第25話
「ふぅ、ごちそうさま。おかげで助かったよ御櫛原さん」
「お粗末さまでした。米沢さんのお口に合ったかしら?」
お腹を空かせていたせいなのか、米沢さんは気持ちの良い食べっぷりだった。いくら、量が自分用で少なめだったとはいえ、あっという間の出来事。
「一応はさあ、悪いから遠慮しようかなとも思ったけど……一口食べたらダメ、美味すぎる。はぁ、このお弁当を毎日食べているマカナが羨ましいよ」
「ふふっ、お世辞でも嬉しいね」
米沢さんの食べっぷりを見たら、お世辞ではないのを分かるのだけど……マカナとお父様に味の感想を聞いても全肯定。ときには客観的な意見も欲しくなる。
「決してお世辞ではないのだが……いっか、マカナもこの弁当を食べているなら、きっと大絶賛してくれるだうろし」
「そうだといいね」
私と一緒に弁当を食べてくれる内はまだ安心できる。
問題は、今日みたいに別々で食べるとき。わざと毎回髪の毛を入れている弁当なんて、裏でひっそりと捨てられていてもおかしくない。
「マカナのことだから間違いなくべた褒めでしょ。練習中にマカナのボールを受けていても煩悩が滲み出ていたし。……今のマカナはケガしたせいで分からんけど」
「米沢さんは相手の心を読めるの!?」
バレーボールを通じて、相手の気持ちを察することができるのは素敵なことに思える。私も自分の料理を食べてくれた人の感想を誤魔化しなく知ってみたい。
「なんとなくだよ、なんとなく。例えば……パスやトスの練習で、視線や足先がボールを出したい方向と別の位置を向く。私はそんな違和感に他より敏感ということ」
「マカナもそんな感じなの?」
私が知るマカナのプレースタイルは平均値が高い、なんでもそつなくこなすスタイルに感じた。それに加えて、大砲のようなスパイクを放つイメージ。
「マカナの場合はなぁ、う〜ん、微妙に説明し辛い。前提として、真面目。マカナが常に浮ついているのは、たぶん、他の人は気付いていないんじゃないかな……」
「常に、なんだ……」
県予選の決勝戦後に思い出のベンチでマカナは、『バレーをしていて楽しくなかったし、辛くて、悔しいこともなかった』と語ってくれた。
米沢さんの言う、浮ついくはマカナにとって正しい表現ではないかもしれないけど、バレーに対して、気持ちがこもっていなかった点は合っているのかもしれない。
「御櫛原さんなら共感してくれると思うけど……マカナって人工的なムードメーカーでしょ? 部活も、クラスの中でも、周りの顔色を見て、ときにはあえて明るい話題を振っているよね?」
「う〜ん、どうだろう。でも、マカナがそうなりたいと思った結果なら私はいいと思うよ」
内向的であった昔と比べて、マカナは進んで社交的になろうとして努力していた。しかも、私なんかに憧れて。その努力を誰に何と言われたとしても守らないと。
「あっ、言葉の言い方が悪かった。ごめんなさい。言いたかったことは、実のところマカナは人との付き合いやバレーに関しても感情が薄いよね。関西の出汁みたく」
「うっ……」
出汁のほうはともかく、マカナの人付き合いに関しては心当たりがある。そもそも、昨年のマカナは昼食を色々なグループを渡り歩きながら一緒に食べていた。
割合として私と一緒に食べていたことは一番多かったかもしれないが、それでも毎日ではない。今はほぼ毎日、調理室で一緒に食べている。
作った弁当の味の感想が欲しいとはいえ、毎回一緒に食べることまで望んでいなかった。私のことばかりを優先していていいのか、気になってしまう。
「そういう違和感の積み重ねでちょっとだけ気になったの。御櫛原さんに取っては……嫌な話しだったよね。感情的になってしまってゴメン……ただね」
「ただ?」
米沢さんは調理室の天井を見た。息も深く吸い込み、今からジャンプサーブを打つかのように、気持ちを作っている。
「私はマカナのことをプレイヤーとして最大のライバルだと思っている。同じチームで、ポジションも違うけど。マカナに負けたくないの!」
そう言い切った米沢さんは、右手を天井に突き上げ、その手を後ろに引いた。構える姿は、マカナにも負けないぐらい勇ましい。
「……でもね、マカナは私のことをライバルとして見ていなかったと思う。それどころか、バレーボールにすら情熱を向いてなかった。私よりも上手いのにね」
急に突き上げた右手から力が抜ける。さっきまでの勇ましさはそこになく、米沢さんの虚しさだけが伝わってきた。
「米沢さん……」
かける言葉が思いつかない。マカナの気持ちも知っているから。どんな言葉も、米沢さんをさらに傷付けてしまいそうで。
「タイム! 待って! 別にしょげたいわけじゃないのよ。私がマカナへライバル関係を勝手に押し付けているのも分かっているし。マカナがケガしたせいで、ボールを受けていないから、センチメンタルを感じていたの」
感情と言葉の波が凄まじく、タイムをかけられたこっちが、逆にタイムをかけたくなってしまう。
「えっと……つまるところ……」
「うんうん。結局、私が何を言いたいのか……マカナは御櫛原さんのことで頭がいっぱい。アーユーオーケー?」
「……ノー」
お願いだから、途中式の説明もお願いします。過程なく、いきなり答えだけを言われてもしっくりこない。
料理においてもレシピをアバウトにした、再現性がないのは好きでない。次同じ料理をしようとしても、想像していたのと別の料理になってしまう。
「ヒント。今年になって一回だけ、マカナはプレーで感情的になったことがあるの。明らかにパフォーマンスとして度が過ぎていたから、御櫛原さんも分かるはず」
「度が過ぎていた……って、もしかして……決勝戦のとき?」
県予選の決勝戦。第一セットが終わった後のインターバル。あのときからマカナは右肩を痛めていて、肩にテーピングを巻いていた。
なのに、インターバル中に私と目が合ったマカナは、その後テーピングを取って周りを鼓舞。
あの感情が、爆発したシーンが記憶に刻み込まれていたせいで、本当は思い出のベンチでマカナがバレーに対して語ってくれたことに疑問を持ってしまっていた。
「そう。テーピングを外す、あんな馬鹿みたいな自滅パフォーマンス。普通はやらんのよ。けど、あのおかげで、チームに勢い付いたのはたしかだった」
「やっぱり、分かっていたけど、マカナは……無理していたのね」
痛みを我慢し、無理して試合に臨んでいたのは分かっていた。だけど、チームメイトから見ても、無謀だと思われていた行為に気持ちが落ち着かない。
「最終的に私が弾いたボールを、痛みでキャパオーバーしたマカナが、無理して記録席まで追いかけさせてしまったせいでケガを悪化させちまったから……私も悪いけどな」
「そんな! 私もあの瞬間を見ていたけど、米沢さんが悪いわけでは……」
右手を私の前に出してバイバイ。米沢さんは物理的に会話の流れを遮らせる。
「テーピングを取る直前……マカナは観客席にいる御櫛原さんを見ていた。だからさ、アヤツは、利き腕ぐらいなら平気で御櫛原さんに捧げるだろうね」
「私なんかのために、利き腕を捧げられても……」
すでに歪んでしまった私が言えることではないけど、マカナはマカナらしくあってほしい。全くどの口が、言っているのだが。
「おっと、そろそろ午後の授業に遅れちゃうね。御櫛原さん、片付けで手伝えることはある?」
「忘れ物がなければ、後は大丈夫だよ。弁当を全部食べてくれてありがとうね」
「それはこっちの台詞。御櫛原さんのお弁当、大変ごちそうさまでした」
感謝の言葉の述べ、そそくさに米沢さんが調理室から出ようとして扉の取っ手へ手をかける。
「それにしても、マカナのやつ。いつもは、病院へ行くときには前もって言ってくれるのになぁ。今日はどうしたんだか……」
誰に伝えようとしたわけではない、米沢さんから漏れ出た独り言が耳に入ってしまう。
私も同意見で、マカナが病院へ行くことにカッコつけて、心配する振りをしたメッセージを送ってしまうのだ。




