第30話
「「いただきます」」
両の手を合わせ、二人で声を合わせ、いつも通りに食べるための挨拶をする。
「そのフォークとスプーンで食べるのに大丈夫そう?」
「もちろん大丈夫だよ。こっちこそ利き腕じゃない左手で食べるので、汚い食べ方になっちゃうかも?」
「ここにマカナと私しか居ないんだよ。マカナの食べやすい食べ方をして構わないよ」
テーブル上には、つみれ汁、ダイコンサラダ、カツ丼。
どれもフォークとスプーンで食べられるもの。もし、それでも厳しいなら、私がマカナに食べさせてもいい。
「おっ! つみれに焼き目があるね! 噛むとフワフワでジュ〜〜シィーーー」
「今回は短時間で色々と工夫したつもりなので、マカナが美味しく食べてくれると嬉しいのです……」
つみれは真アジの身をほぐし、豆腐と合わせてフワフワした口当たりに。アクセントでつみれにチューブ生姜も加えて、醤油出汁ともマッチしているはず。
いくら真アジをつみれにして、醤油出汁で煮込んで中まで火を通しているとはいえ、推定三日前に買った真アジだ。
ひと手間加えて、つみれの表面に焼き目をつけたほうが、衛生的にも、美味しさの観点からもいい。
その分つみれ汁の具材は、アジのつみれ、ダイコン、刻みネギのみ。つみれ汁の量は多く作ったので、明日の朝ご飯にも流用できる。
「このカツ丼もスゴいよね。カツ丼のトンカツ部分はスーパーで買ったのに、糸の手によって魔改造されちゃっているよ。そして、カツ丼に野菜が入っていてビックリ!」
「あらためて言われると、たしかに珍しい作り方だよね。沖縄ではこういうスタイルらしいよ。それに……ほら、マカナは私の家の味を知りたかったのでしょ?」
沖縄のカツ丼はカツと卵の他にも、野菜炒めのように炒めたキャベツやニンジンを入れているらしい。今日買ったカット野菜もこのために買った。
「うんうん! だからさぁ……糸のことを知れた気がして嬉しいの。でも、糸の周りで沖縄に関わりのあった人はいたっけ?」
「このカツ丼はね……昔、お父様が作ってくれたの。私が小学二年生のころ。とりあえず、肉と野菜を食べれば健康的な食事になると思って、カンで作ったんだろうね」
あの時、お父様が作ってくれたカツ丼は正直に感想を述べると……味はあまり美味しくなかった。
トンカツはお父様が揚げたせいで黒コゲのカツに、野菜炒めの部分も水っぽかったし、卵も出汁を加えないでただトンカツに蓋をしたみたいで味も薄い。
だけど、黒コゲのカツの中でも比較的コゲの少ない部分を私の分に。そもそもが、いつもスーパーの弁当ばかりで私に悪いと思って作ってくれたのだろう。
なので……今日私が作ったカツ丼よりも、ずっとずっと美味しかったのだ。
そんな不器用ながらも台所に立つお父様の姿を見て、私も料理をしたいと思うキッカケになるぐらいに。
後は……お父様と私を捨てたあの人よりも、料理が上手くなりたい気持ちも少々……いや、山盛り一杯。
「今まで深く考えていなかったけど、このカツ丼は間違いなく家族の味。その味をマカナも食べてくれたのは………………」
「…………」
私の言葉の続きをマカナは待っている。スプーンを置き、食べるのを中断しているが、言葉を急かそうとしている様子ではない。私を待ってくれている。
「うん。きっと、家族……なんだろうね」
マカナが求めていそうな言葉を私は選ぶ。
——私にとって、家族は絶対でない。
あの人が、お父様と私を裏切ったから。でも、お父様が私のために今まで一生懸命面倒を見てくれたことも、また家族なのだからだろう。
中途半端に心のどこかで、家族へ縋っている自分に嫌気がさす。マカナが私をオハナだと言ってくれるたびに期待してしまっている自分へ……うんざり。
「そっかぁ……アウは糸に…………いや、今はせっかくのご飯が冷めない内に食べよっか」
不意に見せたマカナの曇りがかった顔つきに、私は相槌を打つことすらままならず、コクリと頭を縦に振る。
マカナの笑顔を見たくて、初めて私からもオハナだと伝えたのに……私に向けた表情は笑顔とは、ほど遠い曇天。
私の分の夕食は、食欲が沸かないのでマカナよりも少な目。なのに、一口一口が胃に重くのしかかって、食べることが辛い。イタイ。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
食後の挨拶に合わせ、食べ終わった食器を片付ける。作った料理が三品だけなので、洗い物も普段より手早く終わるだろう。
「皿洗い手伝おうか? 作るときは何も手伝えなかったし……」
「ふっ、だったら右肩を治してからにしなさいな。それよりも、バレーのフォームのほうはいいの?」
夕飯の準備をしている間、マカナはずっとバレーのフォームを模索していた。
……マカナの怪我を悪化させてしまったのは私にも否があるので、本当はこの話題を振りたくない。でも、逃げ続けている自分のほうが……嫌いになる。
「あぁ、バレーのフォームね。アウは今までサーブにしろ、スパイクを打つにしろ、思いっきりジャンプして力任せに腕を全力で振るってきたんだ」
「うん。いつも輝いて見えたよ」
観客席だけからではない、過去の試合の動画もマカナのご両親から何度も見せてもらったこともある。プレーの一つ一つが輝いていた。
「……当然、力任せなプレーは負荷もあったらしくてね。数カ月前から右肩に違和感を覚える瞬間が多くなって、かえってチームへ迷惑をかけてしまうぐらいに」
皿を洗うのに力が入る。淡々と話すマカナが私の知っているマカナと別人に思えてしまい、口をつぐんでしまう。
「体に予兆があったとき、すぐにフォームを変えればよかったのにね。今まで練習してきて、体に馴染んで、ようやくアウが誇れるものであっただけに……現状を変えることが怖かったんだ」
「それで体が先に壊れちゃったら悲しくなっちゃうよ。マカナは私にとって誇りなのに…………あッ!」
——ガシャリ。
話しの流れでマカナはバレーボールを強くなりたいから、怪我のリスクを承知でフォームを変えていないと思ってしまった。
違う、違うんだ。マカナが誇りたかった相手は私。私だけなんだ。
自惚れみたいだけど、マカナと思い出のベンチにて語り合った、あのマカナの真っ直ぐな気持ちが、またも私の全身を突き抜ける。
他ならぬ私が、今のマカナを別人のように思ってしまった。
気付いたころには、手で持って洗っていた丼を床に落とし、二度と元には戻らない姿へ。
「糸! 大丈夫!? えっとえっと、見る限りケガはしていなさそうだけど……えっと……」
「驚かせてごめんね。こっちにマカナが来ると破片を踏むかもしれないから、脱衣所に置いている風呂掃除用のスリッパを取ってきてくれる?」
「わかった!」
丼は粉々に割れてしまったが、幸いにも私は無事だ。私も傷つけば良かったのにな……
どうやら私はマカナのことを幼馴染だから分かっていたつもりで、全く分かっていなかったようだ。
ハワイから日本へ戻ってきたのも、私の料理を美味しそうに食べてくれるのも、オハナだと告げてくれたのも……
勝手に期待して裏切られたくないから、見たくないから、マカナと向き合うことに蓋をして閉じ込めてしまっていたんだ。
「片付けお疲れ」
「マカナこそお疲れ様。ごめんねさい、せっかく泊まりに来てくれたのに騒がしくしちゃって」
割れた丼の片付けと洗い物を終えて一段落つく。
テーブルを挟み、マカナと向かい合うようにイスへ座る。
「急にお泊まりしたいと言いだしたアウが悪いのだから、騒がしくしたのもアウのせいになるね」
「うん。いきなり泊まりたいと言われてビックリしちゃった」
一回だけ。大きく息を吸って、吐いた。
不自然なほど大きな深呼吸をして、今から言い出すことに覚悟を決める。
「どうだった? 今日泊まりにきたのは理由があったからでしょ。マカナの目的は叶ったかしら?」
「糸の家に泊まりたかったことは本心なんだけど……まぁ、それだけが目的じゃないね」
自然とマカナからも張り詰めた空気が漂ってきた。バレーの試合でもここまで感じたことがない雰囲気に、まるで心を鷲掴みにされているかのよう。
「私に何を言って、何でもお願いしてもいいよ……私達は、オハナだから」
最後の最後まで、私は自分からマカナへ打ち明けることが難しいことらしい。その代わり、マカナからどんなことを言われても……受け入れる。
「そんな悲しそうな顔を糸にさせたくなかったから、糸とオハナになりたかったんだけどなぁ」
ため息をつくようにポツリと言葉を落とす。マカナから悲しみが伝わってくるのだが、それは自責の念としてマカナ自身に向けていた。
俯いたまま、マカナは自身が学校用で使っている鞄の中に手を入れて何かを探す。
「気分を悪くさせてしまうのは分かっているけど……アウが今日泊まりにきたのは、これについて聞きたかったの」
「え、えっ……なんでマカナが……あの人のこんな物を持っているの!?」
マカナが取り出したのは一冊のノート。
表紙には赤ん坊の写真が貼って、『愛しの糸へ』と書かれている。私を捨てたあの母が、自身が亡くなってからも押し付けてきた忌々しいレシピノートだった。




