第28話
「糸の家にお泊りだなんていつ以来ぶりだろう〜」
「そ、そうね。マカナが家に泊まってくれるのは……小学一年ぶり、以来じゃないかな」
この話題はマカナが空になった弁当箱を家まで届けてくれた、つい先週の日曜日にもしていた気がする。
学校から私の家に帰宅するだけなのだが、今日の帰り道はいつもと違ってマカナが隣りを歩く。マカナの担ぐ荷物は重そうで、私の家へ泊まるために気合を感じる。
マカナの考えが読めないので逃げてしまいたい。だけども、私の逃走先となる家にマカナが泊まりたいというのだから逃げ場は抑えられてしまった。
それに、私の家に泊まりたいとお願いしたはずのマカナも私同様様子が変。目が派手に泳いでいるし、口は何も喋っていないのにパクパクさせている姿が目立つ。
「マカナは今日も部活を休んでよかったの? 昨日今日と部を休んでしまっているでしょう?」
何かを言いたそうにしているマカナよりも、先に少しだけ気になっていた話題をマカナへ振る。
「あっ、ああ。明日も休む予定なので……そうなると、三日連続で部を休むことになるね」
「色々と大丈夫なの? キャプテンの米沢さんとかに心配をかけていない?」
「ふふっ。確かに休みの連絡をヨッフーに伝えたときは眉間にシワを寄せていたけど……家族の大切な用事があるから、と伝えたら納得してくれたよ」
家族……
マカナが米沢さんに伝えた家族の大切な用事とは、たぶん私のことだろう。私はマカナにとってオハナだから。
つまり……今日マカナが私の家に泊まることは、マカナにとって大切な用事なのだろう。マカナが部活を休むためだけの方便じゃない限り。
「マカナをもてなすものは何もないけどね」
「急なお願いだったからねえ。ところで、帰り道で寄っていくところはある? 一応、アウのお泊まり基本セットは準備してきたのでそこらへんの心配はないよ」
「う〜ん……特に寄りたいところはないかな」
家にはお父様と私しかいないし、家に泊まるような親戚や友人もいないから、マカナが泊まるための準備をしてくれたのは助かる。
……後はこっちで準備が必要なのは布団ぐらいかな。ちょうど、夏用の布団は洗い替えも含めて二組ある。
敷き布団がないけど……まぁ、マカナには私のベッドを使ってもらって、私はリビングのソファかお父様のベッドを借りればいい。
今お父様が使っているベッドは、あの人がまだ家にいたときから使っていたクイーンサイズのベッド。
私が幼いときは家族三人で一緒に寝ていたが、あの人も居なくなった今となっては大き過ぎる。お父様は買い替えるのも手間だからとそのまま使っていた。
ベッドを見るたび、思い出に縛られる自分へ嫌気がさしてしまうが、今晩のお父様は朝帰りの可能性が高く、選択肢の一つとしては考えておきたくなる。
それよりも、お父様にマカナが泊まりにくることを、昼休みからメッセージで一報入れているのに既読すらつかないのが気になってしまう。
普段は急な飲みの予定なんていることはないお父様と、数年ぶりにお泊りのお願いをしてきたマカナ。
疑惑の昨日は頼りない思考をミキサーにかけているぐらいに考えを回しても結論が出ない。
「糸。信号が青に変わったよ」
「おっと、ごめんね」
赤信号で止まっていたので、お父様からメッセージの返信がきていないか確認していたところを、マカナに呼びかけられて我に返る。
相変わらずお父様は既読をつけていないし、一度私は不注意のせいでマカナの右肩を悪化させてしまった。
一番は歩道を歩いていた私達に突っ込んできた車が悪いのだが、下を向いて不注意だった私を庇ってくれたマカナに対して負い目があるのも両立する。
歩きスマホならぬ信号待ちの止まりスマホ。マカナへ迷惑をかけたのに関わらず、心の緩みが表に出てしまっている、自分自身へ怒りを覚えてしまう。
「え……えっと、あの……糸さん?」
「どうしたの。急に改まって」
私なんかにさん付けで呼び、躊躇がちに左手をお腹へ当てたマカナは恐る恐る一言。
「夕飯の準備は大丈夫? 現在のアウがお腹空いているわけでないけどさ。一応ね、ほら、急なお願いだったから食材の買い出しとかあると思うし」
「たしかに……」
……夕飯のことはすっかり忘れていた。
正直なところ食欲がないし、今晩は飲みでいないお父様の分も作らなくていいので、マカナが泊まりに来なければ夕飯を抜くつもりの予定が破綻。
夕飯の用意も必要で、なんなら明日の朝ご飯も準備する必要がある。家の冷蔵庫には、何か戦力となれそうな食材は入っていたのだろうか?
「別にこのまま寄り道してコンビニとかで弁当を買ってもアウとしてはいいよ」
「最終的にはそうなるかもしれないけど、一回帰って家の冷蔵庫を見てから判断してもいい? できれば……冷蔵庫にあるものを消化しておきたいので」
「もちろん。アウは糸に合わせるよ」
流石に夕飯までの時間も限られた中で、凝った手料理はマカナに出せないかもしれない。それでも、せっかく泊まりに来てくれたのだから妥協したくもない。
「とりあえず家に荷物を下ろしたら、前に行ったスーパーへは行くと思う……」
「スーパーね、オーケー。でも、料理のほうは手を抜いても大丈夫だからね。アウは糸と一緒にいれば……それだけで満足なので!」
さっきまでの不自然な表情とはうって変わって、マカナは私に眩しい笑顔を向ける。
マカナがオハナとして……家族の一員として私に向けるこの笑顔…………直視できず、胸を引き裂きたくなる程に辛い。




