第34話
「ねえ、絹さん。もし良かったら、絹さんのお母さんについて……聞かせてくれないかな?」
「おかあさんについて?」
「そう、どんなことでもいいの。でも、無理に話さなくてもいいからね」
公民館にあるオーブンでクッキーが焼きあがるまでの間。絹と私は……オーブンの中を見ながら、姉妹でぽつりぽつりと語り合う。
その様子を、私のためにボランティアへ参加してくれたマカナが、後ろで見守ってくれながら。
「なんだか、いとさんとおはなしていると……あんしん? します」
「そう?」
完全に焼き上がっていないが、途中でクッキーをオーブンから取り出す。クッキーの上に梨のジャムを載せて、再び焼く必要があるので。
「はい。おかあさんのこと……はなせるひとがいなかったので。なんとなく、みんながあたしをしんぱいしているの、わかっちゃって……」
まだ、絹に私が姉だということを伝えていない。
流石に、ボランティアで関係する人には、事前に伝えているけど。ボランティア活動で、絹と会うのは今日が最後になるし。
「……そうだよね。あっ! 私も、絹さんのことを大切に思っているからね!!」
「だいじょうぶ。ちゃんと、つたわっています。えっと……ジャムはどこにのせればいいの?」
小学二年生に気を遣われた高校二年生。空回り気味な私を、マカナはお父様のように腕組みして、何度も頷きながら見ている。
右肩の怪我は治っていないし、そもそもマカナは料理ができないから戦力として考えていなかったが、一切手伝わず見ているだけだとは……
ときおり、引率してくれた顧問の先生や、公民館の管理人である栗林さん、警察の人とも何か話しはしているようだけど。
「ジャムはクッキーの真ん中に。量は、そうだね……私の親指の爪ぐらいかな」
パッと具体例が思いつかなかったので、右手を握りしめ、親指の爪を絹に見せる。すると……右手が温かくなった。
「いとさんのて、あったかいです。あっ……ごめんなさい、さわっちゃって」
「遠慮しなくてもいいんだよ」
心の中で「姉妹なんだから」と付け加える。
両親を亡くした絹は、母方のほうの祖父母が引き取ってくれたらしい。ということは、私と同じ祖父母でもあるので、近い内に姉妹だと知ってしまうのだろう。
母のことは嫌いだったけど、おばあちゃんとおじいちゃんには、小さいころからよく面倒を見てもらっていたので、今も度々顔を見せに行っている。
苦手意識がなかった理由は、二人とも蒸発した母と連絡がとれないせいで、実質的な絶縁状態だった説もある気はするけど……絹には関係のない話し。
「おっ! いい香りがしてきたねぇ!」
「粗熱が取れるまで食べちゃだめだからねマカナ」
クッキーが焼き上がったタイミングでやってきたマカナへ釘を刺す。
「マカナさん……なにか、しごとした?」
軽く刺した私の釘を、絹がごもっともな疑問をぶつけて深々と打ち込む。
「ハハッ。なんだろうね、アハハハ」
「てつだっていないのに、クッキーをたべようとしたんだ……へぇー」
いささか、大袈裟に言っているような気もするが、私の目から見ても……お菓子作りは何も手伝ってくれていないからね。
本来ならこのボランティアで、絹の母の話しとかは……責任のある大人としての立場なら、かなり好ましくなかっただろう。
たぶん、マカナは話しの途中でストップをかけられないように、私達姉妹のため、裏で頑張っていたのだろうね。にしても、準備を手伝うことはできたと思うけど。
「糸様……お慈悲を…………」
小学二年生に言葉で負かされた高校二年生が、助けを求めるようにこちらを見つめてきた。
「さあて、クッキーの粗熱も取れてきたから、食べる準備をしましょうか? マカナ、分かっているよね?」
私はマカナに対して少しも不満はないけど、絹がマカナのことをどう思っているのかは……話しは別。
無理やり私がフォローするよりも、マカナ自身の努力で絹から信頼を勝ち取ってほしい。……マカナにとっても、妹になるかもしれないので。
「……ええっと食べるためには、何を、どの場所から持ってくれば……よろしいですか?」
「はぁ……あたしがマカナさんをてつだうので、いとさんはやすんでいてください」
「分かったわ。絹さん、ありがとうね」
棘のあるこの言い回し。やっぱり、絹は母の娘なんだな……と実感する。マカナに当たりは強いが、私には腰が低くて微笑ましい。
「席についたね。それじゃ、お手を合わせて」
「「「いただきます」」」
母が作っていたクッキーは、遺したレシピノートを見るに、すりおろした梨をクッキーの生地に直接練り込んでいたらしい。
…………試しに作ってすらいないけど、これだと梨の水分とクッキー生地が喧嘩するよね……
昔、私も母が作った、梨のクッキーを食べた記憶はあったが……味の記憶がないのは、これが理由だったのかも。
「おお。バタークッキーの風味と、梨ジャムの甘さが上手く合わさっているね!」
「うんうん、上出来。絹さんはどうかしら?」
私達の母が作ったクッキーと比べて、今日作ったクッキーは梨特有のみずみずしさを生かすために、ジャムにして、クッキーの上に載せている。
たぶん、絹が知っている梨のクッキーではないと思った……けど、どうせなら絹と一緒に作れて、美味しいほうがいいだろう。
相談に乗ってくれたマカナも背中を押してくれた。
例え……私は自分のことを信じられなくても、マカナが信じた私ぐらいは信じてみたい。
「……おいしい」
一枚。また、一枚。
小さい口へ、次々とクッキーを運んでいく。
前回のホットケーキでは、絹は遠慮がちに食べていたけど、今回は周りを見る余裕がないぐらい……歳相応の姿に見えた。
「つぎは……いつ、いとさんにあえますか?」
後片付けも終わり、ボランティア活動も終わりの時間がやってくる。
「う〜ん、次か」
「あたし! いとさんと、もっとおはなししたいし、りょうりもおしえてほしいの。だって……お、おかあさんがつくってくれたのと、おんなじで……」
あぁ……泣かせたかったわけでなかったのにな。
フォローに入ろうとしてくれたマカナを「もうちょっとだけ待って」と言い、制する。
「今日みたいな料理交流会で絹さんと会うのは……これで最後かな」
「……そう、なんだ…………やっぱり、いとさんとは、きょうでおわかれ……なんだ」
交通事故で両親を二人とも亡くしたせいで、絹は今も小学校へ通うのが厳しいと聞いている。なので、継続的な支援はこれからも必要だろう。
だからこそ、ボランティアとして絹に会うのは今日で最後。
「違うよ、今日でお別れじゃない。これからは、料理交流会とは関係なしに、私が絹さんに会いたいから遊びへ行くよ!」
「い……いいの?」
本来ならダメでしょうね。特に絹みたいな場合で、ボランティア以外で会ってしまうと、余計トラブルが発生するリスクもあって、ダメな理由しかないと思う。
だとしても、妹へ会うために理由や建前なんていらない。嫌いで、許せない自分は……まだ後ろ髪を引っ張ってくるが、許せる自分を目指すために、前を向く——
「片付けは……これで、終わりでいいのかな」
「マカナこそ今日はお疲れ様。ごめんね、ボランティアが終わった後も、手伝わさせてしまって」
「ほぼアウは見ていただけだよ……本当に、頑張ったね糸」
学校の調理室にてお互いを労う。
学校から持っていた道具もあるので、ボランティアが終わっても一度学校に戻る必要があった。明日は休日で学校に来ないし……それに、マカナへ大事な用もある。
「帰る前にさ、一つマカナに話したいことがあるけど……聞いてくれる?」
「どうぞ、何時間でも付き合うよ」
他に、部活や他の理由で学校へ残っている人もいるはずなのに……少なくても、今この場所だけは、マカナと私の二人だけ。
あぁ……調理室の窓から差し込む、沈みかけの夕焼けを浴びるマカナはなんでこんなにも綺麗なんだろうね。
「私ね……レシピノートの品数が三十品までいったら、マカナに告白しようと思っていたの」
「……今日のクッキーでちょうどだね」
マカナはどんな形であれ、私との関係を受け入れようとしてくれている。ただ、私達の関係に特別な呼び名が欲しかったらしいけど……それは、私も同じ。
「告白の言葉は……いっぱい、悩んだんだよ。いっぱい悩んで、打ち明ける前からマカナに気持ちも知られてさ…………マカナを信じて、私は言うよ」
「うん」
視界にはマカナだけ。マカナも私だけを見ていてほしい。そのために私も、マカナを幸せにさせてみせるから。
「家族……オハナになってほしい。私の隣りに、いつまでも居てほしいの!」
——どうしても、家族に期待をしてしまう。
……裏切られるのが怖かった。怖いのは変わっていない。今も震えてしまうぐらいに。
「それだけでいいの?」
微笑みながらマカナは自分の唇へ指差し、片膝をついて、目を瞑る。
前にマカナからキスをされたときは、いきなりで……何も分からなかった。だから、今度は私から——
夕焼けに包まれながら、私達は家族になれたんだ。




