。強引に部屋に押し入られる可能性もある。
だから早急に、どうしたいのかの答えを出さなきゃいけないのに……どうすればいいのか分からない。
逃げるのか?向き合うのか?
答えの出ない問いを頭に巡らせていると、いつの間にか意識は眠りの中に沈んでいった。
そして気が付けば、部屋に朝日が差していた。
まさかの朝を迎えられたことに、シイラ自身おどろいていた。
しかし予想は、外れない。
応接室の方から──聞き慣れた声がする。アルヴィスの声だ。
「しかし娘は憔悴しきっておりまして……」
「いくらアルヴィス様といえ、少しこの状況には疑問で」
両親もエマルウェルも、必死に引き止めているのが分かる。それでも、時間の問題だろう。
シイラは目を閉じた。
一晩じっくりと考えた。
彼のことは──アルヴィスのことは好きだ。
それは、本当だ。
だから本来なら、時間をかけて自然に、流れに任せて結婚へと進ませればいいのだ。
それなのに──
(あの別荘から……)
あそこから帰ってから、何かが変わった。
まるでそれは……何かを隠しているように。
愛の言葉で、塗り固めているようだ。
(……逃げちゃだめ)
シイラは気合を入れて、応接室のドアをノックした。
入ると一気に、空気が張り詰める。
「シイラ!」
止めようとする両親を制し、アルヴィスの前に立つ。
「部屋で話しましょう、二人だけで」
シイラが初めて見せる、真剣な眼差しに息を呑んでたじろぐ。
そして一瞬だけ目を細め、それから静かに頷いた。
そして人払いをして部屋に入ると、シイラは彼をソファへ座らせる。
自分はその正面に立ったまま。視線を逸らさず。
アルヴィスはシイラの初めて見せる顔に、珍しく戸惑ったような顔をしていた。
「あなた」
「いきなり『あなた』は照れる」
(……ここでもかい!)
思わず額を押さえる。ダメだこりゃ……と大きなため息をつく。
「結婚話を早急に進めすぎたのは謝ろう」
意外なことに、アルヴィスの方が頭を下げた。
だけどその瞬間、遮るようにシイラは言う。
「私に隠していること、ありますよね?」
ぴたり、と動きが止まる。
そして目が泳ぐのを逃さなかった。
「すまない、破瓜のシーツは切り取って保存を……」
「そうじゃなくて」
気持ち悪っ!と思わず顔を叩きそうになったが、ぐっと堪える。
「あなたは、ずっと何かを隠している。愛の言葉で誤魔化しながら、ずっと……」
正直な話をすると、少し怖い。
だって彼も……それこそ一生、シイラに嘘を付き続けるという覚悟をもっているということなのだから。
(それでも……)
シイラはぐっと、拳を握りしめる。
「それが分からない限り、私は結婚できない」
そうはっきりと言い切った。
アルヴィスはしばらく沈黙した。何か考えを巡らせているようで、何度もいいかけては口を閉ざす。
そしてようやく、静かに口を開く。
「確かにあなたに言ってないことはある。だが、私の口からは言わない方が良いだろう」
「どうして!」
思わず詰め寄るが、アルヴィスは目を伏せて、視線を合わせない。
「私はただ、あなたに幸せな夢を見てて欲しい。幸せな、ずっと覚めない夢を……」
「でも夢は、いつか覚めてしまう」
「それでも……あなたは夢の中で、一生を終えて欲しい」
アルヴィスはシイラに手を伸ばしかけたが、すぐに引っ込んだ。
触れたいのに、触れてはいけない。そんな葛藤を抱えているのだろう。
シイラはまっすぐに、アルヴィスの目を覗き込む。
「私はもう、夢だとわかってしまった。だから覚めなければ、先には進めないの」
「……それが『自分が壊れてしまうもの』でも?」
一瞬、息が詰まった。
けれど──
「……当たり前じゃない。違和感を抱えたまま、後悔したまま生きるのは嫌なの」
はっきりとシイラは言い切った。
このまま、ただ“作られた夢”の中で葛藤を抱えて終わるより、夢から覚めて、悔いのないように生き抜きたいのだ。
その答えに、アルヴィスは目を閉じて、深く長く息を吐いた。
「やっぱり私の知っている『シイラ』ではないな」
ポツリと呟いたその言葉に、心音が跳ねる。
“知っている『シイラ』”と言うことは──
「誤解の無いように言っておくと、私はあなたがどんな中身でも、どんな性格でも、私は愛している。それだけは分かってほしい」
彼の真剣な目に押されると同時に、やはりかと思ってしまう。
『彼も一緒に回帰している』
その言葉が頭を過るが──彼はそれよりも、予想のしなかったことを言う。
「私達は、三度目の人生を生きているんだ」




