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【なろう版】私を殺した『永久凍土の騎士様』は、今世は恋でバグってる  作者: 丸山華永


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虹色の海と紫の薔薇

馬車はそろそろ目的地へ到着しようとしていた。


「大丈夫か?疲れていないか?」

「はい、お気遣いなく。大丈夫です」


馬車の中では色んな話をした……いや、させられた、に近いけれど。アルヴィスは包み隠さず侯爵家の話をするものだから、シイラも男爵家のことを色々話した。


特に侯爵家について目新しい情報があったわけではない。けれど、それを「回帰したから知っている」のではなく、「アルヴィスが語ってくれたから知っている」という形になったのは、ある意味では良かったのかもしれない。



確かに二人は長く話してはいたが、アルヴィスはシイラの顔色をうかがいながら言葉を選んでくれていた。

少しでもシイラに疲れが見られると、アルヴィスは話を止めて休憩を取る。時には馬車を止めて、気分転換も挟みながら。

だからだろうか、思ったほど疲れは感じなかった。

そして──彼は冷たい人でなく優しい人なのだ。そういう気持ちが芽生えていた。




そして木々が多い場所を抜けると、開けた場所に出た。


「ここが、今日の目的地だ」


シイラは思わず窓から身を乗り出しそうになる。


(綺麗……!)

丘の彼方まで広がるのは、色彩の海だ。

色とりどりの大輪の花たちが、視界の向こう側まで広がっている。


「どうだ?」

アルヴィス少し誇らしげだ。


「ちょうど今は収穫の時期だ。この花たちは近々皇都に出荷されるから、見られるのは今だけなんだ」



そして優しく目を細めて、こう言った。

「ぜひともあなたに見せたかった」


なんだかその表情に、シイラの心が大きく揺れた。




そしてしばらくすると、屋敷に到着した。

ここ一帯のオールテア地方をまとめる拠点の屋敷だ。


馬車は屋敷の前に止まるが「一番見せたいものがある」

とアルヴィスが手を差し出す。

シイラが手を取ると、シイラの速度に合わせて歩いていく。


そして案内されたのは、裏にある花畑。


(……すごい)


思わず息を忘れるほどの、感動が押し寄せる。

花畑を埋め尽くすダリアは、赤も、紫も、橙も、淡い白も溶け合い、地平線へ続く虹を描いている。

何重にも重なる花弁が風に揺れ、太陽の光を受けてきらめくたび、七色の波となって広がっていった。



「こんなきれいな景色、見たことがないわ……」


思わず涙が出そうなほど、美しい。

目頭がにじむシイラに向かい、アルヴィスは得意げにこう言う。


「今日の花の妖精姿にぴったりな場所だ」

あまりにも白々しい台詞で、涙が引っ込んでしまった。

それでも一切アルヴィスは気にしていない模様。



「ダリアはクニューベル男爵領では育たない花だろう?うちは冬の間に温室で発芽させることができるから、ここまで育てることができるんだ」


アルヴィスの指さす方向には、大規模な温室が見える。

ガラスの温室は、この国では非常に高価なものだ。


「あそこで品種改良も行っている。なるべくこの地に適応できる品種を、日々研究しているんだ」


「それも侯爵家の財力があるから……」


「まぁ、そういうことだ」



ふっと皮肉じみた微笑みを向ける。

アルヴィスはシイラを、花畑の中へと誘う。



「どれでもいい、今日の部屋に飾る花をプレゼントしたい。まぁどれもあなたの可愛さには敵わないけど」


得意げに、いかにも決め台詞めいた声音のアルヴィス。わざとらしい……と思うも、何だか言われるのも悪くないなと思い始めていることに気付いた。


(この人となら、未来は怖くないのかもしれない)

とほんの少しだけ思い始めていた。

──あの回帰前の“彼”と、“今の彼”は違うのだろうから。




「どれがいい?」


辺りのダリアを見回してみる。どれも素敵で心が奪われるが──ふと視線を上げた先、遠くに見える温室の中の緑に目が行った。



「あの、温室も見ていいですか?」

「ああ勿論だとも」


そして案内された温室は、思ったよりも天井が広い。

そして沢山の薔薇の花が咲いている場所に足を踏み入れた。


「今は薔薇の品種改良に力を入れている。冬でも育てられる品種を開発しているんだ」


赤やピンク、黄色といった薔薇の鉢植えが所狭しと並べられており、香水のような香りが立ち込める。



(あれ、あそこは?)

通路で区切られた隅にある一角は、雰囲気が違っていた。

そこに広がるのは──紫の薔薇だ。


他の花とは違い、気高くも静やかで凛として佇んでいる。

思わずシイラは足を止めた。



「……綺麗」


そっと手を伸ばし触れようとした瞬間──奇妙な感覚に見舞われる。


視界がぶれ、一瞬何かが光った気がした。

──紫の花弁が散っている

──そこに点々と広がるのは……血痕?



でもその全ては靄がかかり、脳裏の映像は曖昧だ。



「シイラ?」

アルヴィスの声で現実に戻る。だけどその余韻のためか、酷く頭が痛い。


「どうした?」

「……何でもないわ」


何か大事なことを、見た気がする。だけどその全ては白い霧の中に消えていき、思い出せない。



「顔色が悪い」

アルヴィスは当たり前と言った感じで、額に触れようとする。

シイラは少し驚くが、拒めなかった。



──綺麗。

アルヴィスはあの薔薇と同じ、紫の瞳をしている。

だけどその瞳の紫を見ると、不思議と落ち着きを取り戻してきた。



「この薔薇は、珍しいわよね?」

「……ああ。皇室に献上する特別な品種なんだ」


──皇室。

そう聞いてゾクリと身体が震える。

──きっと覚えていない“何か”が、そうさせるのだと。



「薔薇は嫌いか?」

「ううん、綺麗よ。ただ……」


うまく言葉にできずに詰まる。

でもアルヴィスは、それ以上何も聞かなかった。



「ならいい」

そして優しく言うと、頭をポンポンと撫でた。



「ちょっといいか?」

アルヴィスがここの人に指示を出す。

しばらくすると持ってきたのは薔薇でなく──大きな黄色の向日葵だった。


「これは?」

「あなたへのプレゼントは、これにしよう」


次々に持ってくるのは、黄色だけでなく──オレンジや白といった、色とりどりの向日葵。



「まだ品種改良途中だ。でも真っすぐで暖かなこの花はあなたに相応しい」


アルヴィス自ら、腰に差したダガー(短剣)を抜くと、向日葵の茎をそれで切る。


(ひぃっ!)

一瞬ビクッとなったのは、そのダガーは……

(殺されたやつぅー!)


だが彼は当たり前だが、淡々と切っていく。

「薔薇はだめだな」そう意味深に呟きながら。


 

「こちらの方が似合うだろう」

彼自身が向日葵を花束にすると、シイラへ渡した。


黄色で彩られた花束は、見ているだけで明るい気分になる。

まるで太陽の光が、つつみ込んでくれているようだ。



受け取り眺めていると、アルヴィスも顔を近づける。

距離が近い。

心臓の音が聞こえそうなぐらい、近い。



「さぁ、行こうか」

アルヴィスは当たり前のように肩を抱いて、シイラをエスコートしていく。



「この畑は、季節ごとに姿を変える。また見に来てくれないだろうか?」


これはアルヴィスの問いではなく、願いだ。

季節が変わっても、またあなたとここに来たいという──。


シイラは微笑んで「ええ」と答えた。



ふわっと風が吹くと、ダリアの虹が揺れる。

波が大きく広がり、まるで海の水面のように煌めく。


美しい景色だ。

だけどほんの一抹だけ、不安が胸をかすめる。


だけど今は──アルヴィスの温もりに、支えられている気がしている。

そして虹の海の中を、二人は並んで歩いていく。



振り向くとガラス越しに、紫の薔薇が静かに咲いていた。

まるで二人を見守るように。

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