青いネモフィラの記憶2
そしてようやく応接室にレーヴライン侯爵家の三人が揃う。
シイラが三人の向かいに座ろうとした瞬間、アルヴィスが当然のように移動してきた。
そして座ると、当たり前と言った感じで腰に手を回す。
「ここがあなたの特等席」
膝に座らせようとするので、エマルウェルに視線を送る。
(た、助けてー!)
エマルウェルは見なかったことにして、視線を反らした。
(俺じゃどうにもできねぇよ……)と言っているのがひと目でわかる。
「アルヴィス、控えなさい」
パルドリックが低い声を響かせ、咳払い。
アルヴィスは子どものように頬を膨らませ、しぶしぶ距離を取った。
「さて、本題に入りましょう」
パルドリックが静かに切り出す。
「クニューベル男爵家の工房は、まだギルドには参加していないね?」
「ギルド、ですか……」
ギルドとは『組合』のことだ。
帝国の承認のもとに保護された組織で、ギルド内は独自のルールを設定することができ、技術の教え合いや品質管理を目的としている。
「うちは薬の製造については、あくまで『男爵家の事業』として行なっているので、ギルドに参加することは考えておりませんでした。そもそもコクノキもアケレア草も、うちでしか取ることができないので必要がないという判断でした」
ギルド最大の利点は『技術の流出が防げる』こと。
帝国法により、ギルドに登録された技術はギルドが認める者以外の使用が禁止されている。
それこそがギルド登録の最大の利点だ。
「今現在、管理作物法でコクノキは保護されている。だから薬をギルド登録したとなると……栽培許可は男爵家でなくギルドに移る可能性がある。そうなると男爵家以外の者がギルド登録された際に、コクノキの管理権が渡ることも考え得る」
「はい、そのことも心配しております」
万が一でも第三者の手にコクノキの栽培権が渡る可能性を、とことん潰してきたのだ。だからこそ、薬をギルド登録をすることは避けていた。
黙っていたアルヴィスが口を開く。
「だが、強力な後ろ盾をつけるなら話は別だ。ギルド登録時に私達が名前を貸せば、周囲の牽制にもなる」
──つまり“共同出資”を持ち掛けられているのだろう。
そうすれば充分、レーヴライン侯爵家の権限を使う理由になる。
(でも、タダで技術を出すのは納得いかない)
全て薬は、シイラの努力の結晶だ。
今のところ、“レーヴライン侯爵家”の名前を借りることができる以外のメリットはない。
だからこそ、この“薬”については、男爵家以外の者に扱わせたくはない。
──だったら『利用』できるものを、引き出すだけだ。
シイラは静かに息を吸った。
「一つ、これからの計画をお話します」
そして振り向いてエマルウェルを呼んだ。
「最近開発に力を入れている、負傷した兵士に使っている軟膏です。彼のこの部分に使っています」
シイラがエマルウェルの前髪をかき上げた。
「……ほとんど目立たないわね」
まじまじと見つめるドロテアは、指摘されなければ気づかなかったようだ。
アルヴィスは「そういえば帝国騎士団でも見たことがあるな」と呟く。
三人を前に、シイラは真っ直ぐにこう言った。
「私達はこれを、“貴族女性”に売りたいと考えてます。従来の“おしろい”よりも、華やかに着飾ることができる美容目的のコスメティックを、貴族女性に流通させたいんです。それには男爵家だけだと、力不足だと思っています」
──だから力を貸せ、とははっきりと言わない。
あくまで侯爵家の出方を見たい。
三人はしばし考えこんでいる。
「……乗った」
沈黙を破るように、アルヴィスが机をバン、と叩いた。
「“戦争狂”の皇帝が退いた今、騎士需要は減るだろう。これからは貴族各々が、権力を誇示する時代がやってくる。着飾る夫人や御令嬢は、確実に“ステータス”になるだろう」
うんうんとドロテアも頷く。
「美しくなるために、お金を惜しまない女性は沢山いるでしょう」
そしてアルヴィスは、シイラに手を差し出した。
「クニューベル男爵家とレーヴライン侯爵家による、コスメティックギルドを設立しようではないか」
ほっと胸をなで下ろし、アルヴィスの手を取った。
握られた手は温かい。だけど──
(は、はなして……)
いつまで経っても離れないどころか、徐々に距離を詰めてくる。
また助けて……とエマルウェルを呼ぼうにも、彼も視線を反らした。
(護衛……クビかしら)
「ところで、そこのエマルウェルの兄貴」
「へっ?」
突然アルヴィスが呼ぶものだから、二人とも驚く。
しかも(兄貴……?)
いきなりの兄貴呼びに、エマルウェルは冷や汗をかいているよう。
「我が侯爵家の騎士団には仕事一筋の女性騎士がいてな。是非とも一度会ってくれないだろうか?」
エマルウェルの笑みが引き攣る。
「は、はい……?」
シイラはそっと彼から目を逸らした。
どうやら商談は、もう一件増える……かも知れない。




