宝石よりも、可憐な花を
ひとまず事業の話が一段落ついたところで、今日の話し合いを終了することにした。
婚約話については、とりあえずアルヴィスの暴走もあり『ギルドの結成についてまとまったら』改めて話をすることになった。
「せっかくだから邸内も見ていきませんか?」とドロテアがシイラに優しく微笑みかける。
「あ、はい。是非とも……」
「では案内しよう」
さっとアルヴィスが現れ、シイラの腰に手を回して連れて行った。
(おか……いや……?)
ドロテアに助けを求めようとしたが、ふと口から『お義母様』と言いかけてしまう。
(やっぱり、覚えていないことの方が多いのかな)
回帰前のアルヴィスとは貴賤結婚だったことに間違いはなくて、パルドリックもドロテアも結婚は認めてはいたが、受け入れられていたわけではないと思っていた。
それはシイラの中の冷たい記憶が、余計にそう思い込ませていたのかも知れない。
エスコートされて進む回路は、白亜の石壁が続き冷たい足音を響かせる。
それとは対象的に、大きな硝子の窓からは余すことなく太陽の光が取り入れられ、壁に温かさを彩っている。
──空が綺麗だ。
窓の外は遮るものがなく、どこまでも続く青が見える。
「どちらに案内しましょうか?」
「えっと、どうしようかな」
「何なら私の執務室に……」
とアルヴィスが言ったところで、ドロテアが後ろから頭を叩く。
「ひとまず家宝庫にご案内しましょう」と言ってアルヴィスを睨みつけた。
案内された家宝庫は「これをご覧にくるお客様も多い」とのことで、ただの倉庫みたいな感じではなく、来客用に整えられている。
まるで小さな美術館のようだ。
壁には金の装飾が施されたガラス戸のチェストが並び、美術品が一点一点、キャプションと共に展示されている。
(これは王家から下賜されたサファイアで、こっちは戦勝記念のルビー……)
下手すればここにある数点のものだけで、男爵家の全財産を超えてしまうのではないか。
そう思うほど格調高く華やかなものが並んでいる。
「何が気に入るものはあるだろうか?」
「え?」
「よろしければ差し上げたいのだが……」
「い、いや、いいです!」
「特にこれは魔除けの意味を持つダイヤモンドが使われて、代々受け継がれしティアラなのだが……」
彼が手にしたティアラは──中央に大粒のダイヤモンドが輝き、プラチナの土台は繊細なミル打ち加工が施された……いかにも、あれだ。
(婚礼用じゃ?)
「あなた、それを“贈る”ってことは意味わかってますよね?」
ドロテアの詰め具合からして、やはり婚礼用のティアラで間違いないらしい。
「だって似合うでしょう?」とアルヴィスは相変わらず悪びれない。
ドロテアははぁーとため息をついた。
「私がこの家宝庫に案内したのは、貴族女性が好きな宝石が沢山揃っているからです。美容のものを作るなら、装飾は重要じゃないかしら?」
確かにドロテアが言うことには一理ある。
見た目が華やかなものに女性は心惹かれるだろう。
アルヴィスは少し考えて「なら軟膏の入れ物は宝石で?」と言うが、シイラはあまりピンと来ない。
(確かに宝石が装飾されているなら、インパクトにはなる)
でもそれだけで良いのだろうか。
傷を隠す為の軟膏が──権力の誇示の象徴の宝石であって良いのか。どちらかと言えば、『可憐』や『繊細』といったイメージと結びつけたいという気持ちがある。
その時視界に、ふとゴブレットが目に入った。
(綺麗な硝子……)
昔の教会で使われていたもので、光を通すことで『女神の光』を再現した。そうキャプションに書かれてある。
それを見ていると──頭からポトリと何かが落ちる。それはさっきアルヴィスが頭に挿した、ネモフィラの小さくて可憐な花だった。
それを手にすると、一気にイメージが湧いてきた。
「……花、のようなイメージがいいな」
「花?」
「はい、可憐な花、というイメージが湧いてきました」
花を美しく咲かせる為には、努力が必要だ。
ただ種を植えて水を撒くだけでは、美しくならない。日々の手入れが必要だ。
そんな努力の象徴が、この軟膏を手にする人と重なって見えたのだ。
「例えば硝子ケースに花をあしらうなどすれば、華やかな見た目にもなるかな、と思ったんですが……」
すると二人は目を点にさせながら、シイラを見つめる。
何かまずいこと言ったか……?と思った次の瞬間、アルヴィスは零れんばかりの笑顔で、シイラの手を取った。
「うちの領地では硝子工業の工房も抱えている。それは“共同出資”の理由に充分なり得るだろう」
ドロテアもうんうんと頷く。
「うちの硝子工房は質は良いけれど、硝子は皇都の硝子工房に市場を侵食されている状態なの。これを機会に名前を馳せることができれば、お互いの利益になるでしょう、ね?」
「そうと決まれば『花』を見に行こうではないか!」
アルヴィスは全くドロテアの話を聞いてない模様だ。
「花ですか?」
「クニューベル男爵領は寒冷な土地だから、育つ植物が限られている。そうだろう?」
「あ、はい」
「侯爵領は、温暖な気候の場所も多い。また男爵領とは違う花が見られるだろう。そろそろ春の収穫のピークもやってくるから、綺麗な花をあなたに見せてあげられる」
手を離すと急ぎ足で、扉の前に向かった。
「オールテア地方がそろそろ花の収穫時期だな。よし、明日にでもオールテア地方に行くことにしよう。手紙を今から書こう」
そしてゆっくり振り向くと、シイラに向かってこういった。
「明日、迎えに行く。一緒に春を見に行こう」と。
ポカンとするシイラに、ドロテアはまた頭を抱えていた。
「シイラ、勿論断ってもいいわよ……」
すぐに呼び捨てにしたことにはっとしたようだが、なぜかシイラもその呼び方がしっくりとくる。
二人で見つめあった後、シイラは微笑んでこう言った。
「なぜだかドロテア夫人を『おかあさん』と呼びたい気分です。あの人は置いておいて……」
そう言うとドロテアはお腹を抱えて笑っていた。




