一度離れたいと思ったのに
そして翌日。
シイラは男爵家に戻った。無論、アルヴィスと顔を合わせずに帰ってきてしまった。
帰ると両親二人はものすごく興奮している様子。
「ファンデーションは大成功だ!」
どうやら貴族たちの反応がとても良かったという。
「おかげでこんなに受注が入ったわ」と、予約リストを見て、両親はお祭り状態だ。
だがシイラは、それを冷めた目で見つめている。
両親も『どうしたんだ?』と、戸惑う。
「お父様、お母様、領地に行きます」
えっ、と両親は驚いた。
「どうしたんだ?急だな?」
「うん、ちょっと……疲れちゃったの……」
両親は神妙な顔で見ていたが、「誰にも言わないで」と言うと、何も追及はしなかった。
そしてシイラはさっさとラフな姿に着替え、最低限の荷物を準備をして、男爵邸を後にした。
とりあえず皇都を離れて──侯爵家からも離れて、色々と考えたかったのだ。
「なぁ、シイラ」
男爵領に向かう馬車内。
シイラの前に座るのはエマルウェルだ。
結局色々とあった結果、今回エマルウェルが護衛兼同行者として付いてくることになった。
「結局、アルヴィス様と何があったんだ?」
「ごめん。それは聞かないで……」
──あんな顔されちゃったら、どうすればいいのかわからない。
ずっとアルヴィスの泣き顔が、頭から離れない。
「あーあ、今日も侯爵家でのんびりできると思ってたのに」
彼は“護衛”として侯爵家に着いて来ながら、シイラの研究中は思いっきり羽根を伸ばしている。
別にそれに関しては、シイラも咎める気はない。
「そうね、愛しのウルフラとも会えなくなってごめんね」
意地悪い表情でそう返す。
エマルウェルは『なぜ知っている?』と動揺しているようだ。
「あのね、勝手に侯爵家のメイドから情報は入ってくるのよ。気を付けた方がいいわよ、ウルフラは“メイドに人気の騎士様”なんだから」
そう返すとエマルウェルは眉間に皺を寄せた。
エマルウェルとウルフラが仲の良いことは侯爵家の使用人全員が知る公然の事実になろうとしている。だからエマルウェルが侯爵家で羽根を伸ばしているのも咎めながった。二人で過ごす貴重な時間なのだろうからと。
そしてシイラの元には勝手に、侯爵家のメイドが二人の様子を報告してくれる。恐らく本人達だけが気付いていないのだろう。
エマルウェルは、はぁと大きく息を吐いた。
「女の噂は怖い」と真剣な表情をして呟いていた。
そして馬車は、皇都を抜けた。
男爵領方面に行く道を、ひたすら進んでいく。
(でも結局、侯爵領の中をずーっと通らなければいけないんだよね……)
男爵領は、侯爵領を抜けた先にある。
途中の宿泊地候補も、当然侯爵領内の町だ。
(野営、はダメだよね)
なるべく先を急ぎたい。
しかしこの小人数での行動だと、野営でもし賊になんて出会ってしまったら……そう思い、やはり途中の街に宿泊することにした。
そして少し日が傾こうとする時間に、とある町へと到着しようとしていた。
「あれ?人が多いぞ」
エマルウェルが窓の外をじっと眺めた。
町の門の前に人だかりが見えたのだ。
とりあえず馬車の検問の為に、二人が降りようとした瞬間──まさかの人が立っていることに気付き、二人は震えた。
「やぁ、なぜ私がここに居るのがわからないって顔をしているね?」
彼は馬車のドアを開けて、満面の笑みで二人を迎えた。
「アルヴィス様……?」
そう。それは紛れもない──アルヴィスだった。
「エマルウェルの兄貴、ウルフラ宛の手紙は執事に渡さない方がいい」
(エマルウェル!)
ぎっとエマルウェルを睨むと、目が泳いでいた。
きっと彼はウルフラに領地に行くという内容を書いたらしいが……それが執事経由でアルヴィスまで伝わってしまったらしい。
「残念だね。今日は領主の権限で、ここには入れてあげられないよ」
「えっ?」
「さぁ、二人とも行こうか」
アルヴィスはシイラに手を差し出した。
──もしこの手を払いのければ……
そう考えようとしたけれど、シイラは自然とその手を取っていた。
そして彼の乗っていた馬に乗せさせられると、彼の胸を背に受けながら、同じ鞍に収まった。
そして馬は軽快な足音を響かせながら、進んでいった。




