物理デバックの強化
…もし、不確定要素があったとして、この馬車を選んだ私は強運とでも言えるのだろうか?
私は手綱を握る御者を見つめていた。
そのまま馬車の揺れに合わせて目の前の御者をスキャンする。
[スキャン開始…対象:馬車御者。氏名:ジャン。年齢:32歳。職歴:元・王宮第一騎士団副団長。退職理由:[上官の不正告発による冤罪][騎士爵剥奪]……ヒット。戦闘能力:Sランク。精神状態:重度の摩耗、自己評価の著しい低下……]
なんということだろう。
棚からぼた餅。
鴨が葱を背負って来る。
開いた口に団子。
これを逃す手はない。
「御者さん」
私の声にジャンという男の肩が微かに揺れた。
古びた外套の襟を立て、彼は前を向いたまま答えない。
「ドロシア領までどのくらいかかりますか?」
「…三日、いや、四日はかかるでしょう。あそこは呪われた土地だ。あんたのような高貴な御令嬢が行く場所じゃない」
少し枯れているが芯の通った声だった。
ますます気に入った。
「承知しました。では、あなたを私の“物理デバック”として雇用します。今、この場で」
「……は?」
彼は驚いて、思わずこちらを丸くした目で振り向く。
しかし、はっとしてばつが悪そうに彼はまた前を向いた。
「…冗談はやめてくれ。俺はただのしがない御者だ。いきなり何を言い出すんだ?」
「…右手のタコの位置、馬車の座席の下に隠された手入れの行き届いた古剣から実力者であったと推測します」
私ははっきりと告げた。
「…例えば、王宮第一騎士団副団長程の腕前かと」
ジャンは息を呑み、急ブレーキをかけた。
馬が嘶いて馬車が激しく揺れる。
彼はゆっくりと振り返った。
その瞳には絶望と隠していたかつての騎士の鋭い光が宿っていた。
「…何者だ、あんたは。会ったことはないはずだが?今では忘れ去られ、当時の見る影すらなくて誰も気付きすらしないはずなんだが」
彼の言葉に私は自分の胸に手を当て、堂々と答えた。
「私は世界の最適化を目指す存在です。ジャン、あなたは“不正なシステム”によって排除された有能なパーツに過ぎません。その才能を腐らせるのは国家資源の損失です。私の下で、もう一度その剣に意味を持たせてください」
私の言葉をジャンは鼻で笑う。
「…ふっ、無茶を言う。俺は国に追われた身だぞ」
「問題ありません。私が新しい法になります。どうしますか? 過去のバグに囚われ続けるのと、私と新しい未来をビルドするのと」
ジャンは呆然と私を見つめていた。
私は彼から目を逸らさない。
すると、ジャンはやがて自嘲気味に笑って深く深く頭を下げた。
「…馬車の御者にも飽き飽きしてたんだ。…いいだろう、その“再構築”とやらに、この命を預けてみよう」
「ありがとうございます。契約成立ですね」
私は窓の外を流れる景色をスキャンしながら、静かに呟いた。
「この国のOSは古すぎます。一回、根こそぎ初期化が必要ですね」




