聖女を恐れているからこそ
夕暮れより少し前、馬車は途中の町へと入った。
「揺れは問題なかっただろうか」
「はい。快適でした」
「なら、明日もこのペースで進もう」
そして今日はこの町に宿泊することになった。
案内されたのは、この地を治める領主の館──つまり、レーヴライン侯爵家が所有する別邸の一つだった。
(……下手をすれば、うちの本邸より大きいわ)
門の装飾も、庭に飾られた彫刻も、正面玄関の大きさも、どれもこの家の財力を思わせるものだろう。
扉が開かれると、使用人たちが一斉に頭を下げた。
「おかえりなさいませ」
別邸とは言え大勢の人が出迎える。
アルヴィスは歩みを止めず、淡々と真ん中を歩いて行く。
「問題ないか」
「はい、おかげさまで」
彼のぴしゃりと言う声は、この場所の支配者である象徴のようだ。そして中央にいる温厚そうな白髪交じりの男性を「この地を治める代理人だ」と紹介した。
「俺はちょっと仕事をしてくる。シイラは夕食までゆっくりしてくれ。ウルフラ、世話は頼む」
「はい、アルヴィス様」
現れたのは、侯爵家のメイド服──華やかなエプロン姿ではなく、白いマントを羽織った女性だ。素早い動きと身のこなしに目を奪われる。
「ウルフラは元々、お母様専属の護衛騎士だ。不自由ない程度には面倒を見られるだろう」
「シイラ様。ウルフラ・トローシンと申します。どうぞウルフラとお呼びください。よろしくお願いいたします」
彼女はシイラの前に跪き、頭を下げた。
「エマルウェル兄貴もシイラの隣室を使え。二人ともシイラをよろしく頼む」
それだけ言い残すと、アルヴィスは代理人と共に去っていった。
エマルウェルもウルフラに向かい、頭を下げる。
「改めて、エマルウェル・デンゼル=クニューベルと申します。貴族籍はありませんが、クニューベル男爵家の騎士を務めております」
「先程からお姿は拝見しております。よろしくお願いします」
「メイドではなさそうだから秘書官だと思ってたんですが、女性騎士でしたか」
「はい、お恥ずかしながら」
二人は照れ笑いしている。
どうやら少し顔見知りではあったららしい。
そして案内された客室は、華やかではないが白を基調とした清潔感と、柔らかな光が差し込むようように高窓が取り付けられた部屋だ。
レーヴライン侯爵家らしいな、と思ったりしていた。
「シイラ様、お茶をお淹れしましょうか?」
「ええ。エマルウェルも一緒にどう?」
「それじゃいただくことにしよう」
ベッドに座りひと息ついてる間にも、ウルフラはテキパキとお茶の準備をしている。
「あの……ウルフラも一緒に飲みませんか?」
「よろしいのですか?」
「ぜひ、侯爵家についてもいろいろ教えてほしいの」
すぐに彼女はにっこりと微笑んだ。
「では、ご一緒させていただきます。……私に敬語は不要ですよ」
そして三人でテーブルを囲む。
ふわっと湯気の立つ紅茶の香りが、少しだけリラックスさせてくれる気がした。
「ウルフラはドロテア様の護衛なのね?」
「はい。侯爵家の女性に仕えるのが私の役目です。ですが今は……ドロテア様は“執務官夫人”ですので、私の出番は減りました」
そういえば先代侯爵夫妻は、今は“執務官用の宿舎”での生活が強制されていると言っていた。
「ドロテア様は多くの者を側に置きたがらず、遠出の際も私一人だけを連れて行っておりました。ですので、一通りのお世話はできます。ご安心ください」
「それは心強いわ」
彼女はハツラツとして気持ちがよく、身のこなしも軽いことから、腕も充分信用できそうだ。
「ついでに、少し伺ってもいいかしら」
「何でもどうぞ」
シイラは一瞬だけ言葉を選ぶ。
「侯爵様……いえ、アルヴィス様のことをどう思う?」
念のため「あなた一人の意見ではなく、いろいろな方の話を聞きたいの」と付け加えて聞いた。
シイラは正直、どれが彼の本当の顔が──いまいちわかりかねている。
ウルフラは少し考えると、穏やかに答えた。
「私は同い年ということもあり、昔からよく知っておりますが……アルヴィス様は、先を読む力があります。前侯爵様の理解を超えているでしょう」
紅茶を一口含むと、こう続けた。
「皇室に対抗できる力を整えられたのは、アルヴィス様の采配によるものだと、私は思っております」
「侯爵家は、皇室と仲が悪いのか?」
エマルウェルが口を挟むが、ウルフラは動じない。
表向き、侯爵家は『皇帝陛下の腹心』というのが広く知られている姿だ。
「元より、レーヴライン侯爵家の歴史とは皇室との戦いの歴史です。侯爵家は帝国軍部に深く関わっていると言われますが……実際は、次期当主を“人質”として管理下に置き監視するために過ぎません。だから好き好んで従事しているわけではないんです」
(……そうだったっけ?)
そこまで確執があるなら、何かを覚えていても良いはずだが……どうも回帰前の記憶が曖昧だ。
彼が何を思って、騎士団に勤務していたのか、全く持って思い出せない。
「ですが今は休戦状態です。現皇帝は侯爵家の後援により即位されました。名ある貴族をまとめ、戦争を終結へ向かわせ、前皇帝の権力を削いだのは──紛れもないアルヴィス様ですので」
ウルフラは口角を上げて微笑み、茶色の瞳が輝く。
「そもそも皇室は、侯爵家を恐れているんですよ」
「それはなぜなの?」
「侯爵家は、ドストラム王家の生き残りですから。反皇室派が力を持てば、担ぎ上げられる象徴となります。だからこそ必死に権力を削ごうとしてきた……特に“聖女”などが現れれば、どうなると思います?」
──聖女
初代皇后がそう呼ばれていたという、祝福の“青い髪”を持って産まれてくる人のことを指すという。
「そもそも聖女は実在するの?」
「記録に残るだけで三人。いずれも侯爵家に繋がる血筋から生まれておりますね」
──『だからこそ生き残ることができた』
前当主のパルドリックが言っていた台詞だ。
「皆、国を“正しい方向”へ導きました。正しくないと自覚している者にとっては、脅威なのでしょう」
ウルフラは微笑みながらも、どこか冷めた口調でそう言った。
しばらくすると、ドアがノックし開く。
勝手にドアを開けるのが許されるのは、アルヴィスだけだろう。
アルヴィスはラフな騎士の姿で顔を出した。
「今から騎士団と演習を行う。エマルウェルの兄貴、どうだ?」
「私もいいのか?」
「ああ。兄貴は強いだろう?」
ふん、と何故かアルヴィスの方が得意げだ。
(弱かったら、どうするの……?)
だが事実、エマルウェルは強い。だからこそ単独で領地から皇都までのお使いなども任せられるのだ。
エマルウェルは喜んで部屋を飛び出して行った。
浮かれすぎだ……と思うも、ウルフラはまた違うことを思っていた。
「……アルヴィス様、浮かれていらっしゃいますね」
「え?そうなの?」
いや明らかにエマルウェルの方が浮かれているけど……?と言うのを見透かしてか、ウルフラが、ふっと笑った。
「いつもより足取りが軽く見えます。あまり仕事中は表情を出さないからそこ『永久凍土の騎士様』なんて言われてますけどね」
そして、こうとも付け加えた。
「実際は皇室相手に冷静な判断を下せるだけですよ。まぁジェイコブ皇子の処刑については、『冷酷無比』は否定できないですけどね」と。
エマルウェルは本来デンゼル姓のみ(エマルウェルの父親が結婚するにあたりクニューベル→デンゼルに改姓した)でしたが、シイラの嫁ぎ先次第では養子に、と考えてるシイラ父の意向もありクニューベル姓も名乗らせる方針となった結果、デンゼル=クニューベルの姓を名乗ってるという設定です




