天然のヒーロー?1
夜の皇都は、昼間とはまるで違う顔を見せている。
今シイラと両親は、エイステミの使節団を歓迎する夜会へと向かっている。馬車から見える夜の皇都は仄かに暗く、貴族の屋敷に灯る明かりが権力の象徴のようだ。
だからこそ、新しく完成した迎賓館はよりその権力を感じさせる。まるで光の宮殿と言わんばかりに、夜の街にぽっかりと浮かんでいる。
入り口の白い石造りの壁は無数のランタンに照らされ、広い窓からは宝石のような煌めく明かりが漏れていた。
「おお……」
馬車から降りたシイラは、迎賓館を見上げる。
まさかこんな場所に自分が来ることになるとは、と感傷に浸っていた。
「招待状をくださったダリオ様に感謝だな」
そう父が襟元を正しながら頷く。
この夜会は、ダリオの執務官の権限で招待されたと言ってもいい。
ただダリオとドロテアは、共にホストの一員であるので、今夜は顔を合わせている暇はないかも知れないと連絡がきていた。
『でも、レイチェルが助けてくれるわ』
ドロテアはシイラを安心させる為にそう言っていた。
まだまだ社交界を知らないクニューベル男爵家を、レイチェルを始めとしたペレザンス伯爵家が助けてくれると──。
実際レイチェルからお礼の手紙が届いた際は、『是非とも協力します』としたためてあった。
きっと彼女が味方をしてくれるなら、不便なことはないだろう。それなのに……
(どうして少しモヤモヤするんだろう)
レイチェルはアルヴィスの元婚約者候補。
その事実が、胸の奥に小さな棘のように残っている。
そんな自分が、少し嫌だった。
「行こうか」
父に促され、三人は迎賓館の中へ足を踏み入れた。
扉が開くと、華やかな音楽とシャンデリアの光が広がった。そして真っ白なホールを、令嬢達のカラードレスが彩っていた。
──勝負の夜会が幕開けだ。
夜会の空気は華やかだ。
優雅に流れる楽器の音色も、壁を彩る花達も、目に映るもの全てが鮮やかに彩られていた。
しかしそんな空気とは裏腹に──シイラは早くも疲れ始めていた。
理由はもちろん、これである。
「シイラ様!レーヴライン侯爵様とはどういう関係で?」
「その後、どうなっているんですか?」
シイラの元に、常に令嬢達が集まっては質問をする。
質問はほとんど同じ内容──アルヴィスの話である。
恐らく聞かれるんだろうとは覚悟していたが、予想以上の人がシイラに集まっていた。
「侯爵様って怖い方でしょう?」
誰かが言うと、周りが一斉に頷いた。
「でも『永久凍土が溶けた』と聞いていますけど」
「そうあの場で直接見ましたわ。情熱的な愛を囁いておりましたね」
「まさか、あの冷酷無比の騎士様がねぇ」
シイラは困った。
「ええと……」
説明しようとしても、何から説明すれば良いのだろうか。正直どうしてこうなったのか、自分でもよくわからないのだから。
「……まぁ、優しいところも、ありますが」
辛うじてそう言うのが精一杯だった。
しかしその言葉のせいで、令嬢達はますます興味津々になる。
(た、助けて……!)
人波に呑まれようとした、その時。
ピリッとした清々しい声が聞こえた。
「シイラ様?いらしていたんですね!」
振り向くと、レイチェルが立っていた。
淡いグリーン──瞳と同じ色の、美しいドレスに身を包み、優雅に微笑んでいる。
「レイチェル様!」
レイチェルを見た瞬間、何人かの令嬢がざわざわとし始めた。
そう、彼女が胸元の開いたドレスを着ているからだ。
シイラは彼女に駆け寄ると、ほっと息をつく。
「助かりました……」
「大人気ですわね」
レイチェルがくすりと笑った。
「レイチェル様、そのドレスお似合いです」
「あらありがとう。あなたの『ファンデーション』のおかげよ」
するとそのファンデーションの単語に反応してか、年配の御婦人達が近付いてくる。
「クニューベル男爵家御令嬢、早速そのファンデーション使わさせていただいておりますわ。素晴らしい出来てです」
「私も今使っておりますの。いい感じにシミを隠してくれて嬉しいわ」
恐れ多く、シイラはひたすらペコペコしていた。
『ファンデーションとは?』という声が聞こえる中で、レイチェルの方が先に説明を始めた。
「シイラ様が開発した肌色の軟膏で、これで私の痣も隠すことができたの。パフで薄く伸ばせば、自然な明るい顔色も作ることができるのよ」
堂々とファンデーションのコンパクトを見せてみると、感心の声が上がる。
「綺麗なケースね」
「あら開くと鏡になっている。これは便利だわ」
令嬢達の評判は上々だ。
「さすがロイド薬を開発した工房でしょ?」
そうレイチェルの方が得意気だ。
「私も欲しいわ」
「私も!是非とも」
シイラのみならず、両親も御令嬢達に囲まれている。
すごい反応だ……と思うと同時に、嬉しさが込み上げてくる。
その時だった。
一人の青年が小走りでシイラに近付いてくる。
見覚えはない顔だが、あまりにも真っ直ぐにシイラ目掛けて来るので、注目してしまう。
「失礼します、ロイド薬を作った方だと聞いたもので……」
令嬢達の中を割り入って、彼がやってくる。
黒髪にわずかに垂れた瞳が優しい印象の、甘い顔立ちの青年だ。
「自己紹介が遅れました、モスウッド・ノワールと申します。エイステミ国から来ました」
彼はそう言ってお辞儀をした。
「もう少し詳しく聞かせていただけませんか?実は私、ノクティースに留学中で……」
「ノクティースに?!」
「はい。ノクティースの王立学院で、薬学を勉強しております」
まさかと驚きを隠せない。
回帰前に学んだ場所で、学ぶ人がここに居るなんて──。
続きます




