天然のヒーロー?2
彼──モスウッド・ノワールは、エイステミ国の外交官の息子で、現在はノクティースへ留学中。しかし卒業が決まり暇なので、ここに連れてこられたのだという。
もうすぐ卒業ということは、シイラと同じ年なのだろう。
「ロイド薬は御令嬢が開発したと知っていましたが、まさか開発者がこんなに可愛いらしい人だとは。驚きです」
さらっと言われて、シイラは少し困惑する。
(さすが情熱の国だわ……)
その反応を見て、ノワールは楽しそうに笑っている。
やがて話は、自然とノクティースの話題になった。
「ノクティースに留学したかったのですが、当時の情勢的にも、金銭面でも到底できなかったんです」
「それは残念ですね。ノクティースは面白い国ですよ。貴族よりも研究者の方が地位が高い。特に私の通う王立学院の学長は、国王よりも権力を持ってますから」
ノクティースの話を聞きながら、シイラの胸が少しだけ切なくなる。
もし違う人生だったら──自分もそこにいたのかもしれないのだから。
「もしあなたが来ていたら、人気者だったでしょうね」
ノワールはシイラの顔を覗き込んで、そう言った。
「……正直、少し残念です。あなたと向こうで出会っていたら、今以上に勉学に励めたのに。成績も今以上に取れていたことでしょうね」
まるでロマンス小説みたいな台詞だ。
シイラは思わず笑ってしまう。
(これは天然のロマンス小説ヒーローだ……!)
アルヴィスの無理矢理感とは違い、台詞が自然と馴染んでいるようだ。
そして夜会が盛り上がりを見せる中、ダンスの音楽が流れた。
「一曲、いかがです?」
ノワールが手を差し出した。
どうしようかと思ったが、断る理由がなく手を取った。
そして中央のダンスホールまで。
「知ってると思うんですが、エイステミには貴族制度がないんです。一通りダンスは教わりましたが、粗相があったらすいません」
彼は自信が無いようだが、ひとたび踊り始めるとかなり上手い。
昔から習っていたかのようで──二人の息もなぜかぴったりだ。
ノワールは、シイラを見つめてふと笑う。
「変ですね。あなたに初めて会った気がしない」
シイラは少しドキッとした。
──ひょっとしたら覚えていないだけで、回帰前に出会っていた可能性はある。
何も言えずにいると、彼はこう囁いた。
「あなたと居ると時間を忘れる……なんだか、あなたを好きになりそうだ」
シイラは笑って誤魔化すと、彼もクスリと微笑んだ。
「これ以上踊ると、本当に帰れなくなりそうだ」と言って。
そして曲が終わり、お互いお辞儀をする。
彼はそのままシイラの手を取って、ダンスホールから離れていく。
「あなたともっと、話がしたい」
そう言って微笑みかけた。その顔は、照らされているシャンデリアの光以上に眩しい。
「あのさ、恋人っているの?」
突然の砕けた言い方と、質問に戸惑う。
その言葉にふと思い浮かんだのは──アルヴィスの顔だった。
「……さあ?」
シイラは曖昧に笑った。
彼とは決して──恋人ではないはずだ。
「でも貴族階級が蔓延るハンベルリだと、政略結婚の相手ぐらいはいるでしょう?エイステミでは考えられない」
エイステミは貴族制度が廃止されても、共和制が上手く行っている希少な国だ。
全ては愛の名のもとに許される。そういう国民性だからこそ上手く行くのだろう。
「女性も貞淑さを第一に求められると聞いたことがある。そんなの私達からすると、すごく不自由に見えるよ」
彼は伏せたまつ毛の影越しに、そっとシイラを見つめている。
不覚にもその、憂いを帯びた瞳から目が離せない。
ホールの隅に来ると、給仕の者が酒を配っていた。
「あ、これエイステミでは有名な酒なんだ」
彼がグラスを二つ取った。
「一杯付き合って?」
グラスには、蜂蜜の色の液体が入っている。
シイラは断る理由も無いので、差し出された酒を飲んだ。
──美味しい!
甘いフルーツの香りが鼻から抜ける。
しかしその美味しいと感じるのは一瞬だけで、すぐに後悔した。
(強い……!)
視界がふわふわして足元が揺れる。
お酒は普通に嗜む程度には飲めるが、ここまで酔っ払うことは初めてだった。
「おっと」
足が縺れて倒れそうになるのを、ノワールが支えた。
「可愛い顔で酔う人に飲ませる酒じゃなかった」
そう恥ずかし気もなく、微笑んで言う。
不覚にもシイラは少しときめいてしまう。
「少し休憩しましょうか。休憩部屋まで送りますよ」
彼が腕に捕まらせた、その時だった。
「その必要はない」
後ろで低い声が響いた。
振り向くと、そこに立っていたのは──アルヴィスだった。
一瞬にして、空気が張り詰めた。
アルヴィスはシイラを自分の腕へ引き寄せる。
「彼女と早く出会わなかったことに後悔すればいい」
そしてアルヴィスは、シイラの腰と膝裏に腕を回すと、掬い上げるように抱き上げる。
そして熱の籠もった視線を、シイラに送る。
騒がしかった会場が、一瞬にして静かになる。
ノワールは肩をすくめて「これは敵わない」と苦笑いした。
アルヴィスはシイラの耳元で、低く囁く。
「そんな酒を飲んではいけない。そんな顔を見せるのは、私の前だけでいい」
甘く低い声に、シイラの心音は跳ねた。
視界はぼんやりしているのに、胸だけが妙に熱い。
「さっきの質問に私が答えよう。彼女の恋人は、私以外の者を認めない。政略結婚だろうと、私は彼女を幸せにする。他の者が目に入らぬぐらい、な」
そしてアルヴィスは踵を翻し、出口まで進んでいく。
アルヴィスの腕の中、シイラはぼんやりと夜会の音楽が遠ざかっていくのを感じていた。




