第26話
「糸ちゃん、今日の活動は何を作る予定?」
「……うん」
今日の米沢さんと昼休みに話したマカナのこと。
マカナのことで知っている部分と知らない部分。二つの区別がつかなくてもどかしい。
中途半端にマカナの言動は心当たりがある。だけど、全てではない。私の知らないマカナが、別人のように全く覚えはなくて不気味だとすら思ってしまう。
「もしもし、糸ちゃん! おきていますか!?」
「え……えっとね、麦島さんなに! あぁ、今日のことだっけ。……なにをするつもりだったかしら……あっ! 先日いただいた陶器皿にあう料理を作る予定だったの」
現在窯元に勤めている当校の卒業生が、陶器皿を料理同好会へ差し入れしてくれた。
なんでも昨年、その卒業生のお祖母様と本同好会が一緒になって料理交流を行っていた模様。
料理交流の当日、私は別件で参加していなかったのだが、麦島さんを中心に交流会が進行して、お祖母様にとっての受けも良かったらしい。
お祖母様を通して、その卒業生の方から感謝の品として、お皿、茶碗、湯呑みを複数組いただいていたのだ。
せっかく、学校に今週届いたのだから、いただいた陶器皿に料理を盛り付け、撮った写真をお礼に送ろうと思っていたところ。
「このお皿を使うのね。あまりにも立派なお皿で観賞用だと思っていたの」
「いただいた最初は、私も同じことを思っていたのよ。だけど、なんかね、手に取った瞬間……もったいないなって考えを改めちゃって」
食器の外見にはあんまりこだわりがなく、それどころか、軽さや汚れの落ちやすいといった利便性を重視していた。
料理を作るのは私で、食べてくれるマカナやお父様にも特段こだわりはなさそうだったので。
ところが、いただいた陶器皿を手に取ったところ考えが一変。いつも、使っている食器より重いし、不便さもありそうだけど……使いたいな、っと思ってしまった。
「でも……調理室の冷蔵庫には、ほとんど食材がないよね。調味料は豊富にあるけど」
「本当? 本当だ……家の冷蔵庫とごっちゃで覚えていたのかな。焼き魚用でアジを買って冷蔵庫へ入れていた記憶があったのだけど……」
麦島さんに言われて、私も冷蔵庫を覗いてみたが、中には調味料とダイコンしか入っていなかった。ダイコンおろしと醤油はあるけど、肝心のアジがない。
脂が乗っていそうな真アジだったのに……絶対、焼けば写真写りも期待できたので残念。
こうなってしまうと、どうしても今日中に強行するなら、学校の非常食用として置いてあるツナ缶を拝借するのも一考か。
ツナ缶にダイコンおろしと、ダイコンの短冊切りを入れて、醤油かポン酢のお好みの調味料で混ぜるだけ。短冊切りの食感が思いのほか楽しい。
ただ、学校の備品を勝手に使うと、後々が色々と面倒くさそう。去年、賞味切れ間際の非常食を、先生方の立会の元、同好会でアレンジレシピする機会があった。
そのときも、非常食の管理を購入日と保存期限日でチェックしていた覚えがある。使ったツナ缶を後で補充しても、保存期限日でバレてしまいそう。
一考はあくまで一考に過ぎない。リスクを取る必要もないので、今日の活動内容について頭を回す。
「あ、あの、糸ちゃん」
「どうしたの麦島さん?」
ダイコンと醤油を手に取りながら、麦島さんのほうを見る。ダイコンステーキ……ダイコンだけど、ステーキなのだから、絵力はあるだろう。ステーキだし。
「今回の件……まだ献立が決まってないのなら、わたしが決めていいかな?」
「全然構わないよ。この陶器たちは、麦島さんが頑張ったおかげでいただいたものだからね。ふふ、それじゃ、私はサポートに徹するよ」
さよなら、頭の中で焼かれていたダイコンステーキ。頭の中で思い描いてしまったから、近い内、我が家の食卓に出るでしょう。たぶん。
「調理日は……来週の月曜日で大丈夫かな? 明日と土日休みを含めて三日間。これぐらい時間があれば、わたしでも形になるよね! ね!」
「麦島さんなら大丈夫。それでも、どうしても……献立に迷ってしまったら、食べてほしい相手を思って作ればよろしいか、と……」
あぁ。自分で言った言葉がブーメランのように刺さってくる。食べた人が喜んでほしいと思って料理していた私は、どこに行ったのだろう……
包丁を握ったキッカケがあの人の蒸発したせい。お父様にスーパーの出来合いのおかずではなく、手作りの食事を食べさせたかったから。
はじまりの時点で、今思うと料理も満足にできていなかったあの人への対抗心が強いだけ。ずっっと、今も引きずっている。
「ええ、そんなこと言っても御櫛原ちゃんや。出来上がった料理の写真写りも気にしちゃうでしょ?」
「たしかに、多少は気にするよね。多少は。麦島さんのセンスなら上手く行くよ。盛り付けのセンスも私よりもあるし」
「わたしに甘い言葉だけを言ってもダメダメ。おだて過ぎると、お料理にお砂糖いっぱい入れて、激甘にするよ」
個人的に人の手癖が詰まった料理は、作ってくれた人となりを感じられて面白いと思う。……麦島さんの場合だと、ちょっと私には甘過ぎるが。
「まぁ、……ふあぁ、いいんじゃないかな? ゴメン、ただいまあくびが出てしまいました」
眠りの浅い日が続いているせいか、集中力の欠ける場面を自覚することが多くなった。
眠ろうと布団に入って、思考を放棄しようと努力しても、かえって、日を増すごとに不安や不甲斐なさで頭がいっぱいになってしまう。
マカナのことを考えるのはいつものことなのでいったん置く。マカナ以外での流行りは……相羽さんのこと。
「今日はここでお開きにしましょう。わたしも献立を考えたいし、糸ちゃんもお疲れのようだからね」
「わ、私は……」
つい、否定しようとしてしまったが、続く言葉は途中で崩壊してしまう。ここ最近の私の気が抜けているシーンを列挙されたら、余裕でコース料理ができあがる。
自覚していない分も含めると、下手すれば満漢全席もビックリしてしまう量に膨れ上がってしまうかも。これ以上は墓穴を掘りたくない。
「ささ、糸ちゃん帰りましょうや。後片付けや調理室の鍵はわたしのほうでやっておくから、ささ」
「いいよ、それぐらい私がやっておくよ」
「ささ」
ささ……しか言っていないのに、麦島さんの圧が強大。どちらかというと、私の自身に対する負い目が強いせいなのか?
あるいは、両方なのだろう。負け戦で引き下がっても仕方がない。自分のカバンを持ち、調理室の出入り口の扉へ手をかける。
「おっと、今日の活動記録をまと……」
「そちらもわたしがまとめておきますので、ささ、御櫛原ちゃんはご自愛ください」
「…………はい。麦島さん、また明日学校で」
自身の体調管理ができていないせいで、麦島さんに迷惑をかけてしまった。学校の途中で体調を崩してしまい、お父様が学校まで迎えにきたことを思い出す。
予定していたよりも、二時間半以上早くなった帰宅に、どう時間を使おうか悩んでしまう。頭を使わない料理をするか、高校生らしく勉強でもするのか。
冷蔵庫の中に食材は揃っているのでスーパーへ寄る必要はない。とりあえず、家に帰ってから決めようと足へ力も入る。
……しかし、自宅の玄関が見えてきたところで足が止まってしまう。だって、家の玄関からマカナが出てきたのだから。さらに、奥にはお父様の姿が見えた。
マカナは昼から学校を早退して、お父様が仕事を休むことも聞いていない。居るはずのいない、見間違えるはずのない二人の姿に、脳が拒否反応を示す。
とにかく、二人に会いたくない。見たくない。知りたくない。
進路を自宅からスーパーに。今は取り繕う時間がほしい……




